第六十五譚 初めて見る景色

 港に着いた俺達は、ギリギリのところで定期船に乗船することが出来た。


 定期船はそれほど大きくはなく、最大人数が四十名と小さめな船だ。

 船内は、客室が十部屋、道具屋が北と南に一つずつといった感じになっている。


 船室は西側と東側で五部屋ずつ分かれていて、俺達は西側の五号室でくつろいでいた。


 ベッドが各部屋四つずつ用意されており、各々好きな場所を決めて座っている。

 扉側のベッドには俺とアザレア。壁側のベッドにはジオとセレーネの順で陣取っている。


「ぎりぎりだったけど乗れてよかったね」


 ベッドに寝転がりながら、ジオが言葉を発する。


「まあな……。乗れてなかったら、あの行商人は今頃生きてなかっただろう……」


 折角、金貨二十五枚という大金を渡したんだ。間に合わなかったなんて事になっていたら血祭の刑にしてたところだ。

 まあ、流石にそんなことはしないけどな。


「私、船に乗るという事が初めてなのですが……ここまで揺れるものだとは思いませんでした……」


 セレーネは少しだけ具合が悪そうに頭を押さえながら、ベッドの上でふらふらと揺れ動く。


「案外慣れると良い物よ? デッキから見える景色は一度見てみた方が良いわね」

「うん、特に夕暮れ時なんかは、夕焼けが海に反射されてきらきらと輝いて見えるからおすすめだよ」


 アザレア達がここぞとばかりに船の良さをセレーネに宣伝する。

 こいつらは船にどれだけの愛着がわいてるんだと思うぐらい語る。正直怖い。


「昼間も日暮れも変わらなくないか? 俺はどっちも同じだと思うんだが……」

「ダメ、全然ダメだわリヴァ。アンタは乙女心というものがわかってないみたいね」

「それ、そっくりそのまま返させ――いやなんでもないです」


 俺が反論した瞬間に鋭い視線が飛んでくる。

 アザレアは不気味な笑みを浮かべながら左手を構えていて、それ以上話したら殺すと言わんばかりの殺気を放っている。


 それに、乙女心と言ったって男の俺にはわからないし、理解できない。

 昼間だって海面に太陽の光が反射して綺麗だろうに……。


 まあ、そんな事言ってるから俺には春が来ないんだよな、わかります。


「折角だからリヴァとセレーネは景色見てきなさいよ。いい? 日暮れまではここに戻ってくるんじゃないわよ?」

「……寝ていたいんだけど」

「そんなこと言わずに行ってきなよ、セレーネは行く気充分みたいだからさ」


 ジオの言葉を聞いた俺はセレーネを見る。

 先程と表情はあまり変わっていないが、目が少しだけ輝いているのは確かだ。

  

「セレーネ、見たいのか?」

「はい、是非一度だけでもと……!」

 

 俺は小さくため息を吐きながらも、苦笑しながら立ち上がる。


「じゃあ行くか」

「……はい!」

「いってらっしゃい」

「ちゃんと違いを見つけてくるのよ?」


 俺とセレーネはデッキに向かう為、船室の扉を開けて出て行った。






□■□■□






 客室があるフロアから二フロア分階段を上ると、外のデッキに出る。


 日差しが眩しく、真上にある太陽が外に出ている者達の肌を焼いている。

 デッキで聞こえるのは、波打つ音に鳥の鳴き声。そして帆が風に吹かれてバタバタと揺れる音。


 セレーネはゆっくりと辺りを見渡し、感激の声を上げる。


「うわぁ……! 綺麗……!」


 左側に歩き出し、手すりを掴んで海面を見つめるセレーネは、普段の大人びた感じと違って子供のようにはしゃいでいる。


「アル様……! 見てください……海面が輝いています……!」


 俺はその様子を微笑ましく思いながら、セレーネに話しかける。


「折角だし、船首辺りから眺めるか?」

「はい! 是非!」


 俺とセレーネは船の先端――船首まで歩き、そこから辺りの景色を眺め始めた。


「船というのは良い物ですね、アル様……!」


 俺はそれに優しく頷くと、海面の様子を眺めた。


 昔、俺がまだリヴェリアだった頃は海面を見ても何とも思わなかったけど、今見てみると結構綺麗なんだな。

 地平線の向こうまで続くきらきらとした海に、時折吹く海風が絶妙に心地よい。


 心に余裕があると、ここまで景色が違って見えるんだな……。

 そう思いながら、俺は左舷船首の手すりに肘をかけた。


「アル様」


 ふと、誰かに呼ばれた俺はその声の方を向く。


 その声の主は、風で揺れる自分の髪を押さえながら、俺の方を向いて微笑んだ。


「私、アル様と旅する事が出来て本当に良かったです」


 その声は普段と変わらないセレーネの物だったが、どこか儚げで今にも消えてしまいそうな声だった。


 セレーネはそう言った後、一番先端に立って両腕を広げた。


「こうしていると、まるで海の上を飛んでいるかのような気分になれますね」


 満足げに話す彼女の姿は、どこか既視感を感じるものだった。


 俺は記憶を辿ってこの既視感が何なのかを思いだそうとする。

 船、船首、男女、両腕広げ……。


 タイタ〇ックじゃねえか。


 それからしばらくの間、船首で談笑をしていた俺達だったが、日暮れを待たずに客室に戻って行った。

 その時にアザレアから小言を言われたのは言うまでもない。


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