第九十一譚 武闘大会の終わり。そして


 俺の視界から消えたバケモノは観客席真下の壁まで飛ばされていた。


「まさか運営の者が選手らを殺すとはな! 中々良い根性をしているではないか!」


 そう言って猛々しく笑う獣王は、まだまだと言うようにウォーミングアップを始める。

 

 俺は少しの間、何が起こったのかも分からずに立ち尽くしていたが、ハッと我に返ると獣王の隣に走り寄る。


「助かりました、獣王バルドロフ様」

「だから硬くなるな! もっと楽に話せ! オレとしてもそっちの方が楽だからな!」


 そう言って笑顔を見せる獣王に、俺は少し戸惑う。

 楽に話せと言われても呼び捨てにするわけにはいかないし、だからと言ってテッちゃんみたいに馴れ馴れしく接するのもどうかと思うからな。


「そうは言われても……」

「なに、簡単な話だろう。様だの陛下だのと呼ばれるのは好きじゃないのでな! そう呼ぶなと言っているだけだろう!」

「では獣王バルドロフと」

「まだ少し硬いが良い、許す! ガッハハハハ!」


 豪快に笑うバルドロフを横目に、俺はバケモノと化した運営の者を見据える。

 先程の獣王の一撃によって壁に吹き飛ばされた衝撃で、壁はほぼ半壊。土煙が舞うほどに衝撃は強かった。


 だが、こんな状況になっても観客たちは退避せずに盛り上がっている。

 これも演出だと思ってるのかどうかは知らないが、これは逃げた方が良いと思うんだけどな。


 なんせあのバケモノは俺ですら見た事がない危険な生き物だ。

 いや、生き物と呼んでいいのかわからないほど異形な存在。それがあのバケモノだ。

 だから、何をしてくるかわからない。そんな中で観客が逃げないのは危ないだろう。


「そう心配しなくとも良い、アルヴェリオよ! 実に不快だがオレの一撃で沈んでしまったようだからな!」


 獣王の言葉と共に土煙が消える。

 その中から出てきたのは、俯せで倒れている運営の者だった。


 俺は足早に運営の者のもとに近づく。

 運営の者の左腕は無く、息をしている様子も感じられない。どうやら本当に一撃で終わらせてしまったらしい。


「素手でこの威力かよ……」


 俺は思わず頭に浮かんだ言葉を声に出して言っていた。


 流石は歴代最強と言われる獣王だ。

 速く、重く。この二つが合わさった一撃を出せるのは凄い。

 しかも素手というのがこれまた。


 かつて日本にいた頃にやったゲームで、武器を使う戦士より武闘家のほうが重い一撃を出せるって事に疑問を感じてたりしたけど、こういうのを生で見ると納得できてしまう自分がいる。


「よし、そこの遺体は手厚く葬ってやれ! では授与式を再開するぞ!」


 獣王の言葉により、兵士たちが数人現れて運営の者を抱えてどこかに行ってしまった。

 俺は舞台に上がり、シャッティの隣に並ぶ。


「ではもう一度聞こう、アルヴェリオにシャール! お前たちの望みは何だ?」


 俺はゆっくりと口を開いた――。






□■□■□






 授与式が終わり、俺は急いで入場口から戻っていく。

 入場口の廊下を通り、控室が並ぶ場所である人物を探していた。


 辺りを見渡し、その人物がいると思われる控室を探す。


 五号室と書かれた扉を勢いよく開く。

 だが、そこに探している人物の姿は見えず、俺は舌打ちをした。


「……なんでだよ」


 俺は五号室から出て辺りを見渡す。

 ここにいるのは係りの者たちだけ。選手たちの姿はどこにも見えない。


 俺はもう一度舌打ちをする。

 

 なんでなんだよ。なんで俺を庇ったんだよ。

 お前は俺の敵だったろうが。


 聖王に仇なそうとする奴をどうして庇うんだよ。

 敵だぞ? 俺はお前の、お前は俺の。


 なのにどうしてお前は庇った。あのまま俺たちが失格になればお前らは得できたんだぞ。

 何のためにこの大会に出てたかは知らないけど、賞品を貰っても困らないだろうが。

 

 どうして庇ったんだよ――。


「誰かお探しですか?」


 後方から声が聞こえる。

 俺はその声がした方向にゆっくりと身体を反転させた。


 控室が並ぶこの廊下は真っ直ぐだ。

 一から八号室まであるため結構長い。


 そんな廊下の八号室前に立つ俺。一号室前の曲がり角付近に立つ、ローブを羽織りフードを目深に被った者――エネレス。


 先程までうるさかった周りの音も、今は静寂へと変わっていた。

 遠く離れた場所にそれぞれ立ち、互いに視線を合わせる。


「……お前、なんで俺たちを庇ったんだよ」


 俺は先ほどからの疑問を口に出す。

 

「……何の事でしょうか」

「とぼけるなよ! あのまま俺たちが失格になっていたら優勝はお前たちだったんだぞ!? なのにどうして俺たちを庇った!」


 俺の怒声が驚くほどよく響く。

 エネレスは一ミリたりとも動かずに、言葉を発した。


「別に貴方がたを庇ったわけではありません。私たちの目的はアクリゥディヌ神教の計画を阻止する事。優勝は目的ではありませんので」

「アクリゥディヌ神教の計画……?」

「貴方には関係のない事です。それに――」


 エネレスは背を見せ、顔を少しだけにこちらに向けた。


「正しい者が言い掛かりで損をするという事が嫌いだっただけです」

「……? どういう意味だ」

「……貴方がたはそもそも相手が死ぬような攻撃をしていないでしょう? 意識を失わせる行為に睡眠作用の煙と。その程度ならば例え運が悪くとも回復魔法でどうにでもなります」

「……あ」

「もう少し貴方は冷静に物事を考えた方が良いですよ」


 そう言ってエネレスは曲がり角を曲がって去っていく。

 その時――


「さようなら」


 きっと囁くように放たれた言葉は、驚くほどに響いて俺の耳に届く。

 

「……ちょっと待て!」


 俺は急いで曲がり角まで駆けだす。

 だが、そこにはもうエネレスの姿は無かった。


「……なんだったんだ、今のは」


 胸に覚えた僅かだけど確かなざわつき。

 嫌な予感がする。何なんだ、この胸騒ぎは。


 そんな時、ふと銀色に光る何かが目に入る。

 俺はそれを拾い、手に取ってみる。


「これ、あいつの……」


 俺が旅立ちの日にセレーネに買った物。そんな髪飾りによく似ていた。

 その瞬間、胸騒ぎがより一層強くなる。


 俺は急いで仲間たちの待つ闘技場前に向かった。

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