第百一譚 一切変わらず
村に戻ってきた俺たちは、アザレアたちが獲ってきた物を食べてそれぞれ眠りについた。
次の日の朝、珍しく早く起きた俺は寝ぼけながら森の中を散歩していた。
特にこれといった理由はないんだけど、強いて言うなら眠気を覚ます為だ。
朝の森はとても涼しく、静かで安らぐ。
何か嫌な事があっても心を鎮めることが出来る様な気持ちにもなる。
俺は小さな泉に近づき、顔を洗う。
ビストラテアを出てから今日で八日目。
ただの噂だった話を信じてここまで来たのは少しマズかったかもしれないな。
ろくに確かめもせずに海に出たもんだから、本当に戦争が起こるかわからない。
だけど、もし戦争が始まるんだったらそろそろ動きがあってもいいはず。
そもそも、なんで奴らはここで戦争をすることになったんだろうか。
自分の国土で戦争したくないのか、ここが既に跡地だからなのかはわからない。
それとも他に理由があるのか? 例えば、聖王軍がどうしても手に入れたい物を護る為か。それとも、何か知られちゃいけない秘密がここにあるのか。
なんにせよ、何か理由があるのは間違いない。本当に戦争するとしたらの話だけど。
「こんな朝早くから何をしてるんだっ、人間っ」
後ろからかけられた言葉に、俺は思わず後ろを振り向く。
声をかけられた時点で誰だかは察しがついていたんだけど、条件反射的な何かで振り向いてしまった。
オトゥーだ。
「たまたま早く起きたから散歩してただけだよ」
「……そうかっ」
オトゥーはそれ以上何も言わずに、泉の水で顔を洗い始めた。
てっきり何か言ってくるのかと思って警戒してたんだけど、まあいいか。
そんな事より、よく考えたらこれは話を聞く絶好のチャンスなのではないだろうか。
なぜオトゥーが人間嫌いになったのかを聞くには丁度いい。
「なあ、オトゥー」
「気安く名前で呼ぶなと言ったはずだぞ、人間っ! それで、何だっ?」
「どうしてオトゥーは人間を嫌うんだ?」
その言葉に反応し、オトゥーの鋭い眼光が俺を捉える。
老いてなお衰える事無いその眼光からは、確かな憎悪と怒りが感じられた。
「どうして? 決まってるっ……! オイラたちを裏切ったからだっ!」
「裏切った? 誰が?」
「リヴェリアだっ!」
リヴェリア。その名前を聞いた俺は、心のどこかが針に刺されたような痛みを感じる。
「リヴェリア……あいつは、オイラの友だった。人間嫌いのオイラたち相手に諦めずに接してきた唯一の人間だった」
オトゥーはスッと立ち上がると、落ちていた小石を拾って泉目掛けて投げ込んだ。
「なのにっ……! 魔王を倒した途端人が変わっちまって……世界を支配するとかバカげたことまで言い始めてっ! 遂には帝国を滅ぼしたんだっ!」
それは違う。
そう言いかけた口を閉じる。
例え、俺がリヴェリアだと打ち明けても信じてはもらえない。むしろ逆効果だと思う。
オトゥーの怒りは本物だ。心の底からリヴェリアを憎んでる。
信じていた友に裏切られ、帝国を滅ぼされ、故郷をめちゃくちゃにされれば誰だってそうなる。
「あいつ、笑ってやがったんだっ! 帝国を滅ぼしながら嬉しそうに笑みを浮かべてたんだっ!!」
「笑ってた……? ちょっと待て、聖王本人が帝国を滅ぼしに来たのか!?」
「ああ、そうだっ! オイラたちを見下しながら笑ってやがったんだっ!」
「聖王の姿は!? 姿はどんなだった!?」
「昔と一切変わってなかったさっ! 一切なっ!」
聖王自らが帝国を滅ぼしにやって来た? 八皇竜だけが滅ぼしに来たんじゃなかったって事なのか?
話と違う。聖王自らが動いたなんて話一切聞かなかったぞ。
いや、それよりもだ。
姿が昔と変わっていなかった。そうオトゥーは言った。
つまり、聖王は――俺……なのか?
そんなはずはない。きっと何かの間違いだ。
死体を操れる魔法なんてなかった。
バラバラになった肉体を元通りにする魔法なんか存在しなかった。
そもそも、あれから五十年は経ってるんだ。姿が変わらないのはおかしいだろう。
でも、もし、もしだ。
本当にリヴェリアの姿だったとして、操ってるのは一体誰なんだ? 誰が何のために、リヴェリアを使う? そこまでして何がしたい?
「おい、どうしたっ? 顔色が悪いぞっ」
「……いや、なんでもないんだ」
「そうかっ。……というわけで、オイラたちは人間が嫌いだっ、死にたくなかったら早く村から出ていくんだなっ! これ以上、オイラたちを巻き込むなっ!」
その言葉を残し、オトゥーは村へ戻っていった。
俺は、しばらくその場から動くことが出来なかった。
□■□■□
あれからしばらく経ち、俺は村へと戻ってきた。
だが、俺を待っていたのは仲間ではなく、ある報せだった。
「た、大変だぁーっ! ど、ドモス平地にっ、数え切れねえぐらいの軍隊が集まってるど!」
それは、戦争が本当に行われるという証拠と同時に、炭鉱族が巻き込まれる事になるという報せでもあった。
拳を力強く握りしめた俺は、出発のための準備を始めた。
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