第百三譚 山を駆ける


 夢、希望。私とは一切無縁のものだった。


 愛をくれる者と会う事さえ許されず、愛を求めることも許されなかった。

 

 夢を語る事も許されず、希望を持つことさえ許されない。

 いつしか、そういったものは無価値で、無意味だと悟った。


 この世界に希望なんてない。夢を持つ生き物は無意味でしかないと。


 ある時、私は一人の老婆と出会った。

 その老婆は私の祖母だとおかしなことを言っていたが、私には家族がいないからそんな事はどうでもよかった。


 その老婆は、私に古い伝説を教えてくれた。

 夢を追い、皆の希望となって世界を救わんとした一人の男の話を。


 その男は、生まれながらに特別な力を持っているわけでもなく、特別な才能に恵まれていたわけでもない少年だったという。


 だが、その少年はある日を境に剣術、魔術を勉強し、努力し続けて世界の希望になったそうだ。

 男は世界の希望として、悪の根源である魔王という存在を倒すべく旅に出て、色々な人と出会い、別れ、成長していったのだと老婆は語っていた。


 私は馬鹿にした。そんな伝説あるわけがない。夢、希望を持った人間は全て無意味だと。

 だが、それと同時に、私はその伝説に惹かれていた。


 私は事あるごとに老婆を訪ね、その男の伝説を聞いていた。

 盗賊退治の話、妖精族の国での騒動、炎竜と戦った時の話。


 全て断片的だが、老婆は嬉しそうに語ってくれた。


 いつしか、私はその男に憧れを抱いていた。

 男のように、世界を旅してまわりたい。

 男のように、人々を救いたい、と。


 いつしか、それは私の夢へと変わっていた。

 叶わないと知りつつも、願った。

 希望を、持つようになったのだ。






□――――ドフタリア大陸:山岳地帯【アルヴェリオside】






 ドモス平地を目指すため、俺たちは険しい山岳地帯を歩き続けていた。


 人の手が加えられていない未開の地というのもあってか、野生の魔物が多い。

 しかも一匹一匹が面倒くさいぐらい強いぶん、余計に時間を取られてしまっている。


 俺は後ろを振り向き、アザレアたちが着いて来ていることを確認すると、オトゥーに言葉を発した。


「オトゥー、もっと急いでくれ」

「ああ、任せろっ」


 俺はオトゥーに催促し、山道を駆けるペースを上げる。


 険しい山道を駆けている際中、魔物に襲われているその瞬間でも、俺の頭の中にあったのはセレーネと――エネレスのことだった。


 今から数十分も前、オトゥーから聞かされた人間の女の話。


 俺たちが来る数週間前にあの村を訪れたというその女は、自らをエネレスと名乗って炭鉱族に詫びを入れに来たらしい。

 村の人たちに追い返されても、何度も何度も足を運び、頭を下げていたという。


 ある時、オトゥーがその女にこう問いかけたらしい。

 どうしてお前が謝るんだ、と。

 お前は聖王の仲間なのか、と。


 その問いに、女は首を振って違うと答えたらしい。

 だが、その女は、聖王の仲間ではないけど同じ種族の代表として謝らせて欲しい。そう言ったそうだ。


 それから女は、あの村に僅かながらも食料を届けたり、作業を手伝ったりしていたらしいが、俺たちが来る数日前から姿を見せなくなったという。


 きっと、エネレスと名乗る女は偽物だろう。

 あいつが女であるわけがないし、セレーネを攫った卑怯な奴が炭鉱族に詫びを入れに来るなんて考えられない。

 そもそも聖王の仲間じゃないってところが信用できない。


 あいつは聖王の仲間で、敵だ。それは間違いない。

 だけど、何だろうか、この微妙にもやっとするような感じは。

 何か見落としている、そう俺の身体が告げているような感じは一体……。


「リヴァ! 前向きなさい!」

「っ!?」


 ハッと意識をこちらに戻すと、俺に飛びかかってくる魔物が目に映る。


「――邪魔なんだよ……っ! “苦痛ペイン”!!」

「アルっち! あんまり魔法を使いすぎちゃったら持たないよ!」


 飛びかかってきた狼の魔物に魔法をかけ、そのまま真っ直ぐ走り出す。


「わかってる!」


 そう声に出し、茂みから出てくる狼の魔物を素手で応戦する。


「こっちだっ、オイラに着いて来いっ!」

「リヴァ、早く!」

「くっそ……っ!」


 群がってくる狼たちに“幻影ミラージュ”を唱え、オトゥーたちを追う。

 次々と襲い掛かってくる魔物を素手で倒しながら、俺たちは引き続きドモス平地を目指して走った。

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