第十九譚 狙われた四ヵ国

□――――王都トゥルニカ:玉座の間






「なんじゃと……? それは真か?」


 玉座の間一帯に、年老いて尚威厳ある声が響き渡る。


「さ、先程、通信魔法でそのように報告を受けました……っ」

「馬鹿な……。ここだけではなかったという事か……」


 兵士の報告を聞き、大臣は頭を抱える。

 この国の王でさえも、眉間にしわを寄せ、唇を噛みしめる。その表情からは、怒りや憎しみなどが感じられる。


「聖王め……! ここまで本格的に動き出したとはな……!」


 テリオル国王は玉座の淵を力いっぱい握りしめ、怒りを隠しきれていない様子。


「王よ、これは忌々しき事態ですぞ。一刻も早く各国と連携して対策を練らねばなりますまい」

「わかっておる……」


 大臣の言葉に反応し冷静になったのか、肩の力がゆっくりと抜かれる。


「……急ぎ通信魔法を各国に繋ぐ準備をせよ! そして勇者を――“再誕の勇者”をここに連れてくるのじゃ!」

「はっ!!」


 大臣達は大急ぎで玉座の間を後にする。

 城内の空気が一気に張り詰めた。






□――――城下町西地区 【アルヴェリオside】






「わ、我々は少し休んでから、向かいます……! ゆ、勇者殿は一刻も早く国王陛下の元へ……!」


 兵士達は足を止め、俺達にそう叫んだ。

 普段だったら俺も一緒に休憩したところだが、今はそんな悠長な事言ってらんない。


「ああ、わかった!」

「ご、ごめんなさい……!」


 俺達はトゥルニカ城に向けて全力で走っている。

 宿から城まではあまり遠く離れてないため、このペースだと三分後には着くはずだ。


 あの兵士達の様子から察するに、何かマズい状況に陥っていると考えられる。

 それに、テッちゃんは理由もなしに誰かを呼び出すなんて事はしない。もし大した理由もなしに俺を呼びつけたのだとしたら殴る。容赦なく。


「あ、あの……! アル様……!」

「どうかしたか!?」

「いい加減降ろしてもらえませんか……!?」


 俺に背負われているセレーネは先程からこの言葉を繰り返している。


「こっちの方が速いんだ。俺に背負われるのは嫌だろうけど我慢してくれ!」

「もういっその事置いて行ってください……」


 消え入るような声で呟くセレーネは、俺の背中に顔をうずめる。


 確かに置いて行った方が速いだろう。だけどそれじゃ意味がない。

 テッちゃんの話を聞こうにも、セレーネがいなければ話を聞く事が出来ない。俺とテッちゃんの二人で話すと絶対に話が脱線するからな。


 だからこそセレーネが必要なんだ。

 それに仲間と一緒に話聞かなきゃ意味ないからな。


「ねえ、あれ見て……! 勇者様よ……!」

「……あの背負われてる女は誰よ」

「ああ……羨ましいわぁ……」


 辺りからそんな声が聞こえてくる度、セレーネは静かにため息を吐く。


「もう……耐えられません……」

「ほら、すぐそこだから!」


 俺はセレーネを背負ったまま、城の中へと入って行った。






□■□■□






「勇者様をお連れしました」


 兵士が扉の奥にいる人間に言葉を発する。


 中から聞こえてきた「入れ」の言葉を聞き、俺達は玉座の間に入っていく。


 玉座の間には兵士も大臣もおらず、テッちゃんだけが玉座に座っていた。

 そのテッちゃんの恰好は、いつもの王らしい服ではなく、より国王らしい正装であった。


 普段は被らない王冠に、真っ赤なマント。いたるところに装飾が付いている長杖。


「よくぞ来た、“再誕の勇者・・・・・”よ」


 そして、いつもとは明らかに違う雰囲気に、俺は真剣な表情でテッちゃんに歩み寄る。


「テッちゃん、一体何があった?」


 俺の言葉に眉一つ動かさず、ゆっくりと口を動かす。


「率直に言おう、炭鉱族の国が滅びた」


 その言葉に俺とセレーネは一瞬だけ硬直する。

 炭鉱族が滅んだ? 何を言ってるんだテッちゃんは。聖王が動いていないのに一体誰がそんなことできるっていうんだ。


「は、はは……テッちゃん、冗談きついぜ……。嘘なんだろ?」


 俺は酷く動揺しながらテッちゃんに問いかける。

 だってそうだ。あんないい奴等だったのに滅ぶはずがないんだ。


 しかし、テッちゃんは俺達なんかお構いなしに話を続ける。


「真実じゃ。八皇竜によって、滅ぼされた」


 俺はその言葉に目の前が真っ暗になる。そのまま俺は地面に膝をついた。


「アル様!?」


 視界がゆっくりと開け、俺の目には心配そうな表情で肩を支えるセレーネが映った。


