第七十三譚 不穏な影
□――――ビストラテア:???
誰も通らなそうな暗がりの路地に、怪しげな黒フードの男が立っている。
その男は何をするわけでもなく、ただじっと何かを待っていた。
遠くから聞こえる歓声の様な物にも興味を示さず、魂が無いのではないかと思うほどに動きを止めていた。
男は何かの気配を感じると、ゆっくりと壁に背を預ける。
すると、その壁の向こう側から若い女の声が聞こえてきた。
「……すみません、遅くなりました」
どうやら壁の向こう側にも路地があるらしく、男は向こう側にいる誰かと話を続ける。
「いや、いい。それより、準備はどうだ?」
「準備は完了しています。後は対象を落とすだけです」
女の言葉を聞いた男は、懐から小包を取り出した。
その小包を上空へ投げると、どこからか小さな鳥が現れ、それをくわえて壁の向こう側へ消えた。
「……これは?」
「新しい魔道具だ。貴様が壊したアレと同じな」
「……ありがとうございます」
「気にするな、それがなければ作戦を実行できないのだろう?」
壁の向こう側から小包を開ける音が聞こえてくる。
がさがさと音を立てた後、しばらくして音が止まる。
「重要な任を受けているのだ。絶対に失敗はするなよ」
「……ええ、わかっています」
男の問いかけに答えたのは、先程までの女声ではなく若い男声だった。
「頼んだぞ、エネレス」
そう言葉にした男は、壁から離れて路地の奥へと消えていった。
誰も居なくなった路地。
先程まで男がいた壁の向こう側で、消え入るような声で誰かが呟く。
「……いつまで、続ければ……」
その言葉を最後に、その路地には再び静寂が流れた。
□――――ビストラテア:闘技場一階控室【アルヴェリオside】
入場口から徒歩二分。
グループAの控室とは逆方向に、本選出場選手たちの控室が用意されている。
俺とシャッティはグループAで凄まじい実力を見せつけ、見事に予選を勝ち抜いた。
そのため、本選出場選手の控室で本選が始まるのを待っていた。
予選の四試合は丸一日かけて行われ、終わればそのまま本選。終わらなければそのまま予選続行という形式で行われる。
つまり、終わるまでは休みなしだ。
大体は日が暮れる前に終わるらしいんだけど、前大会は一日と日の出まで予選が行われたらしい。
俺たちの試合みたいに速く終われば問題はないんだけど、実力が均衡してるグループだと時間がかかる。
今回はそんな事無いと良いんだけどな。
夜中に本選開始なんて事になったら死ぬ。精神的に。
しかし、今の俺はそんな事どうでもいい。
できるだけ早く本選が始まってほしい、それだけだ。
なぜなら――
「アルっち! 飲み物は足りてる? お腹空いてない? マッサージでもしてあげようか?」
こういう状況だからだ。
いや、別に女の子に気にかけてもらえるのは素直に嬉しい。
ただ、ちょっと懐きすぎじゃないですかね。
「いや、大丈夫。シャッティもゆっくりしてていいぞ」
「そっか……。なにかあったらいつでも言ってね!」
「おう、ありがとう」
可愛い。
なんだお前は。耳をピンと立てたり尻尾もの凄く振ったり。
しまいには満天の笑顔だよ。半獣最高かよ。
いや、落ち着け俺。
こんな事で動揺するな。
見た目的に相手は俺と同い年ぐらいだが、生きてきた年数は俺の方が圧倒的だぞ。相手の二倍は生きてるからな。
そうだ、単純に考えて精神年齢で言ったら俺はもう四十を超える。
四十を超えた俺がこんな小娘にそんな感情持つはずないから。
「あっ! ねえアルっち! このソファ凄いよ! ふかふか!」
可愛い。
いや、むしろ精神年齢考えだしたら相手は未成年……。
精神とかただの飾りだよな、大事なのは魂よ。魂。
魂もあんまり大差ない気がするけど、あれだ。
今が大切って事よ。
「そういえば、グループBの試合ってもうすぐだよな?」
「うん、もうそろそろ開始の通信が入るんじゃないかなぁ?」
『お待たせいたしました! 只今より予選グループBの試合を開始いたします!』
噂をすれば何とやらだ。
実況者のアナウンスが控室に響く。
本当は試合を見に行きたいんだけど、大会スタッフに待機って言われてるからな。
もし、俺が試合を観戦しに行った時にスタッフに見つかって何かしらのペナルティを受けてしまえば、シャッティに迷惑をかけてしまう。
だからこそ、迂闊には動けない。
「実況で我慢するしかないのか……」
その時、控室の扉がゆっくりと開かれる。
控室に入ってきたのは、グループAのもう一組の本選出場選手たちだった。
「よっ、シャールと確かアルヴェリオだよな?」
真っ先に話しかけてきたのは、俺たちが最後の最後に追い込んだ獣人の男だった。
「えっと、お前らは……」
俺は言いかけたところで気付く。
こいつらの名前がわからない。
試合が終わった時に二人とも紹介されてたと思うんだけど、どうしても思い出せない。
「スヴィンとツヴェイルだよ、アルっち」
「そっ、お前らが追い詰めた俺はスヴィン。こっちが相棒のツヴェイルだ」
「よ、よろしく」
「ああ、よろしくな」
俺と同じ長剣持ちがスヴィンで大剣持ちがツヴェイル。
俺は二人の情報を忘れないように記憶した。
『予選グループB! 試合……開始です!!』
軽く自己紹介をしていると、開始の合図が叫ばれる。
外から聞こえる歓声が、俺には羨ましく思えた。
「いいよなあ……俺も試合見たいんだけどな……」
「見れるぞ?」
そう言ったスヴィンは、壁に掛けられた黒い壁紙のような何かに触れる。
すると、その黒い壁紙のような物が輝き、試合の様子が映し出された。
「はっ!? こんな機能あったのか!?」
「知らないのか? これは映像通信魔法具っつってな。外に設置してある魔法具を通して試合の様子を見れるんだぜ」
「でもなにも見えないね……煙かなにかかな?」
確かに、煙のせいで場内の様子がよくわからない。
だけど、俺としてはこれの存在を知れただけで充分だ。
通信魔法があるぐらいだからもしかしたら、と思っていたけどまさか本当にあるとは。
映像通信魔法具。元いた世界で言えば中継限定のテレビってところか。
『し、試合終了!!』
そのアナウンスに、俺は咄嗟に映像を見る。
相変わらず煙のせいで何も見えないが、その煙の隙間から一瞬だけ見えた。
『ぐ、グループB本選出場選手は『エネレス&ムルモア』ペア! もう一組は審議の結果、一番最後に場外となった『ゴルモー&デナテッサ』ペアに決定しました!!』
煙の隙間から見えたのは、巨漢の大男とローブとフードで全身を隠した人物。
「エネレス……?」
俺はその名前に聞き覚えがある事を感じていた。
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