第十八譚 ざっと五十五年前のトラウマ

「……仲間が欲しいな」


 グラスの中の水を少しだけ飲み込んだ俺は、息をするように呟いた。


「確かに、二人だけでは限界がありますからね」


 向かいに座るセレーネも溜息を吐くかのように言葉を発する。


 宿屋の一階――そこは客の共有スペースとなっており、飲食はここで済ませられるように設備もしっかりとしている。

 そんな共有スペースの隅のテーブルで、俺達は今後の事について話し合っていた。


「結局俺の職も何だかわからなかったしさぁ……」

「それもですが、他にもわからない事は多いです」


 俺は胸の前で腕を組み、真剣な表情で口に出す。


「聖王の正体……か」

「ええ、それに聖王の目的も。ゴブリンの不気味な死についても。そして何故アル様が転生したのか……」


 リヴェリアと名乗る聖王。その名前は俺が勇者だった頃の名前だ。

 なぜ聖王がその名を使うのかはわからない。その名を使って何をしたいのかもわからない。

 人類に味方はいないと絶望させて、世界を征服しようとしているのか。それとも勇者の存在を消したかったのか。


 わからないことだらけなのだ。


 今日の腕試しの時、ゴブリンが不気味な死を遂げた原因も謎だし、俺が転生した理由も謎のままだ。


「一番解決できそうなのはゴブリンの死の原因か?」

「……ですがかなり難しいかと」


 あの時、ゴブリンは何らかの理由で死んだ。

 その何かが問題なんだが、考えられる理由は二つ。


 元から状態異常だったか、俺の魔法によって死んだかだ。


「一番有力なのは状態異常、だよな……」

「私もそう考えていました。しかし、あれはあまりに酷く……」


 そう、あの死に方は普通じゃなかった。


 毒をうけた者は、大抵生きながらえようと必死にもがき、苦しみながら死んでいく。

 しかし、あのゴブリンはそうじゃなかった。もっと酷かったんだ。


 苦しみ悶えるのは一緒だが、まるで魂を抜かれたような虚ろな目で、怯えながら死んでいった。俺はそんな魔法知らない。聞いた事すらないんだ。

 それはまるで一種の呪いのような――


「呪い……?」


 俺は頭に浮かぶ前にその単語を口に出していた。


「なあセレーネ。呪術系の魔法って存在するのか?」

「呪術……ですか? ――まさか、いえ、確かにそれならば……」


 もし、相手を呪える魔法があるとするならば、呪い殺すことも可能なんじゃないか?

 そう考えると、ゴブリンの死に方についても納得がいく。


 だが、何か引っかかる。呪いだとしてもあんな死に方できるのか……?


「しかし、私はあまり魔法について詳しくないので……ごめんなさい」

「いや、予想はついたんだし今はそれで充分だ」

「……そういえば、エルフの国は魔法に精通していると聞いた事があります。まずはそこに向かってみるというのはどうでしょうか?」

「エルフィリムにか……?」


 俺は苦虫を潰したような表情で呟く。


 妖精族――総称エルフ。

 彼らが住む国、それがエルフィリムだ。美しい自然に囲まれ、大きな湖の上に浮かぶ国だ。

 トゥルニカとは陸続きであり、ここより北西に位置する。


 五十五年程前、勇者の旅を始めたばかりの頃に俺はそこに立ち寄った。魔王に対抗できる伝説の防具が保管されているという話を聞いたからだ。

 だが、俺はそれ以来エルフィリムには近づかなくなった。


「そのような顔をされてどうされたのですか?」

「……俺トラウマなんだよな、そこ」


 妖精族のトップは代々女性が治めており、女王に対する過度な言動は即刻懲罰牢送りというルールがあった。

 無論、それを俺達が知る由もなく、心優しく防具を渡してくれるもんだと思ってた。

 しかし、俺達は謁見して数秒で懲罰牢送りになった。


 理由は単純だ。

 俺が女王にキザったらしく「なんとお美しいお方だ。貴方の為なら私は世界だって敵に回せる」なんてドヤ顔で言ったからである。


 この言葉に側近達は大慌て。

 女王は普段城に籠りっきりらしく、話し相手はメイドか側近の爺さんぐらいしかいない。その為、そんなキザったらしいセリフなんて聞いた事すらなかったのだろう。女王は顔を真っ赤にして自分の胸を抑え始めた。

