第十七譚 矛盾する言葉も捉えようによる
既に陽は落ち、辺りは暗闇に包まれていた。
俺とセレーネは炎竜討伐の日に泊まった宿まで戻り、別々の部屋で休息をとる事になった。
腕試しの為に北平原に向かった俺達は、ゴブリン二匹と対峙。
二匹を難なく倒せたものの、どうしてもあの光景を忘れる事が出来ずにいた。
二匹目のゴブリン。あれは異常だ。
何かに怯え、悶え苦しみながら死んでいったその姿は不気味としか思えなかった。
俺が魔法を使ったのか、既に弱っていたのかは定かではないが、体に目立った傷は見当たらなかった。
毒系の状態異常に陥っていたのか、それともやはり――
「はあ、参ったなぁ」
アルヴェリオの天職はきっと戦士系統で間違いない。剣速も威力も充分だったし、長剣がこの身体にしっくりくる。
ただ、わからないのが現在の戦闘職。
戦士のように遅くはないし、魔法剣士のように魔法が使えるわけでもない。
戦士系統の中で速力が高いのは“ソードマスター”という職なんだが、それに比べたら聞いていたほど速力も速くないし威力も足りない気がする。
「ま、深く考えずに今日は休もう。うん、そうしよう」
俺はベッドに思い切りダイブをして横になる。
しかし、俺が思い切りダイブしたせいでベッドが折れる。
「――は?」
そのまま俺は床へと直接攻撃をしにかかった。
鈍い音は宿全体に響くほど大きかったものの、誰一人としてそれに気づいた人は誰も居なかった。
気付いたのかもしれないけど、無事を確かめに来てくれた人がいなかったのでゼロカウントです。
□■□■□
ズキズキと痛みが走る腰を押さえながら、俺はセレーネの部屋に向かう。
俺の部屋は三階の一番左端で、セレーネはその隣に部屋をとっている。
そのため、移動はほぼ数歩で済むので腰の強烈な痛みも我慢できるのだ。
扉の前に着いた俺は、ノックしようと腕を上げる。
ちょうどその時、扉がゆっくりと開かれ、中から青髪の美人が出てくる。
「え」
「あ、アル様……?」
違う、セレーネだ。
いつものようなローブ姿じゃなく、薄着の町娘のような恰好だったから一瞬気付かなかった。それになんだか良い匂いもするような……。
「ちょうどよかったです。今からアル様の元に向かおうと出てきたところだったので」
「それってもしかして、俺の身を案じて……」
「とりあえず部屋の中へ。話したい事があるのです」
セレーネは「どうぞ」と一言言って中に入って行く。
俺は扉を片手で支えたまま、その場に佇む。
「アル様? どうなさいましたか?」
「ああ……いや、うん。ちょっと精神的にツラいから腰に治癒魔法かけてくれない?」
そりゃそうですよね。期待した俺が悪かったですよ、自惚れてました。
大きな物音がしたからって心配しないよね、うん。
「わかっています、ちゃんと治療しますよ」
「セレーネ……!」
「ゴブリンとの戦闘時に腰を捻ってしまっていたのですよね?」
「ああ……うん。そうなの。グキってさ……」
ああ、セレーネは優しいなぁ……。
きっとそれを治すために俺のところに来ようとしてくれていたんだろうなぁ。でもね、違うんです。さっきなんです。腰やったの。
セレーネは俺の腰に手を当て、治癒魔法を唱える。
腰の痛みが一瞬で引き、先程までのが嘘だったかのようにスッと立てるようになった。
「ありがとうセレーネ、助かった」
「いえ、私はこうすることでしか支える事が出来ませんから」
微笑を浮かべながら部屋の中へ戻っていくセレーネ。
俺は扉を閉め、セレーネに着いて行くように部屋の中へ入っていく。
セレーネは椅子を二つ用意し、向かい合うようにそれを並べる。
「さあ、こちらに座ってください」
「ああ、わかった」
向かい合うように座った俺とセレーネは、数秒の間無言になった。
セレーネは何かを言いたそうにしているが、それが聞きづらい事なのか口をもごもごと動かしている。
「セレーネ?」
「は、はい。何でしょうか?」
テンパったように一瞬声が裏返ったセレーネは、少しだけ頬を薄紅色に染めた。
「言いたい事があるなら言ってくれ。遠慮なんかされるとこっちが困る」
「……ですが、これを聞くのはあまりに――」
「勇者だった頃の話か?」
