第十三譚 仲間なんだから


「見て! 勇者様よ!」

「私、結構タイプかも……」

「再誕の勇者様ー! 王都を護ってくれてありがとうございますー!」


 昼下がりの城下町。炎竜の襲撃があった事など嘘みたいに活気づいている。

 普段とは違い、賑わいは絶好調。


 なぜかって? 俺がいるからさ。


「いやあ……。どうもどうも……」


 もうなんというかどこを見ても人、人、人ばかりで頭がおかしくなりそうだ。

 ゲシュタルト崩壊起こすぞこれ……。


 歩けど歩けど先に進めず称賛の声を浴びせ続けられる。

 これなんて羞恥プレイですかね。


「ひゃっ……! アル様、人混みだからといって触らないでください……!」


 俺の服の裾を掴み、キッと睨んでくるセレーネ。

 そうか……! この人混みの中なら触っても誰がやったかばれないって事だよな……!


 まさかこんなところで気が付くとは俺は天才なのかもしれん……。

 あ、いや、違くてだな。俺はセレーネに触ってなんかいないんだが。


「いや待て! 俺は触ってない!」

「じゃあ誰が触るというのですか……!」

「俺ってそこまで信用されてなかったっけ!?」


 なんかもの凄く恐い顔してるんだけど……。

 例え俺が触っていたとしてもわざとじゃないんだからそこまで怒らなくて良くないですかね。というか何でそんな不機嫌そうなんだ。


 確かに触れるものなら触りたい。

 だがしかし、俺は紳士だ。ああいう事を考えても行動に起こす事はしないさ。


 今俺の周りには女性しかいない。

 確かに魅力的な場所――というか桃源郷なんだが、それでも俺の心を魅了する事はできないさ。


「きっと周りにいる人達の手が当たったん――」

「勇者様ぁ。今夜私と遊ばなぁい?」

「ごめん、残念だけど遠慮させてもらうよ」

「アル様。言葉と行動が合っていません。なぜ貴方はあの女性の元へ走り出そうとしているのでしょうか」

「どうやら身体は正直らしい」

「何を言っているのですか」


 やはりダメだ……。お姉さんには逆らえない……。

 いや、でも何も悪いことしてる訳じゃないんだからいいんじゃないか?


 それに三度目の人生羽目を外すのも悪くないんじゃ――あ、ダメだ。セレーネがジト目でこっち見てる。


「コホン……。セレーネ、今からこの人混みを抜ける。俺の背に捕まってろ」

「え? は、はい」


 こう囲まれてちゃあ、いつまで経っても目的地に着けない。


 正面突破は物理的に無理だ。

 この人数を押しのけて目的地まで行くのは不可能。


 地はダメとなると、残ってるのはただ一つ。

 空だ。


 セレーネが背に捕まったのを確認した俺は、彼女をおぶったまま詠唱を始める。

 まだこの身体で魔法を使ったことがないからどれぐらい効果が出るかは定かじゃない。でも、試すには良い機会だ。


「――飛躍リーピング」

「きゃっ……!」


 そう唱えた直後、俺はすぐ隣に建っていた民家の屋根の上に乗っていた。

 セレーネは何が起きたかよくわかってないみたいだが、そう驚く事でもない。


 簡単に言うと、この魔法は一時的に跳躍力を上げる効果がある。しかし、決して脚力が上がるというわけではない。これはあくまで、魔力がジャンプの補助をしてくれるだけの魔法なのだ。

