第七十五譚 ぶちかます魔法、ぶっ飛ぶ修理費


 グループCの試合が終わって数分。

 実況者のアナウンスで、グループDの選手たちが呼ばれ始める。


 今大会の予選最後の試合。

 観客たちの熱もヒートアップし、場内は歓声に包まれている。


 映像にも映し出されているように、茜色の空の下に建物の影が伸び、闘技場の舞台が美しく照らされる。

 それもあってか、選手たちも興奮して声を上げている。


「会場凄い事になってるな……」


 俺は壁に映る映像を見て呟いた。


 大分待たされたって事もあるんだろうけど、それだけじゃなくて観客の歓声も力に変わってるんだろう。

 場内がこれほど盛り上がってるんじゃあ俺だって燃えるさ。


「そういえばグループDにはアルっちの仲間たちもいたよね?」

「ああ、多分一瞬で試合が終わるぞ」

「なんだよ? お前の仲間はそんなに弱えのか?」


 俺はスヴィンの言葉に大きくため息を吐いた。


「違うんだよ……」

「ど、どういう、意味?」


 ツヴェイルの問に首を振った俺は頭を抱えた。


「会場が無事で済むと良いんだけどなぁ……」

『それでは皆さんお待たせしました!! いよいよ予選最後の試合となります! おお!! 皆さんだいぶ盛り上がってますねーッ!! いいですよいいですよ! そっちの方が私もやりがいがあるってもんです!!』


 実況者の言葉に、会場中から歓声が沸く。

 その歓声は映像を通さずとも聞こえてくるような大きい歓声だった。


『さぁーッ!! それでは参りましょう!! 武闘大会予選最終試合、グループDの試合を始めます!! 選手の皆さん用意は良いですか!? それでは試合――!』


 シャッティたちは目を輝かせながら映像を食い入るように見る。


 俺はそんな事なんて気にせずに、これから起こるであろう――というよりも絶対に起こる出来事に頭を悩ませる。


 グループDに出場する選手だけではない。

 観客、本部、映像を見ている全ての人々が唖然とする姿が目に浮かぶ。


「修理費とかかからねえよな……」

『開始!!』

 

 その時、大声で魔法名を叫ぶ女の姿が映像に映った。


『“炎女神の一撃ヘスティアー・ブロウ”!!』


 次の瞬間、舞台を覆う大きな影が現れる。

 そしてその影は徐々に大きくなり、舞台上の誰もが空を見上げた。


 舞台は、一瞬にして炎に包まれた。


『……えっ?』

「ああ!! 終わりだァ!! 修理代で全財産持ってかれるゥ!!」

「うわっ!? アルっちびっくりさせないでよ!」


 俺は憎悪と悲しみを叫びながら地面に崩れる。

 

 だから言ったんだよ、絶対やるって。

 誰だあいつに開幕魔法ぶちかませって言ったアホは。


 巻き上がる黒煙が徐々に薄れ、映像には舞台の端っこに立つ二つの影が映った。


 場内の騒めきが聞こえる。

 シャッティたちはその影の正体に口を揃えて「嘘だ」と言葉にした。


『……し、試合終了……! 勝者は――』


 映像に映ったのは、粉々になった舞台にドヤ顔で拳を天に掲げて立っているアザレアとジオだった。


『グループDの本選出場選手は『グラジー&アザレー』ペア!!』

「ジオお前ェ!! ぶちかませっつったのお前かよォ!!」

「アルっちが壊れた!?」


 俺は地面にめり込むんじゃないかってぐらいの勢いで両手を地面に叩きつけた。


『もう一組なんですが、ぎりぎり舞台に残っていた『パプリア&ピアヌス』ペアに決定しました!』


 俺が落ち着いたのはそれから数分後――本選出場選手が呼ばれてすぐの事だ。






□■□■□






「アルっち、大丈夫? 水飲む? お腹空いてない?」

「……ああ、もう大丈夫。ありがとう」


 つい先程、本部からのアナウンスで俺たち本選出場選手が舞台に呼び出されたため、舞台に続く道を歩いていた。

 やっと本選が始まるんだろう。


 まずは組み合わせの抽選からだろうけど、そんなものはとっとと終わらせて試合を始めよう。

 俺は今もの凄く戦いたい気分なんだ。

 特に妖精族の王族ども。一回戦辺りで当たってくれると嬉しいんだけどな。


 いや、別に怒ってはいない。そりゃ当然。

 俺は心が広いからな。修理費を要求されたって快く支払うさ。

 船を手に入れるためだもんな、仕方ない。

 勝つための作戦だよ、あれは。なら仕方ないんだ。


「あっ! アザレーにグラジー!」


 俺はその言葉に即座に反応し、目の前を見る。

 そこには、満足そうな表情のアザレアと苦笑するジオが歩いていた。


 だが、ジオは俺たちに気づいた瞬間、俺に向けてドヤ顔を決め込んだ。


「お前修理費絶対許さねえからな!!!!」

「うわっ!? またアルっちが壊れた!?」

「まあまあ、勝ったんだからここは称賛し合うべきじゃないかい?」

「そのドヤ顔やめろって言ってんだよ!!」


 俺はシャッティとツヴェイルに押さえられる。


「船が手に入るんなら修理費くらい安いもんでしょう? 何をそんなに焦ってるのよ」

「金が無限に手に入ると思うなよ小娘!!」

「誰が小娘よ!?」


 テッちゃんから貰った資金は残り少ない。

 定期船に乗ったり馬を借りたりとかなりの金額を使ってしまっているからだ。


 特に定期船は高い。

 周期が決まっているのに合わさり、人数制限もかなり厳しいため、高額になってしまうんだ。


 残りは金貨が二十に銀貨、銅貨が三十ずつ。

 それに対し、もし修理費を請求されたしとしてかかる費用は――金貨百でも足りないくらいだと思う。


 ここにきて借金生活とかありえないからな。

 聖王どころの話じゃなくなる。借金取りとの戦争が始まるんだよ。


「まあ、どうにかなるわよ。ほら、行きましょ」

「アルっち、とりあえず今は舞台に行こう? お金の事ならわたしも手伝うから!」

「……なんて優しい子なんだシャッティは……! 俺の味方はお前だけだよ……!」

「えっ、ええっ!? そ、そんな大げさだよ! でも、なんだか嬉しいなぁ……」

「うん? アルヴェリオには僕たちがいるじゃないか」

「空気読めよ三下盗賊がァ!!」

「僕にだけ当たりが強い!」


 ジオに対する怒りを覚えながら、俺は舞台に続く通路を不満げに進んでいった。

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