第二十譚 出発準備
「さて、久々だな。この感じ」
テッちゃんに貰った資金を手に、俺は城下町南地区に来ていた。
城下町南地区には旅に役立つ道具や武具が多く取り揃えられている。
明日に出発を控えた俺は武具等を揃える為にこの場所に来ていた。
今みたいな布の服にボロボロのローブなんかじゃ旅もろくにできないからな。もう少し性能の良い防具が欲しい。
あとは道具。回復効果を持つポーションに大きめの布、それと冒険者用のリュックが欲しいな。
南地区は他の地区とは違ってさらに二つの地区に分類される。
武具店や道具店が立ち並ぶ“冒険者通り”。そして冒険者たちの憩いの場、組合やギルドがある“冒険者街”。
一体誰が付けたのか、こんなめんどくさい通称で呼ばれている。
これじゃどっちがどっちだかよくわからない。ネーミングセンスのカケラもないな。
俺ならなんて付けるのかって? もちろん決まっている。
“アイテムロード”に“ギルド街”だ。
以前、キーラ達にこの事を話したんだが、反応がイマイチだった。分かり易さで言ったらリヴァの方だけど、正直どっちも変わんないって言われたりもした。
やはりセンスがない奴にはこの良さがわからんらしい。
「おっ、そこの青年。ちょっと寄ってかないですかねえ?」
俺が考え事をしていると、ローブを着た怪しげな男が手招きしながら呼んでいた。
どうやら、五十年前と道が変わっていたため、いつの間にか路地の方に入ってしまったらしい。
「今ちょうど珍しい物が入っているんですよねえ」
男の「珍しい」という単語につられた俺は、ゆっくりと男に近づく。
「へえ、珍しい物ねぇ……言っておくけど俺はよっぽどの物じゃないと驚かないぞ?」
「ふっふっふ、任せてくださいねえ。絶対に期待は裏切らないと約束しますからねえ」
そう得意げに話す男は、懐から小さな袋を取り出す。
ただの袋。俺の第一印象はそうだ。
見たところ、特に特別な感じはせず、本当に何の変哲もない袋だった。
「……これ?」
「これですねえ」
「ただの袋じゃねえか」
もしかしてボケを狙ってきてるのか……? ツッコミ待ちという事なのか……?
確かにこれはある意味珍しいが、しかしだな……。
「目に見えるものだけが全てじゃないですからねえ」
「……は?」
男の口角がグッと上がる。
フードを目深にかぶっており、表情全ては見えない。だが、男が不気味に笑っているのだけはわかった。
「……どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですねえ」
男はその袋を俺に手渡す。
「それは無料でお渡しさせていただきますねえ。きっとあなたも驚く事間違いなしですねえ」
「……本当にタダなんだな?」
「勿論ですねえ」
俺は袋を受け取ると、そのまま中身を確認する。
しかし、中に特別な物は入っておらず、改めてただの袋だと感じた。
「まあ、小物入れとして使わせてもらうよ」
俺はその言葉を残し、その場を離れていく。
その時、後ろから呟きが聞こえた。
気になった俺は後ろを振り返る。
しかし、その場には誰の姿もなかった。先ほどまでそこにいた男の姿さえも。
「……何だったんだ?」
俺は逃げるようにその場から離れた。
□■□■□
“冒険者通り”には色々な人が来る。
冒険者はもちろん、これから旅に出る旅人や転売目的の商人、より良い武器を求める貴族なども訪れる。
だから、この場所はいつも人で溢れている。
俺は人混みを掻き分けて目的の場所に向かっていた。
「ん? おお! あんたはあん時の!」
「どうも。あの時は悪かったな、長剣貰っちゃって」
炎竜が来る前に立ち寄った武具店。俺の目的地はここだ。
「いいんだいいんだ。気にすんなっての! なんせあん時は緊急事態だったしよ!」
あの日、銅鑼がなった後、俺はこの店で一番強い剣を貰っていった。お金を払わずにな。
だからお代を払いにここまで訪れた。次にいつ来れるかわからないしな。
「この長剣、いくらだ? 今日はお代を払いに来たからさ」
「お代? いいって事よ! むしろ英雄様に使ってもらったんだ。これ以上ない光栄な事だ」
「……じゃあせめてここの防具を買わせてくれよ」
そう言うと、店主は笑顔で店の中に通してくれた。
お世辞にも綺麗だとか大きいとは言えないものの、取り揃えている装備品は上物が多い。
貰った長剣だって相当な業物だ。
リヴェリアの頃だと、あれほどの装備を使っていたのは中盤以降だったしな。それだけ良い武器って事だ。
俺は店内を一通り見た後、防具スペースに足を運ぶ。
基本的に鎧を着ない俺は、服やローブなどの軽装を着て戦う。
俺は昔から鎧という物があまり好きではなかった。
ゲームなどでは鎧の方が防御力も高く、性能が良いのが多い。だが、こっちに来て鎧が役立った事を見た事がない。
雑魚の魔物相手だったら鎧も充分に機能するだろう。だが、炎竜などのボス格となると話は別。その攻撃に鎧が耐えられないのだ。
だから俺はそんな物装備するぐらいだったら軽装で充分だって考えを持つようになった。軽装の方が速く動けるから攻撃をかわせる事だって可能だしな。
良さそうな防具をある程度手に取り、それを空いた机に並べてみる。
「なあ、おっちゃん! この中で俺に合う装備ってある?」
「ん? 自分で選ばねえのか?」
「いや、ある程度は搾れたんだけど、俺ってセンスがないらしくてさ」
そう、仲間達全員に言われた事があるんだ。センスがないと。
ファッションセンスのなさは俺も充分に承知している。子供でももっとマシなのは選ぶって言われたこともあるレベルだからな。
「う~ん……。俺もそういうセンスはねえんだがなぁ……。それでもいいってんなら……」
「頼むよ」
「……しゃあねえ。英雄様の頼みだ。聞いてやるとすっか!」
店主はそう言った後、「文句言うなよ」と一言添えて防具と俺を見比べ始める。
先程、店主はセンスがないと言ってたけど、きっと大丈夫だろう。
ここに置いてある装備品、全部センスが高い物を置いている。
そういった目利きができる人は、その人自身もセンスが高いってタイプが多い。
まあ、もしかしたら俺みたいなセンス皆無タイプかもしれないけどな。
□■□■□
結局、この防具合わせは日が暮れる時間までかかった。
幸か不幸かお客はそれほど来なかったので思いっきり時間を費やせた。その為、店主曰く最高の仕上がりになったと一言。
これである程度の準備は整った。
出発の時間まで余裕がある俺は、そのまま別の店へと向かった。
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