 さらに、この魔法は使用者の魔力に応じてどのくらい飛べるかが決まっている。

 魔力が低ければジャンプ力も大して上がらないし、逆に高ければ地上十五メートルぐらいまでは飛べるだろう。


 今俺が立っているこの民家は、四階建てで恐らく十二メートルは超えているはず。

 となると、俺の魔力は決して低くないという事がわかるわけだ。


「アル様は本当に凄いのですね……。剣も魔法も上手く扱えるなんて……」

「まあ五十年以上前に死ぬほど練習したからな」


 あの時は本当に死ぬ気でやったよ。

 一度目の人生は何をするでもなく死んだから、そうならないためにも努力したさ。


 父には剣を。母には魔法を教わった。

 二人は一応、戦士と魔導士という職だったから専門職の人達に教えてもらっていたんだ。本当に運が良かったよ。


 今はどこで何してんだろうな。今もここに住んでるのかな。


「……ご両親の元に行かれなくていいのですか?」


 雰囲気から何かを感じ取ったのか、少し控えめな声でセレーネが問いかけてくる。


 どうやら心配させてしまったらしいな。声でなんとなくわかる。

 確かに会いたい気持ちもあるけど、正直この姿でなんて言って会えばいいのかわからない。


「ああ、いいんだ。心配かけちゃったみたいでごめんな」

「あ……。い、いえ、私は……」

「それにさっきの『きゃっ』ってもの凄く可愛――」

「もう知りません!」


 ……そもそも今の俺はアルヴェリオ・エンデミアンだ。リヴェリアじゃない。

 会いに行くのなら相手が別だろう。


 そういえばこいつの一族って絶滅してるんだっけ……? いや、その可能性があるって言われただけか。

 どちらにせよ、こいつの一族の事も確かめなくちゃいけないな。


 はあ、まったく。やる事が多くて参っちゃうなぁ……!


 俺は少しだけ頬の緩みを感じた。

 この充実感は一度目の人生で味わえなかった生きてるって証。


 俺はちゃんと、前に進めてるらしい。


「……ところで、ずっと気になってたんだけど『アル様』って呼び名、何?」

「勇者様という呼び名はダメだと言われたので、呼びやすく『アル様』と」

「ならもう様付けはやめてくれ。アルヴェリオでいいよ」


 どうにも様付けされると他人行儀な気がしてならないんだよなぁ。

 本当は敬語だって使わないでほしいんだけど、聖職者の立場からすると相手に尊敬の意を持って敬語を使うって事をキーラに教えてもらったしな。そこは仕方がないと思う。


「いえ……しかし……」

「俺を悪だと思ってた事なんて気にしてないし、それに俺達は仲間なんだからさ」


 俺の言葉を聞き、肩を掴む手にキュッと力が込められる。


「ア……」

「うん?」

「アル、ヴェリオ……様……」


 消え入るような声で俺の名前を呼ぶセレーネ。

 耳元でそう囁かれたためか、一瞬だけドキッとしてしまった。


「……様はいらないって」

「……ごめんなさい。やはり私は――」

「呼び捨てで呼ばれるのはいつになるんだろうなぁ。その日が楽しみだ……!」


 俺がそう言うと、また肩を掴む手に力が込められる。

 ここまで様付けにこだわる理由があるのか知らないけど、仲間なんだからもっと仲良くなりたい。

 連携にもかかわると思うし、何より大切な仲間の事はちゃんと知っておきたいんだ。


「……貴方は本当に変な人です。ふふっ」

「いや俺超常識人だって」


 そんな風に話しながら、俺達は目的地へと移動を始める。


 自分の職を知るための施設。

 “天職場”へ――






 さて、突然ではあるが、俺は紳士だ。

 そう紳士。ベストオブ紳士。


 だから女性の体に触れていようとも何の反応も示さない事を心掛ける。不快感を与えないためにな。

 無心。ただひたすらに心を無にしているのだ。


 例え、セレーネをおぶっている事により、背に柔らかく大きめな胸の感触が伝わろうとも俺は気にしない。

 抱き着く感じで俺にしがみついてる事により、体全体の感触が伝わってこようとも俺には効かない。


 そう、俺が紳士だからだ。


「どうしたのですか? 急に立ち止まって」

「いや、ちょっと電波塔が治まるの待ってんのよ」

「…………?」


 つまりアレだ。

 誰か俺の息子鎮めてくれない?

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