「大丈夫ですか……!?」

「……ああ、悪い。取り乱した」


 セレーネに支えてもらいながらゆっくりと立ち上がった俺は、一度大きく深呼吸をし、テッちゃんの方を向く。


「詳しく聞かせてくれ、テッちゃん」


 テッちゃんはゆっくりと立ち上がり、俺の目の前で胡坐をかいた。


「なっ……! 王様……!?」


 セレーネはテッちゃんの行動に驚き、玉座に戻るようにお願いしている。

――だが、これでいい。俺とテッちゃんが真面目に話すときはいっつもこうなんだ。五十年以上前からずっと。


 俺はテッちゃんのように胡坐をかいて座る。


「セレーネも座れ……」

「で、ですが……」

「いいんじゃよ。別に気にはせん」


 テッちゃんの言葉に折れたのか、セレーネは俺の左隣に正座して座る。


「……まず、このトゥルニカが、炎竜に襲撃されたのはもちろん知っておるじゃろう?」

「ああ、そりゃあ昨日戦ったからな」

「うむ。じゃが、昨日襲われたのはここだけではなかったのじゃ」


 俺は小さく「炭鉱族の国……」と呟く。

 テッちゃんはその通りだと言わんばかりに、俺の呟きに頷いた。


「この国には炎竜が現れた。しかし、炭鉱族の国には水竜と光竜――つまり二頭の竜が現れたらしいのじゃ」

「二頭……!?」


 セレーネはよほど驚いたのか、声を荒げた。


「うむ。さらに、被害を受けたのはこの二国だけではない・・・・・・・・」


 テッちゃんの言葉に俺も声を荒げそうになるのを堪え、真剣に耳を傾ける。


「妖精族の国、獣人族の国――どちらも二頭の竜に襲撃されたという」

「嘘だろ……」

「四ヵ国を……同時、襲撃……?」


 考えていたよりも最悪な――いや、最悪どころではない。五十年前でさえこんなことはなかった。

 四ヵ国を同時襲撃なんて考えつかなかった。まさかそんな事をしてくるなんて夢にも思わない。

 なぜなら魔王はそんな考えを持っていなかったからだ。


 魔王は征服までの道のりを楽しんでいるように思えた。より強い相手と戦えることを楽しみにしているような戦闘狂だったし、何より効率を重視していた。

 四ヵ国同時襲撃の為に戦力をわけるのなら、一つずつ確実に潰すというような思想を持っている奴だったのだ。


 だが、聖王は違う。何かが違う。

 あの八皇竜を手駒とし、大きな力を手に入れている。


 だが、何故四ヵ国を同時に襲撃した? 何か目的があるのか?

 八皇竜を一点集中させていれば、どの国も陥落するだろう。そっちの方が効率もいいはずだ。

 単なるバカなのか、それとも――


「――ここからが本題なんじゃが、リヴァっち」

「え? ああ、悪い、考え事してた……」


 テッちゃんは呆れたような顔で俺を見てくる。


「リヴァっちにはまず妖精族の国の様子を見てきてほしいのじゃ」

「……エルフィリムにか?」

「うむ。炭鉱族の国が滅んだと報告してきたのがエルフィリムでな。それが真実か確かめるのと同時にエルフィリムの様子も見てきてほしいのじゃ」


 エルフィリムが報告をしてきた。俺はその言葉に少しだけ疑念を抱く。

 炭鉱族の国はここから北東に位置する大陸にある。それに対し、エルフィリムはここから北西の場所にある。

 距離的にはトゥルニカの方が炭鉱族の国に近い。どう考えたって目視できる範囲じゃないし、何かの音だって聞こえるはずがない。

 しかし、報告をしてきたのはエルフィリム。何かおかしくないか?


 ここで考えても仕方がないか。

 ちょうどいい。過去のトラウマを克服できるいいチャンスだし、呪術系の魔法を調べるいい機会になる。


 そんな事を考えながら、俺は立ち上がる。


「そうと決まれば早く準備しないとな」

「アル様……? ま、待ってください……!」


 足早に玉座の間を後にした俺は、近くの柱に思いっきり拳を当てる。

 ドッという鈍い音と共に、拳からは血が少しづつ流れ始める。


 人間、冷静になるってのは難しいものだ。感情で動く生き物が感情を捨てろなんて不可能に等しい。

 感情は時に邪魔でしかない。だからこそ、感情を持つな、捨てろ、不必要だ等と言う。友や家族も、戦場において自分を生に縛り付けるものは捨てろ、なんていう奴もいる。


 だが、二度も死を経験していると友や仲間の大切さがわかるようになってくる。命の大切さや、感情の大切さなんかを。


 俺は、腹の底から煮えたぎるような感情を抑えながら、拳を強く握りしめた。

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