第百二譚 決別


 長剣を腰に差し、フード付きマントを羽織りながら外に出る。

 俺を見る炭鉱族たちの視線が痛い。


 早く出て行けと言いたげな視線や、どうして巻き込むんだというような視線も感じる。

 

 それもそうだ。炭鉱族は人間が嫌いで、さらに白い物も好まない。

 それが合わさった俺なんかは避けられて当然なんだから。


 でも、今はそんな視線を気にしてる暇はない。

 一刻も早くエネレスに会わなければいけないんだから。


「……アルっち」


 シャッティが心配そうな目で俺を見る。

 どうしてそんな悲しそうな顔をするんだろうか。俺は別に何ともないというのに。


「どうした? 俺の顔に何か付いてるのか?」

「……ううん、なんでもない」

「そっか。よし、皆準備できたな?」


 俺は目の前に立つ三人に確認をとる。

 それにアザレアとシャッティは小さく頷くが、ジオは動かずに俺の顔を凝視していた。


「……なんだよ、ジオ」

「悪いんだけど、僕はここで別れるよ」


 突然のカミングアウトに、俺は言葉を失う。


「は!? ちょっとグラジオラス、どういう事よ!?」

「グラジー!? 突然どうしたの!?」


 アザレアたちも驚いているようで、声を荒げてジオに問いかけた。

 普段だったらここらで笑顔を見せるジオも、今は表情を変えずにいる。


「どういうことだよ? ちゃんと説明しろ」

「僕はエルフィリムの王子だよ。だからこそ、この戦争はエルフィリム側として参加する。できるだけ被害を出さないように、この戦争を止めるつもりさ」

「……俺に対する嫌味か?」

「思い当たる節があるんだったら改善してほしいものだよ」

「ジオ、てめえ……」


 ジオの言い方がいちいち頭にくる。

 俺は腹から込み上げてくる怒りを抑えながら、ジオを睨んだ。


「そういう訳だから、僕は先に失礼させてもらうよ」

「ちょっと、グラジオラス!!」


 その言葉を残し、ジオは村を去っていく。

 アザレアが必死に声をかけるが、ジオは一切聞く耳持たなかった。


「アタシは!? そんなこと言ったら、アタシはどうするのよ!?」


 その言葉で、ジオはやっと足を止める。

 だが、ジオは振り返らずに言葉を発した。


「君がいると被害が大きくなりそうだからね、アルヴェリオと一緒にいてくれないかい」

「なっ……!! アンタねえ、バカにしてるわけ!?」


 ジオは何も言わず、再び歩き始める。

 俺は引き留めようともせず、ただ黙ってその光景を見ているだけだった。


 シャッティは、ジオと俺たちの間で視線を動かしておろおろとしている。


「何とか言いなさいよ! グラジオラス!」


 辺りが重苦しい空気に包まれる。

 そんな空気の中、俺たちは村を後にしてドモス平地を目指した。






□■□■□






 村を出てしばらく歩いた森の中。

 俺たちは東に位置するドモス平地に向かって歩き続けていた。


 オトゥーたちが住んでいた村は、ドフタリアの南南西にあり、ドモス平地に向かう為には険しい山岳地帯を迂回して東に進んでいかなければならない。

 しかし、迂回している暇があるなら山岳地帯からドモス平地を目指したほうが圧倒的に良い。


 俺たちにそんな時間は残されていない。

 迂回したことで戦争に間に合わなかったなんて事になったら困るからな。


「リヴァ、本当に山岳地帯を歩いてくわけ?」

「ああ、そっちの方が断然早いからな」

「とは言ってもアルっち……ほぼ断崖絶壁じゃないの……?」


 アザレアとシャッティは顔を上げて目の前に広がる崖を見上げる。


 シャッティの言う通り、険しい山岳地帯は本当に険しい。

 断崖絶壁を超えた後には高低差の激しい道を歩いていくことになる。


 だけど、迂回していくよりは遥かに時間を短縮できるはずだ。

 そうすれば、エネレスがどこかと戦闘を開始する前に会う事も可能だと思う。


「何とかなるだろ。よし、行くぞ」

「リヴァ……アンタ……」


 俺は崖のでっぱりに手を触れる。

 その時だった。


「おいっ、お前たちっ!」


 木の上から華麗に着地を決めた炭鉱族が一人。


「……オトゥー?」

「ドモス平地までの最短ルートを教えてやるから着いて来いっ!」


 オトゥーはそう言うと、崖に沿って歩き始める。


「ちょっと待ってくれ、どうしてオトゥーがここに? なんで俺たちに手を貸すんだ?」

「ある人に頼まれたからだっ!」

「ある人? それって一体誰よ?」

「秘密だっ! とにかく、オイラに着いて来いっ!」


 俺たちの案内を頼んだ人物。

 一体誰なのか、俺には一切検討がつかなかった。


 俺たちはオトゥーの後ろに付いて歩く。

 崖沿いに歩きながら、成人男性の拳ぐらいの幅の細い部分を足場にして徐々に登っていく。


 この足場は意外にも頑丈で、崩れそうな気配はない。


 そんな足場を進んでいる途中、オトゥーが思いだしたかのように言葉を発してきた。


「お前たちも運が良かったなっ。もう少し早くあの村に着いていたら命がなかったかもしれなかったぞっ」

「命が? 何かマズい状況だったのか?」

「そうだっ、あの人間の女が先にオイラたちと会っていたから、あの村の皆は人間に対する怒りが少し薄れてたんだっ」

「あの村にわたしたちより先に人間の女の子が来てたんだね」

「確か名前は――エネレスって言ってたなっ」


 俺は不意を突かれたように、体勢を崩して落ちそうになる。

 だが、寸でのところで堪えた。


「……もう一回言ってくれ。人間の女の名前が――誰だって?」

「エネレスだって言ってた気がするぞっ」


 あのエネレスが――女。

 その言葉に、俺は酷く頭が混乱した。

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