第六十六譚 ビストラテア


「ビストリム大陸が見えてきたぞぉーっ!」


 船員の男の声が船内に響き渡る。


 定期船に乗っておよそ一週間。

 船は目的地のビストラテア近くまで来ていた。


 俺達はデッキまで足を運び、懐かしのビストリム大陸を眺めていた。


「……懐かしいわね、あの大陸も」


 アザレアがしみじみと言葉を発する。


「お前の故郷みたいなものだもんな……っと、ほらあれ。ビストラテアじゃないか?」


 俺は山の向こうに見える大きな旗を指さす。

 

 獅子の顔と二つの剣が描かれた旗は、獣人族を表す意思のようなもの。

 あの紋章こそがビストラテアの象徴であり、証だ。


 どういう意味を持っていたかどうかは詳しく憶えていないけど、獅子の顔は強さ、二つの剣は協力を示していたような気がする。


「よし、じゃあ俺達も準備するか!」


 ビストリム大陸到着まで残り数十分。

 俺達は到着までの間、荷物の準備に取り掛かった。






□■□■□







 ビストリム大陸は、主に二つの地域に分けられる。


 一つは、ひどく乾燥しているために植物が生育できず、辺り一面が砂や岩石といった砂漠地帯になっている東ビストリム。

 もう一つは、砂漠地帯が一切見受けられない緑豊かな西ビストリム。


 その西ビストリムに、ビストラテアは存在する。


「変わらねえな、ここも……」


 船から降りた俺は辺りを見渡す。

 相変わらず賑やかな商業地区は、獣人族の商人たちが道行く人に声をかけ、観光客を巡っての戦いが起こりそうなほど。


 獣人というのは、獣の姿をしていながら人間のように二足歩行する種族で、獣耳や尻尾などが生えている。


 元々獣人の国だから、獣人族は多い。

 でも、それ以上に観光客が多いのが目立つ。


 近々武闘大会が行われるからか、武器を持っている奴がほとんどだ。

 その中には人間や妖精族といった他種族が多く見られ、大会の規模を改めて実感させられる。


「とにかく宿を探しましょう。これ程の観光客がいるので宿が空いているかも怪しいので……」

「うん、そうだね。じゃあ四人で手分けして探そう」


 そう言ったジオは、懐から小型の水晶を四つ取り出す。

 

「はい、通信魔法具。これを耳に着けていればいつでも連絡が取りあえるからね」

「着ける前に連絡を取る人の魔力を注いでもらわないとダメよ? という事で私の分の魔力を注ぐわね」


 アザレアは四つの水晶を受け取ると、祈るように魔力を注いだ。

 魔力が注ぎ込まれた水晶の色は青から赤に変わり、この状態でやっと通信が可能となる。


 俺、セレーネ、ジオの順で魔力を注ぎ込み、水晶を耳に着ける。


 初めて通信魔法具を着けてみたけど、これといって不快感はない。

 むしろ全く気にならないというか、元いた世界でいうインカムをしているような感覚だ。


「試しに少し使ってみようか」


 ジオの提案で、俺達はお互いがぎりぎり認識できるぐらいまで放れた。

 ジオは片手を上げ、今から連絡するという合図をとった。


『聞こえているかい? 聞こえていたら右手を上げて』


 耳に入ってくる声。魔法具を着けた左耳から聞こえてくるジオの声だった。


「ああ、聞こえてるぞ」

『私も問題ありません』

『アタシも問題なしよ』

『なんで皆は僕の言った事を無視するんだい?』

「いや、聞こえてるんだから返事返せばいいだろ……」


 通信魔法具か。

 確かにこれは便利だな。離れていても魔力を注いだ相手とは連絡を取り合う事が出来るし。

 携帯電話みたいな物ってことか。


「それじゃあ宿が見つかったら連絡してくれ。勿論、問題に巻き込まれても連絡するようにな」

『ちなみになんだけど、一応個人との通信もできるからね?』

『連絡をとりたい相手を水晶に念じるだけだから簡単よ』


 いやむしろ携帯より便利かもしれない。

 個人との連絡も取れて集団でも話せるのは凄いな……。俺が使ってた携帯電話はメールか電話ぐらいしかできなかったからな……それと比べると魔法具って凄いと改めて感じる。


「よし、じゃあ宿探し始め!」


 俺はそう言うと、北区へ向かって歩き出した。


 北区には、ビストラテアの冒険者組合、武器屋に防具屋などの商業施設が立ち並ぶ。

 トゥルニカでいうところの冒険者通りみたいなものだ。


 勿論、冒険者がいるという事は宿屋もあるという訳で、北区にはかなりの数の宿泊施設があるらしい。

 だけど、やっぱりこの時期になると、どの宿もいっぱいらしく――


「悪いね、もういっぱいなんだよ」

 

 と、申し訳なさそうに言われたり。


「ここいらはもう空いてねえと思うがあっちなら空いてんじゃねえか?」


 と、情報提供してくれるのはありがたいけど空いてないし。


 探し始めて早数十分。

 疲労がマックスに近いです。

 もう野宿で良いんじゃないかな、と思っていたところに連絡が入る。


『こちらグラジオラス。どうだい? 宿は見つかったかい? ちなみに東区は全滅だよ』

『南区はダメね。宿が少ないうえに闘技場近くだからどこもいっぱいよ』

『セレーネです。まだ全ては回り切れていませんが、この調子ですと西区も駄目かと……』


 この瞬間、俺は何かを察した。

 ああ、もう野宿なんだな、と。


 だが、こんなところで諦める男じゃない。

 それがリヴェリア、それがアルヴェリオ。


「……諦めるな! まだ希望はある!」

『アルヴェリオは宿が見つかったのかい?』

「そんな訳ないだろ」

『殴っていいかい?』

「まあ、もう少し頑張ってみるさ」


 そう言って俺は近くにあるベンチに腰掛けた。


 まだ行ってないのは北区の最北端。

 そこは比較的低所得の者達が住んでいる地域。


 治安はそれほど良くないらしいが、泊まれないよりはマシだろう。


「……よし、行くか!」


 再び探し回るという決意を固めた俺は、重い腰を上げて立ち上がる。

 そんな時だ。


「お前、今年も出るんだってな」


 ガラの悪い獣人族の男二人が、人間――の女の子に絡んでいる。


「……そうだよ、わたしは絶対に優勝するんだから」

「はっ! 優勝だァ? 無理無理、常に予選落ちのお前が優勝できるわけねえだろ」

「で、できるよ! 前は少し調子が悪かっただけで……!」


 バツが悪そうに話す女の子に、男の一人が指を突き出した。


「いい加減にしろ。お前じゃ無理だ、諦め――」

「絶対……! 絶対に優勝できるもん……!」

「ちっ……! ムカつくんだよ!」


 男の一人が拳を振りかざし、女の子に向かって振り下ろす。


 しかし、男の拳は間一髪のところで俺に防がれた。


「……あ? なんだお前?」

「まあ、その、なんだ。人の夢を潰そうとするのは良くないんじゃないか?」


 俺は爽やかな笑みを浮かべながら、男に言葉を発した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る