第百二十九譚 目覚め
体の節々が痛い。左肩、右脇腹にも痛みが走る。
うっすらと感じる明かりに、俺は目を開ける。
魔法光筒にぼんやりと灯る明かりと、木目の見える天井が目に映った。
木製の家……だろうか。
俺は起き上がろうと体を動かす。
だが、強烈な痛みが体を襲い、思うように身動きが取れない。
そんな時、近くからかすれた女の人の声が聞こえてきた。
「まだ動かない方がいいよ。本当なら生きてるだけで不思議な状態なんだから安静にしてな」
足元から聞こえる声のほうに体を向けようとするが、やはり体は動かない。
顔だけを動かし、視線を足元へ向ける。
俺の視界に入ってきたのは、椅子に座りながら本を読む白髪の老婆だった。
「……ここは?」
「まずは命の恩人に挨拶ぐらいないのかい。記憶はあやふやだろうけどそのぐらいはできんだろ?」
「あんたが俺を助けてくれたのか……。ありがとう、恩に着るよ」
「ま、いいさね。礼なら後でここに来る奴に言いな。そいつがてめえを拾ってこなけりゃあ、とっくに死んでただろうからね」
俺の方を向く気配もなく、老婆はじっと読書を続けながら切り捨てるように言葉を発した。
俺は顔を元の位置に戻し、指先を動かして太腿を抓る。
……痛みは感じる。どうやら夢じゃないらしい。
「俺……本当に生きてるんだ……」
「あたしが看てやったんだ、当たり前だよ。まあ今日は動けないだろうが、明日辺りには痛みも引いて動き回れるだろうさ」
「もしかして回復魔法を?」
「あたしゃただの婆だよ。植物から作った秘薬を塗ったまでさ」
そう言われてみると、何やら痛みを感じる場所が湿っているような気がする。
いや、これは血か。
しかし、秘薬を作れるただの婆さんなんて聞いた事も無いけどな。
まあ、本当にその秘薬が効果あるのかは信じられないけど。
助けてもらったのは本当みたいだし、少なくともここが危険な場所ってわけじゃなさそうだ。
「もう夜更けだ、小僧もさっさと寝ちまいな。心配しなくとも取って食いやしないさ」
「そうさせてもらうよ、治療してくれてありがとう」
俺はその言葉を残し、瞳を閉じた。
□■□■□
どこからか小鳥の囀りが聴こえてくる。
窓から差し込む一筋の光を浴びて目を覚ました俺は、ゆっくりと体を起こす。
「……あれ、痛くない?」
昨夜は酷く感じていた痛みも、今では一切感じない。
それどころか、傷跡すら完全に消滅している。
これがあの婆さんの秘薬の効果なのだろうか。
俺は婆さんを探し、辺りを見渡す。
しかし、人の気配は全くせず、本などで散らかった部屋だけが俺の視界に残る。
「あのー! もしもーし?」
返事が返ってくる様子はない。
きっとどこかに出かけてるんだろう。
俺はベッドから降り、足元に注意しながら外に通じる扉に向かう。
扉を開けると、隙間から心地良い風が入り込んできた。
目の前には、新緑の木々が広がり、この家の真上――木々の隙間から太陽が覗かせる。
深呼吸をして、辺りの空気を身体に取り込む。
正直、俺には空気が美味しいとかそういうのはわからない。だけど、ここの空気はどこか気持ちが良いという事は感じられた。
「空気が美味しいってこういう事なのかなぁ……」
俺は腕を思い切り上げて、体を伸ばす。
直後、俺の左側で何かを落とす音が聴こえてきた。
その方向に顔を向けると、植物が積まれているざるの様な物を落として固まっている、長い白髪の女性が立っていた。
「……えっと、どうも」
「……身体の具合は?」
「え? ああ、もう完全に治った――というか、もしかして君が俺を運んできてくれたっていう……」
白髪の女性は、落としたざるを拾って俺に向かって歩いてくる。
長い髪が揺れ、尖った耳が俺の目に映る。
確か、妖精の中で魔力が極端に高い者は皆、白い髪を持って生まれてくると聞いた事がある。
つまり、妖精族の中で魔力が極端に高い者と言えば――。
「
目の前までやってきた黒妖精の女性の背は、比較的背の高い俺よりも少し高い。
彼女は、俺を見下ろしながら静かに睨んだ。
「あまりその名で呼ぶな、人間」
静かながらもかすかに感じる気迫に押され、俺は少しだけ後ずさりする。
「――はあ、ったく。あたしがいない間に何の騒ぎだい、まったく」
「シルヴィア、今日分の素材を採ってきた」
「ああ、いつもすまないね。助かるよ」
「礼はいい。私たちはいつも助けてもらっている」
黒妖精は婆さんに近づくと、植物が積まれたざるを手渡した。
「さて、自己紹介がまだだったね。あたしゃシルヴィアだ」
「……プルメリア」
「あ、俺はアルヴェリオ。助けてくれてありがとう」
俺は二人に向かって深々と頭を下げる。
「昨晩も言ったけど、礼ならこの娘に言っておやり。メリアがてめえを連れてこなかったら今頃お陀仏だったろうからね」
シルヴィアの婆さんが笑いながら話す。
頭を上げた俺は、婆さんの説明を聞いて黒妖精の傍まで歩み寄った。
「近い、離れろ」
無表情のまま、俺を睨むように見つめる黒妖精。
俺は彼女の手を握り、もう一度頭を下げた。
「なっ!?」
「ありがとう! プルメリアさん、だっけ? 本当に助かったよ!」
俺は握った手を上下に振り、思い浮かぶだけの感謝の言葉を述べた。
だが、なぜか彼女は俺から目を逸らして震えていた。
「や、やめろ……さ、触る、な」
「あ、ごめん……、つい……!」
手を放した瞬間、プルメリアさんはどこかへ駆けだして行ってしまった。
少しだけやりすぎたかもしれないな……、まさかあんなに嫌がられるとは……。いや、これが普通か。
「ま、あの娘にもいろいろあるもんでね。悪気はないんだ、許してやっておくれ」
「いや、怒るも何も今のは俺が悪いんだからさ」
俺はプルメリアさんが去っていった方向をしばらく見つめ、シルヴィアの婆さんに向き直った。
「早速で悪いんだけど、話を聞きたいんだ」
俺がそう言うと、婆さんは笑みを浮かべて口を開く。
「その前に一つ、仕事をしてもらうさね」
「……仕事?」
婆さんの笑みに、俺は嫌な予感を感じる。
「なに、ただのお使いだよ」
昨晩まで生死の境を彷徨っていたであろう俺ことアルヴェリオ。
雑用を頼まれました。
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