 その行為に側近達は、俺達を女王に害ある人物と即認定。そのまま牢屋へ連行されたというわけだ。


「……何かあったのですか?」

「いやもう何て言うの? 若さゆえの過ちみたいな」


 それだけではない。二日間水も食料も分け与えてもらえず、三日目で突然の開放。なぜか手厚くもてなされた挙句、妖精族の秘宝を奪い返してこいと言われた。

 奪い返して来ると、今度は俺だけが女王に呼び出されてお忍びでショッピング。

 太陽が真上にあった時間帯から太陽が隠れるぐらいまで国の中を歩き続けた。


 疲れ果てた俺は心身ともに限界を迎えて来ていた。休みたい。そう願ったりしてた。

 だが、神はそれを許さなかった。


 その後もなぜか俺だけ寝室に呼ばれ、部屋の外の兵士に怯えながら、女王の話につき合わされた。

 解放されたのは陽の光がとても気持ちよく感じた時間帯。

 ふらつきながら仲間たちのところに戻ったら魔物と勘違いされる始末。


「あの魔の四日間は忘れない」

「は、はあ……」


 妖精族というのは長生きだ。人間のおよそ四倍ほど寿命が長い。

 あれから五十五年経ったが、今の女王も恐らくアイツだろう。なんせあの時でまだ百十歳だったからな。人間でいうと二十代後半。


「よくわかりませんが、とにかく一度行ってみましょう?」

「お前は俺の古傷を開きたいのか」

「それも面白――呪術の事について調べなければいつまでもわからないままですよ?」

「ねえ、今面白そうって言おうとしたよね? ちょっと、セレーネ?」


 顔を手で覆い、肘をテーブルに乗せながら小刻みに震えるセレーネ。

 あれか、俺はセレーネに馬鹿にされてるのか。ちくし――あれ?


「……なんかセレーネ、少し雰囲気変わったか?」

「……はい?」


 セレーネは顔から手を離すと、不思議そうに俺に視線をやる。


「いや、少しだけ明るくなった感じがしてさ」

「……そう、ですね……。きっと誰かさんのおかげで迷いが吹っ切れたからだと思います」


 そう言って優しく微笑む僧侶は、宿に似合わないほど神々しく見えた。


 時を忘れてしばらくの間セレーネを見つめてしまっていた俺に、彼女は不思議そうに問いかける。


「あの……どうかしましたか? 私の顔に何か付いているでしょうか……?」


 その言葉で我に返った俺は首を横に振る。


「なんでもないなんでもない」


 俺は平静を装いながらグラスの水を一気に飲み干す。


 なんだよさっきのは。不意を突かれたにしろ、凄く可愛かったんだが……。落ち着け、落ち着けよ俺。

 とにかく冷静に、そう冷静に話題を変えよう。


「ともかく、明日からどうするべきなのかを決めねばならぬな」

「…………」


 やっちまっただよ。

 なんだよ「ならぬな」って。全然冷静に慣れてないわ、本当に恥ずかしい。


「ええ、では明日の早朝に王都を発つのはどうでしょう?」


 聞いたか、これがセレーネの優しさだ。

 流石は僧侶。スルースキルもバッチリだな。


「そうだな……。じゃあ、それまでに準――」

「あ、ああ! やっと、見つけました!」


 俺の言葉を遮り、大きな声が宿屋に響く。

 声のするほうに視線をやると、そこには王都の近衛兵らしき男二人が膝に手をついて立っていた。


「えっと……何か?」


 俺がそう訊ねると、男は肩で息をしながら慌てた様子で話しだす。


「こっ、国王陛下が、お呼び、です……! 至急、玉座の間まで、来るようにと……!」


 その兵士の様子から、ただならぬ事が起きているんだと察した。

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