第六十七譚 半獣人の女の子
ビストラテア北区の路地。
獣人族の男二人と人間――の女の子の間に入った俺は、どうやってこの場を切り抜けようか迷っていた。
「なんだよ、お前は? こいつの新しいパートナーか?」
「つか手、離せよ……!」
俺は男の手を離し、女の子を庇うように前に立つ。
「え、えっと……どちらさま……?」
俺の後ろで呟かれた言葉が耳に入ってくる。
俺はそれに答えるように呟く。
「通りすがりの冒険者」
「冒険者……?」
「お前ら、さっきから何こそこそ喋ってんだよ」
男は怒りのこもった言葉を発しているが、どうやら大事にはしたくないらしく、腕を組んで攻撃する意思はないと言っているように思えた。
しかし、このまま話していても何されるかわかったもんじゃない。
どうにかして穏便にこの場を切り抜けたいんだけど……。
「その通り! この人がわたしの新パートナー! その名もスラトさん!」
「えっ」
後ろにいたはずの女の子は、いつの間にか俺の前に立って自慢げに言葉を発していた。
「やっぱり新しいパートナーかよ。スラト、だっけ? やめた方が良いぜ、こいつのパートナーなんか。どうせ負けるんだからよ」
「……えっ」
「ふふん……! こう見えてもスラトさん凄いんだからね! こう……ずばばーっと斬ってっちゃうんだからね!」
「……はん、勝手にしろ。スラトも気を付けるこったな」
男二人はそう言うと、路地の奥に消えていった。
その二人に向かって舌を出して挑発のポーズをとっていた女の子は、二人が見えなくなると同時に俺に向かって笑顔を見せた。
「もう行ったみたいだよ! スラトさん!」
いつの間にか俺の名前はスラトになっていた。
□■□■□
ビストラテアの冒険者組合。
そこの近くにある小さな飲食店で、俺は昼食をご馳走になっていた。
「いやぁ! さっきはありがとね! おかげで助かっちゃったよ!」
俺の向かいに座って満足そうに話す女の子。
女の子とは言っても、見た目だけみるとアザレアとセレーネの中間ぐらいで、俺と同い年か一つ下かぐらいだと思う。
「いや、別に気にするなよ。俺もあの言い方にはムカッときたからさ」
そう言いながら、俺は目の前のステーキにかぶりつく。
この飲食店名物のドラゴンステーキ。
別にドラゴンの肉を使っている訳じゃなくて、ボリューム的にドラゴンだからと店主が名付けたらしい。
「だよね! わたしも前からムカついててさー! と、まあそんなだから奢らせてね?」
「うす、ゴチになります」
先程から目の前に座る女の子の視線が気になる。
ジッと俺の事を見ているんだけど、何か付いてるんだろうか。
いや、そんなことよりだ。
「デュアッヒさーん! カクタスジュース追加おねがーい!」
「ったく、お前の給料から引いとくからな」
「ええっ!? そんなひどいよ! あんまりだよ!」
「うっさいボケ! 当たり前だ、このタダメシ喰らいが!」
さっきからちょくちょく視界に入ってくる物体。
左右に揺れるふさふさの尻尾。
ぴょこぴょこ動く獣耳。
他の獣人族と違って、見た目は人間なのに何故か獣人っぽい。
「あのさ……君って、人間?」
俺がそう問いかけると、女の子は笑顔で俺を見た。
「ううん、違うよ。わたしは半獣人。人間族と獣人族との間に生まれた半獣人なんだ」
半獣人。そうだ、思いだした。
以前も、このビストラテアに立ち寄った時に見た事がある。
人間の姿をしていながら獣耳と尻尾を持った者達の事を。
この国にとって、ハーフというのは珍しくないと書物で読んだことがある。
獣人族というのは子孫を残すための生存本能が強く、好みの異性を見かけると猛烈にアプローチするらしい。例え、それが他種族だとしても子孫を残すことを第一に考える為、異種婚が国からも認めらている。
さらに、この国では重婚も認められているために、何人もの相手とそういった関係になるのが普通だそうだ。
かつてのビストラテアの国王も、妖精族と獣人族のハーフだったと聞く。
「あっ、まだお互い挨拶してなかったね! わたしの名前はシャール! 『シャール・テイス・ホルウィム』! 君の事も聞かせて! スラトさん!」
「俺は『アルヴェリオ・エンデミアン』。というか、そのスラトさんって誰だよ……」
「スラッとしてたからスラトさんだよ?」
なるほど、もっと太れと。痩せすぎだと。そう言いたいのですね君は。
だからドラゴンステーキを奢ってくれたという訳か……。
「痩せてて悪かったな……」
「ううん! 別にそういう事じゃないよ? ただ咄嗟に思い付いたのがそれだったから……。うーん、本名はアルヴェリオ君かぁ……」
しばらく頭を抱えて何かを考えていたシャールは、閃いたのか顔を上げて俺を指さす。
「アルっちとかどう?」
「いや何の話だよ」
「もー! 呼び方だよ! 呼び方!」
「散々悩んどいてそれ!?」
シャールは満足げに頷き、景気付けだとカクタスジュースをもう一杯注文した。
案の定、さっきと同じやり取りが繰り広げられたが、俺は気にせずにステーキを頬張る。
しかし、アルっちか……。
なんか元いた世界の事を思い出すな。
この世界に来て、名前に『っち』なんて付けられたのは初めてかもしれない。
「じゃあ俺もお前の事はシャッティ、って呼ぶことにするか」
「……シャッティ?」
「そう、シャールのシャとテイスのテイを取って『シャッティ』」
俺の言葉を聞いたシャッティは、一瞬だけ考えるようなしぐさを見せた後、目を輝かせながら俺の手を取った。
「シャッティ、シャッティかぁ! いいね、いいね! わたし、誰かにあだ名で呼ばれるの初めてだよ!」
「お、おう。気に入ってもらえたようで何よりだ」
「えへへ……アルっちは良い人だね!」
無邪気に笑うシャッティは、俺の手を縦に大きく振る。
その時、俺の肩は悲鳴を上げていたとか上げてないとか。
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