第七十四譚 予選グループCの勝者


 控室の一角。

 カーテンで隠された休憩スペース内で、俺はとある事について考えていた。


――本選出場選手は『エネレス&ムルモア』ペア!!――


 エネレス。どこかで聞いた事のある名前だった。

 だが、どこで聞いたのか思いだせそうで思いだせない。


 一つ言えるのは、その名前が良い話には繋がらないという事だけだ。

 

 胸のもやもやが取れない。

 何か、大切な何かを忘れている気がする。


「……アルっち? 大丈夫?」


 カーテンを少しだけ開いて顔を覗かせるシャッティに、俺は小さく頷く。


 シャッティは俺が頷くのを確認すると、ゆっくりと近づいてくる。

 俺が座っているソファに腰かけ、何も言わずに俺の手を取った。


「……どうしたんだよ?」


 俺がそう問いかけると、シャッティはその手を包み込むようにそっと握った。


「アルっち怖い顔してたから。こういう時はなにも言わなくてもただ隣に誰かがいるだけで楽になれるよね? わたしはそうだったから、アルっちにもしてあげようと思って……」

「……そんな怖い顔してたか?」

「うん、なんて言うんだろ? 思い詰めたような顔って言うのかな……そんな顔してたよ」


 思い詰めた顔、か。

 そこまで思い詰めるような事を考えてたつもりはないんだけどな。


 でも、確かにシャッティの言う通りだ。

 こうされるのは悪い気はしない。寧ろ安心する。


「ごめんな、本選前だってのに気遣わせちゃって」


 俺がそう言うと、シャッティが俺の顔を横から覗き込む。


「ううん。わたしを本選まで連れて来てくれたんだもん。気遣う事ぐらいはさせて、ね?」

「それは別に俺だけの力じゃ――」

「むー。口答え禁止ー!」


 シャッティの手が俺の口元を覆う。

 俺は言葉を発せずにもごもごと口を動かす事しかできなくなった。


「おーい! そろそろグループCが始まりそうだぜー!」

「あ、はーい! ほらアルっち! 一緒に行こう?」


 俺の口から手を離したシャッティは、スッと立ち上がると同時に俺の目の前に手を差し出す。


「……そうだな、今は大会に集中するか」


 差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 

 確かに『エネレス』というの名前には引っ掛かる。

 でも、それを考えるのは今じゃない。

 今だけは、優勝するための対策を練るんだ。






□■□■□






『さあ! グループCの試合もそろそろ終盤です! 舞台に残るのは計七組! ここからどのように戦ってくれるのでしょうか!?』


 グループCの試合が始まって数時間。

 実況者のテンションも最高潮に達するほどに白熱した戦いが続いていた。


 残っている七組も実力はほぼ互角。

 素人が見てもわかるぐらいレベルが高い試合を行っている。


「こりゃ誰が勝つかわかんねーな……」

「お、俺としては、デルロイとデバグロゥサが勝つと思う」

「それって今どこにいる奴だ?」


 俺の問に、ツヴェイルはオドオドしながら映像の一部分を指さす。


「こ、この二人」


 ツヴェイルが指さしたその二人は、ガラの悪そうな男二人組。

 だけど、彼が言った通り戦い方は上手い。


 バラバラに戦っているのかと思いきや、常に連携できる位置を維持し続けている。

 背の低いほうが接近戦で相手を誘導し、背の高いもう一人の方は遠距離で銃の様な物で別の相手を誘導。

 相手が重なった瞬間に一気に連携を仕掛けて場外へ落とす。この大会での戦い方を熟知しているようにも見えるな。


 個々の力では他の組と互角かそれ以下だが、ペアとの連携が加わることで他の組との差を縮めている。

 いや、寧ろ突き放していると言っても過言じゃない。


「やっぱりあいつらだよなー。去年の優勝組だしよ」

「あいつらが去年の優勝組なのか?」

「……うん、そうだよ。わたしも去年は予選で当たって負けちゃった」


 シャッティが苦笑しながら言葉を発した。

 

 去年の優勝組か。

 そう言われてみるとしっくりくるし、あの戦い方にも納得できる。


「でもその割には実況者が何も触れなかったけど……」

「まあ、去年のは仕方ねえんだわ。優勝って言っても棄権勝ちだからよ」

「それってあの二人が強かったから勝てないと見込んでの棄権じゃないのか?」

「じ、実は、棄権した相手の方が、遥かに強かったんだ。絶対に優勝はそのペアだって言われてたぐらいに……」

「しかもそのペアは去年だけしか大会に参加してねえんだよな。今回も名簿に名前なかったしよ」


 優勝できるのに棄権した?

 随分とおかしな話だな。そうなったら普通優勝を狙うだろうに。


 しかも今回は不参加……何か裏がありそうだな。


「だからね、何か目的があったんじゃないかって噂されてるよ。準決勝の相手に勝った後、満足げに闘技場を出てったって話も聞くしね」

「そいつらと準決勝で戦った組って今回も出てるのか?」

「うん、出てるよ! パプリアとピアヌスって人たちなんだけど……今までのグループには出てないからグループDじゃないかな?」 


 パプリアにピアヌス。その二人が謎を握ってるって訳か。

 ちょっと気になるけど俺には関係ない事だろうからなぁ。


『試合終了!!』

「おっ。終わったみてえだな」


 俺たちが映像から目を離している隙に、長かった試合が終わっていた。


『グループCの本選出場選手は『デルロイ&デバグロゥサ』ペア! そして『グリンファー&サイル』ペアに決定しました!!』


 スヴィンとツヴェイルの予想通り、デルロイとデバグロゥサという奴が本選出場か。

 まあ、棄権勝ちとはいえ去年の決勝進出選手だ。当然と言えば当然だろう。


「あとはグループDだけか……日もまだ暮れ始めたばかりだから夜中前には本選始まるか?」

「そうだといいんだけどね……でも! グループDにはパプリアたちもいるからすぐ終わると思うよ!」

「俺も名簿見たけどパプリアたち以外は無名ばっかで大したことなさそうな奴らばっかだから心配ねえだろ」


 だが、俺はその時ある事を思い出した。


 まだあいつらが出ていないことに。


「……あぁ……多分すぐ終わると思う」


 俺はグループDの出場選手たちを憐れみながら、試合開始の合図を待った。

 

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