第百二十八譚 例え幸せになれずとも
「これで良し……かな」
ドフターナ帝国の宿屋の一室で、私は出発の支度を整えていた。
以前のようにとはいかないものの、ドフターナ帝国は着々と復興が進んでいた。
今では数多くの住民が住めるような設備も造られ、生活用品店や万事屋、宿屋に冒険者組合などの施設も新しく造られた。
「セレン? そろそろ出発するわよー?」
「はい、今行きます!」
アザレアさんの呼びかけに答え、少ない荷物を持つ。
元々荷物が無かったので、持っていくものはそれこそほとんどない。
普段から使っていた長杖と、アル様から頂いた装備を布に包んだ物だけ。
私はまだ、この装備を着るにふさわしくない。
今のままの私にその資格はない。
いつかこの装備を着られるようなふさわしい者になるまでは、この装備ともしばらくの間お別れ。
窓際に干されていた黒いマントを手に取り、決意を固めてそれを羽織った。
このマントを無事に貴方に届けるまで、私は絶対に生き続ける。
生きて、再び貴方と会うために、私は生き続けましょう。
覚悟を決め、戸を開く。
宿屋を出て、身支度を済ませて待っているアザレアさんたちのもとへ駆ける。
「セレーネちゃん、普段の服じゃないけどどうかしたのかい?」
「ま、覚悟は決まったみたいね」
「……はい。皆さん、再び仲間として誘って頂きありがとうございます。改めて、よろしくお願いします……!」
「うんうん! みんな揃ったし、早速出発しよー!」
「なんでアンタが仕切ってるのよ! ここは最古参なアタシでしょ!」
「それを言うなら僕なんだけどな」
「細かい事は気にしなーい! さあ出発!」
そんなやり取りを目にしながら、私は一歩を踏み出した。
□――――
「目覚めなさい――」
誰かの声が聞こえる。
「目覚めなさい――勇者――」
暗闇の中、何度も何度も聞こえる声。
勇者――勇者って、なんだっけ。
俺は、何してたんだっけ。
「目覚めなさい――アルヴェリオ」
「アル……ヴェリオ……」
誰かが俺を呼ぶ。
……俺? アルヴェリオは……そうだ、俺は――。
ゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。
真っ白な空間。いつか見た事のあるこの景色。
「やっと目覚めたようね、待ちくたびれたわ」
先程からの声の正体は、俺の目の前に浮かんでいる女性。
「キルリア……だよな」
「あら、まだ記憶が曖昧なのね。まあ無理もないか、無理やりこっちに呼んだんだから」
「……いや、大まかには憶えてる。俺は、死んだんだろ?」
俺は自分でも驚くぐらいの低い声を出した。
それぐらい、悔しいのかもしれない。いや、素直に悔しいんだ。
結局、俺は何もできなかったんだ。また、俺は後悔だけ残して死んだんだ。
「何を勘違いしてるのかわからないけど、あなたは死んでないわ」
「そうだよな、やっぱり俺はこのまま――は? 今、なんて?」
「だから、あなたまだ死んでないから。普通に生きてるから」
「……マジ?」
「大まじよ」
その時、自分でもわかるぐらい頬が緩む。
それとともに、まだ自分は生きているという言葉では言い表しきれない安堵が押し寄せる。
そっか、俺まだ……生きてるんだ。
「でも大怪我は負ってるから手当てしないと死んじゃうわよ?」
「一気に絶望に叩き落してくるよね」
だけど、生きているってことで充分だ。
生きてるならまだ何とかなる。死んでさえいなければどうとでもなるんだ。
「あのさ、他の皆は生きてるのか?」
「勿論、あなたが信号弾を放ったおかげで戦争は終結したわ。お仲間も元気よ――少なくとも肉体の方はね」
何か含みのある言い方だ。
肉体は……ってことは精神が何かマズいってことなのか? でも、とりあえず無事だって知れたから良しとしよう。
「じゃあ今すぐ俺を向こうに戻してくれ! 早く皆と合流しないと!」
「待って。あなたに聞きたい事があるの」
そう言って、キルリアは真剣な表情で俺をじっと見る。
「きっと、これ以上戦えば――世界を救おうとすれば、あなたは幸せにはなれない。それでもあなたは戦う?」
数秒、俺はキルリアの言ってる言葉の意味が理解できなかった。
世界を救えば俺は幸せにはなれない。一体何を言っているんだろうか。
「どういう意味だよ、それ?」
「いいから、答えて」
先程から真剣な表情を崩さずにいるキルリアを見て、冗談で言っているわけじゃないと理解する。
これ以上戦えば幸せになれない、か。
俺は今まで自分と守るべき人たちの幸せを願ってきた。割合的には自分の幸せを願うほうが大きかったと思う。
一度目も二度目も果たせなかった願望。後悔のない生き方をしようと決めてここまで来た。
その気持ちは今も変わってない。
支えてくれる人たち、大切な仲間を守って、後悔のない生き方をする。
でも――。
「……俺は、後悔しないように三度目の人生を生きてきたつもりだ。自分の幸せの為、仲間たちの幸せの為に戦ってきた。なのに、このまま戦い続けたら幸せになれないなんて言われたら、もう戦いたくなくなるよ」
「……そう、まあ仕方がな――」
「なんて、昔の俺なら言っただろうな」
キルリアの言葉を遮り、俺はしっかりと目を合わせる。
「このまま逃げたとして、俺が幸せになったとしよう。聖王に支配されていく世界の中で、誰かと一緒に一日一日幸せに暮らせるかもしれない。でも、それだと俺はきっと後悔する」
「へえ……」
「やっぱりさ……俺は自分の幸せより、仲間たちの――大切な人たちが幸せで生きていける世界をつくるために戦った方が絶対に後悔しないと思うんだ。だから、俺は戦うよ」
「ん、それがあなたの答えなのね」
俺の答えに満足したのか、キルリアは微笑みを浮かべて小さく頷く。
それにさ、俺は誰かに運命を決められるのが嫌なんだ。
キルリアが言ったような運命、俺は認めない。
「ま、あなたらしいと言えばあなたらしいわね。流石はわたしが呼び寄せた勇者様かしら」
「よせよ、もう昔の話だ。お前が呼び寄せた勇者様はとっくに死んでる」
「確かに、あの頃のあなたってなんでも一生懸命な今とは違って何もかも諦めてたものね」
「変わろうと思えば変われるんだよ、俺たち人類は」
「そうね……わたしもそう信じ――ッ!」
緩んでいたキルリアの表情が、一気に険しいものに変わる。
何かの気配を感じ取ったのか、後ろを振り返るがすぐに俺に向き直った。
「時間がないわ、聞いて。あなたが倒すべき敵は――世界――偽――幻――だから――気を――て――!」
「……なに? なんだって!?」
切羽詰まった表情で何かを伝えようとしているんだろうけど、所々ノイズの様な物がかかって上手く聞き取れない。
「――――!」
「もうなにも聞こえねえよ! なにが言いたいんだよ!」
その時、キルリアの背後から迫る黒い何かを俺は目にする。
あの黒いの……たしか俺が前回ここに来た時もこういう展開になってなかったか?
俺は一歩後ろに足を下げる。
直後、俺の足元に穴が開き、そのままなすすべなく落下する。
「キルリア――!」
次の瞬間、俺の視界は暗闇に包まれ、意識が薄れていった。
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