第九十二譚 胸騒ぎ


 闘技場を出た俺は、人混みを掻き分けて集合場所へと向かう。


 闘技場前の小さな木の下が集合場所となっているが、周りに人が大勢いる為に皆を見つけられない。

 しかも俺の周りが獣人族の大男ばかりなもんだから余計にだ。


 なんとか大男たちを掻い潜り、小さな木の下に辿り着く。


「お、やっと来たね」

「随分と遅かったじゃない。シャールはとっくに来てたわよ?」


 アザレアとジオの声が耳に入ってくる。

 

「セレーネは!? セレーネがどこにいるか知らないか!?」


 俺はジオの肩を掴み、セレーネの居場所を聞く。

 だが、ジオもアザレアも突然の事に戸惑っているのか、困ったような表情で俺を見る。


「ア、アルっち? すごく怖い顔してるよ……?」


 シャッティの言葉で俺は我に返る。

 

「……悪い」


 俺は掴んでいた肩から手を放す。


「一体どうしたんだい? セレーネちゃんの身に何かあったのかい?」


 ジオの問いに、俺はあの髪飾りを取り出して見せた。


「この銀の髪飾り……確かセレーネの物よね?」

「これが何か関係あるのかい?」

「……さっき、中でエネレスと話したんだ。どうして俺たちを庇ったのか、って。その後、エネレスが立ってた場所にこれが落ちてた。この髪飾りを見た時、もの凄く嫌な予感がしたんだ。だからセレーネに何かあったんじゃないかと思って……」


 俺は言いながら力強く拳を握る。

 髪飾りが刺さり、拳の隙間から血がゆっくり流れ出る。


 そんな様子を見ていたジオが、俺の肩に手を乗せた。


「大丈夫だと思うよ。セレーネちゃんはきっと迷っているんだよ」


 それに続いてアザレアが、血が流れている方の拳を取って優しく広げた。


「アンタ、そんなに心配性だった? まったく、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「さっ、皆で手分けして捜そうよ!」


 シャッティの言葉に、俺たちは小さく頷いてセレーネを捜し始めた。

 闘技場周辺を捜す者、闘技場内部を捜す者、待ち合わせ場所で待つ者、それぞれが彼女の姿を探す。


 しかし、この日セレーネが見つかる事はなく、代わりに銀色の髪飾りだけが寂しく残った。






□■□■□






 セレーネがいなくなって二週間が過ぎた。


 武闘大会が終わったその日、俺たちはビストラテアの見回りの兵士たちにも捜索を依頼した。

 あの日からずっとセレーネを捜し続けているが、手掛かり一つ見つけられない。

 

 ここまで来ると、一つしか思い浮かばない。

 セレーネは何者かに攫われた。


 それ以外に理由が無い。あるはずがない。

 だが、誰かがセレーネと一緒にいる姿を見たなんて目撃情報は一向に上がらない。

 しかも、観客席にいた人たちに話を聞いてもそんな人は見なかったとさえ言われている。


 殺人犯か誘拐犯、と色々考えられるだろう。

 でも、俺はもうこれしか思い浮かばない。


 聖王軍。

 あいつらがセレーネを攫ったんだ。

 

 あの日、セレーネの髪飾りが落ちていたのはエネレスが立っていた場所付近……きっとエネレスとムルモアの目的は初めからセレーネだったんだ。

 いつどうやって攫ったのかはわからないが、この髪飾りを持っていたのが何よりの証拠だ。


 ただ、情報が足りない。もっともっと情報を集めないと――。


 そんなある日、俺たちは遂にエネレスたちの情報を掴んだ。


 奴らはビストラテアから出て東の小さな森に向かって行ったという情報を手に入れたんだ。

 だけど、いざそこに行ってみてもあったのは古びた小さな遺跡だけで、他には何もなかった。

 遺跡の中も人が生活している気配は全くなく、何やら汚れた魔法陣が地面に描かれていただけだった。


 ビストラテアに戻ってきた俺たちは、日課である討伐依頼を受けて金を稼いだ。

 

 武闘大会の賞品として船を貰ったはいいが操縦できる奴は誰も居ない。

 だから、いつか船を使う日が来た時の為に、船員を雇える金を用意しておかなくてはいけない。

 そのために、俺たちは金を集めていた。


 いつの間にか俺たちの階級は三つほど上がり、第三級の冒険者になっていた。


 周りからの注目を浴びたりしたが、そんなものはどうでもよかった。

 ただ、情報と金のために躍起になって依頼をこなしていただけなのだから。


 シャッティはあの日からずっと、俺たちを家に泊めてくれている。

 さらには情報収集だったり、合間を縫っては依頼の手伝いをしてくれたりもしていた。

 夢が叶うというのに、夢を後回しで俺たちに付き合ってくれているのがとても申し訳ないと思う。


 でも、それを言うとシャッティは恩返しだから気にしないでと言う。

 益々申し訳なく思ってしまう。

 

 いつまでこんな生活を続けなくてはいけないんだろうか。

 いつになったら情報を得られるんだろうか。


 そう考えながら毎日を過ごす。


 そして、武闘大会終了から一ヶ月が経ったある日の事だった。


 ビストラテア中に、とある噂が広まった。

 

 炭鉱族が住んでいたドフタリア大陸で、聖王国とトゥルニカ・エルフィリム連合が戦争を始めるというもの。

 その戦争には、ビストラテアも連合側として参戦すると――。

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