俺がそう言葉にすると、セレーネは驚いた表情でこちらを見る。どうやら図星だったらしい。
「……それも関係しています」
セレーネは小さく頷く。
きっとセレーネは勇者だった頃の事を聞いて、仲間たちの死がフラッシュバックしないか不安に思っているのだろう。
確かに、大切な人達が死んだことを思い出すのは少々ツラいものがある。
だが、そのツラさも生きている証であり、生き続ける証拠でもある。
「俺は何も気にしないから」
「……では――」
意を決したように口を強く結ぶセレーネ。
「炎竜との戦いの最中、私は不安を感じてしまったのです……」
「というと?」
「あれほどの強さを持った貴方でさえ勝てなかった魔王――それに打ち勝った聖王に人類は勝てるのか、と……」
不安そうな表情で真っ直ぐに俺を見つめるセレーネの身体は、少しだけ震えていた。
「いえ、アル様の強さを疑っている訳ではないのです。ただ……一度敗れた相手以上の敵に敵うのか……」
魔王というのは絶対的な強者。恐怖の象徴であり、悪の化身ともいわれる。
そんな存在に対抗できるのは、唯一人類に認められた勇者のみ。
その勇者が敗北した相手に恐怖するのは人間として当たり前だ。俺だって逆の立場なら恐怖に怯えて引きこもったりしてたかもしれない。
「……確かに勝てないかもな」
「……っ! やはり――」
「でもな、だからといって何もしないなんてことはしたくない」
俺はもう恐怖に怯えているだけで生きるのはやめた。
一度目は、周りの評価を気にしつつ、それとなく時間を無駄にしながら生きてきた。
二度目は、過去のような生き方はしまいと努力したけど、心の底では僅かながら迷いがあった。心のどこかで舐めていた。この世界を。
だからもう失敗はしたくない。三度目こそは正々堂々と誰にでも誇れるような生き方をしたいんだ。
一度負けたからって逃げはしない。相手がどれだけ強かろうと諦めたくない。
「この身体に転生した当初は、頭が混乱してて他の事に考えが回らなかったけど、俺はこの転生――二度目の転生が意味あるモノだと思ってる」
転生自体が奇跡なのに、それが二回も起こるなんてありえない。
きっと何か意味があるんだ。使命だか何だかはわかんないけどさ。
「ここで諦めたらその意味もわからないし、アルヴェリオ本人にも悪い。それに俺自身が嫌だしな」
「自分自身……」
「――なあ、知ってるか? ある国にはこんな言葉があるんだ」
俺は微笑みながらセレーネに語り掛ける。
「“二度ある事は三度ある”って言葉でな。言葉通りの意味を持つんだ」
「では……アル様がまた負けるという暗示が込められていると……?」
「そう捉える事もできるけど、俺はそう思わない。その国にはこの言葉と矛盾した言葉もあってな、“三度目の正直”っていうんだけどさ」
椅子から立ち上がった俺は、窓を勢いよく開ける。
窓から入ってくる風が俺の頬を撫でた。
「二度目の失敗の後には必ず成功するって意味なんだ、おかしいだろ?」
「それでは先ほどの言葉とは矛盾した意味になりますが……」
「そう、矛盾してる」
セレーネの方に向き直り、俺は両腕を広げて笑う。
先ほどまで雲に隠れていた月が空に現れ、月光が大地を静かに照らす。
「だからこそ俺は思うんだ。未来の事なんて誰にもわからない、運命を切り開くのは自分自身だって。自分が信じる道を進めって!」
窓から入ってくる月明かりが、俺の事を照らし出す。
決して明るくはない。されど、この瞬間――この暗闇の中で眩しい程に輝いた。
俺の言葉を聞いたセレーネは目を丸くし、部屋の中は静寂に包まれる。
「運命は……自分で……」
その時、セレーネの頬を伝う何かが見えた気がしたが、暗闇でよく確認できなかった。
セレーネは立ち上がり、ゆっくりと俺の元に歩いてくる。
目の前にやってきたセレーネの表情は決意に満ちたように凛々しく堂々としていた。
「……私にもできるのでしょうか? ――いえ、私も切り開きます。貴方と共に、運命を」
そう言葉にしたセレーネは俺の左手を握り、優しく微笑んだ。
その握手は、俺達の誓いを示しているようだった。
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