第百二十七譚 僧侶は語る――彼の者を
「これ、お前たちの仲間の物だろっ?」
目の前でたなびく黒いマントに私たちの視線が集まる。
私はおもむろにオトゥー皇帝陛下の前に立つと、優しくそのマントを受け取った。
壊れ物を扱うかのよう大事に触れ、強く抱きしめる。
若干の湿りけも気にせずに、私はそれを抱きしめ続けた。
「セレン……」
「……あの男、勇者って呼ばれてるんだろっ? 話は聞いてたけど、戦争を止める糸口を作ったのが勇者だなんて都合が良過ぎじゃないのかっ?」
「――どういう意味だい?」
「前の勇者だった聖王軍を退かせたのが今の勇者だったってことは、その男が裏で動いてたんじゃないのかって話だっ」
一瞬、私の胸がざわつく。
オトゥー皇帝陛下は淡々と、まるでアル様が悪だと決めつけているかのような言いぐさで話した。
「そんな訳ないでしょっ!? アイツが信号弾を撃ってなかったら今頃アンタら炭鉱族の誰かが死んでたかもしれないのよっ!?」
「ふんっ、元々はお前たちが勝手に始めた戦争だっ。犠牲者のオイラたちには批判する権利があるっ、それに一度勇者に裏切られたオイラたちはもう勇者は信じられないっ」
「で、でもアルっちは聖王とは――!」
「同じだっ、あの時もあいつはオイラたちを一度救ったっ! でも結果はどうだっ、魔王を殺して力を手に入れたらコロッと人類を裏切ってオイラたちを滅ぼそうとしたっ! あの男も同じだっ、お前たちが騙されているだけだっ!!」
その言葉を区切りに、場は静寂に包まれる。
アザレアさんたちは言葉を詰まらせたような声を発し、何も言えずにいる。
マントを抱きしめたまま下を向いていた私は、ゆっくりと顔を上げてオトゥー皇帝陛下を見据えた。
「――確かに、オトゥー皇帝陛下の仰る通り、この戦争は私たちが勝手に始めた事……それは紛れもない事実です。いくら謝罪しても、炭鉱族の皆様に許されるべき事ではないと承知しております」
「前にも言ったけどお前が謝った所で何も――」
「はい、何一つ変わりません。この時代から争いが無くなる事も、種族間の微妙な関係も何一つ変わらないのです」
「ちょ、ちょっとセレン……?」
「ですが――それは聖王がこの時代に存在しているからです」
今、この世界は疑心暗鬼に満ちている。
いつ誰が、どの国が裏切るかわからない。また、聖王のように世界を滅ぼそうとするかわからない。
こうした想いが、各国の関係を悪化させていく。
そうした想いが消えるとするならば、それはきっと元凶が無くなったその時だろう。
「あの者が存在し続ける限り、この世界に平穏は訪れません。かといって、私たちが聖王に敵う力を持っているかと言われれば否と答えざるを得ません。何故なら、相手は一度世界を救っている最強の人間なのですから」
五十年以上前、世界を支配しようとしていた魔王を滅ぼした勇者。それを相手に敵う者は恐らく存在しないだろう。
そう、数か月前までならば。
「一体お前は何が言いたいんだっ! 世界は滅ぶからオイラたちはどうなっても構わないとでも言いたいのかっ!?」
「違います! 今、この世界で聖王に敵う者はアル様だけ――この地に再び現れた“再誕の勇者”ただ一人だと言っているのです!!」
声を張り上げた事で、マントを抱きしめる腕にも力が入る。
今まで静かだった私が大声を上げた事に驚いたのか、オトゥー皇帝陛下は目を丸くする。
「……そうやって、お前もあの男に騙されているだけじゃないのかっ!」
「いいえ違います! アル様は――あの方はっ、普段はお調子者で、ふざけた態度をとったり、年相応の男の子だけどっ、優しくて、明るくて! 何度も挫折を味わっていて、それでも前に進もうと懸命に生きてっ、守るべき者たちの為に勇気を出せる――必死になれるお方です! 勇者という存在が忌み嫌われるこの世界で、勇者として在り続けた方がアル様なんです!!」
涙を堪え、必死に言葉を紡ぐ。
私が悪者と呼ばれるならそれでも構わない。ただ、アル様が悪者呼ばわりされるのが許せなかった。
だから、私は必死になった。たった数ヶ月しか共にいなかった私が言うのもおこがましいと思った。
でも、それでも私は伝えたかった。
アル様こそ、世界を救う勇者なのだと。
聖王を倒し、世界に平穏を齎す者だと。
「その通りよ、オトゥー陛下。アイツは普段ふざけてばっかだけど、やる時はやるわ。困ってる奴を見捨てられないアイツがアタシたちを騙して世界を滅ぼそうなんて死んでも思わないでしょうね」
「そうそう、それにアルヴェリオは嘘を付けない人間だからね。嘘をついてたって顔に出ちゃうぐらい正直なんだよ」
「わたしも……アルっちには本当に感謝してるんだ! 味方殺しなんて呼ばれてたわたしに手を伸ばしてくれた事にはすっごく感謝してるの!」
「皆さん……!」
次々とアル様を援護する言葉がオトゥー皇帝陛下に投げられる。
アザレアさんたちは私と目を合わせると、うっすらと微笑んでくれた。
私はアザレアさんたちに向かって小さく頷くと、もう一度オトゥー皇帝陛下に向き直った。
「アル様は、必ず世界を救って下さいます! ですから、どうかアル様を――“再誕の勇者”を信じて頂けませんか?」
オトゥー皇帝陛下は俯き、腕を交差させる。
暫くの沈黙が流れ、口を開いた。
「……オイラたちは、完全には信じられない。聖王に受けた屈辱は忘れられないからなっ。それでも……お前たちの言った事が本当かどうか、オイラたちに証明してみせろっ」
「……つまり……」
「絶対に、聖王を倒してくれっ。あの男が本当に勇者だって言うなら、必ず世界を救ってくれっ」
顔を上げたオトゥー皇帝陛下の口元は緩んでいて、僅かに笑みを浮かべていた。
私にはそれが堪らなく嬉しくて、頬を緩ませながら「はい」と返答した。
それから数分後、私たちは村を後にした。
アル様の黒いマントを胸に、この大陸をでる準備を始めた。
□――――???
白く、真っ白な空間で女の声が聞こえる。
その声は、空間に眠る誰かに向けて語り掛けられていた。
「――目覚めなさい、アルヴェリオ」
真っ白な空間で横たわる男の手が、かすかに動いた。
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