第十四譚 天職場

 三十年程前から、この世界には人一人につき二つの職業が与えられている。


 普段の日常で使われる生活職。

 これは商人だったり騎士だったりと日常における大事な役職の事だ。

 生活職は自分の意志によって選ぶことが出来るため、好きな職に就ける。


 もう一つは戦闘職。戦いを生活の一部としている者や冒険者にとって必須の職業となる。

 RPGでお馴染みの戦士だったり僧侶だったりと多くの職業が存在している。

 だがしかし、戦闘職は生活職と違って自由ではない。極端に言えば自分で選ぶことが出来ないのだ。それは人によって定められている職業が違う為である。


 天職。

 それは人によって異なる。


 言うなれば戦闘職における適性のようなもので、生まれた時からそれが決まっている。

 簡潔に言えば、天職が戦士なら戦士系統の職には就けるが、僧侶系の職には就けないといった感じである。


 系統は主に戦士、僧侶、魔導士、盗賊、商人等があり、極めていけばその上の職に就けるというわけだ。

 中には特定の条件を満たしていなければ転職できない上級職もあったりする。


「随分と世の中も変わったもんだよなぁ」


 俺は屋根の上を軽く走りながら、背に掴まっているセレーネに声をかける。


「五十年もの月日が経てばある程度は変わりますよ」

「確かにな」


 先ほどから職業の事について大まかに説明を聞いていたんだが、五十年前とは大分違う。


 五十年前、職業は二つに分けられていなかった。

 貴族や王族を除き、一般人は戦闘職も生活職も含めて一つの職業だった。


 戦士であるならば魔物と闘って生活費を稼いだり、用心棒をしたりして生活していた。


 だが、今は違う。

 例え戦士であっても酒場で働いたりと、今まで商人が行ってきた仕事をしたりできる時代になっているのだ。


「天職ってのは五十年前にもあったんだけど、今みたいに教えてくれる組織がなかったからなぁ」


 五十年前にも適正という概念はあった。

 誰に何が向いているのか。誰ならばそれができるとか。

 だから皆一生懸命に適正の合った職業を見つけようとしていたのだが、それが簡単に見つかるはずがなく、それなりに時間を費やしていた。


 しかし、この時代では天職が簡単にわかってしまう。


 天職場。その施設が出来てからは職業関連の問題は大分楽になったという。

 俺達が向かっているのも、その天職場だ。


 そこでは自分の天職を教えてくれる他、転職状況なども容易に確認できるらしい。


「では今日が初めてというわけですね」

「ああ、なんかドキドキしてきた」


 天職場に向かっている理由はただ一つ。俺の天職を知るためだ。

 俺の天職は何系統なのか、今の職は何なのかを知るためにそこに向かっている。


「やはり、アル様は戦士系統の職業なのでしょうか?」

「どうなんだろうな? 意外と既に最強クラスの職だったりして」


 今の俺が一体何の職業なのか、どの系統なのかという話題で盛り上がりながら、俺達は天職場へと向かった。






□■□■□






「ここが天職場か……」


 城下町東区の端に位置するのが天職場。

 白塗りの大きな神殿で、その玄関である長さ約三百メートルはあるらしい階段が印象的だ。


「私もここに来たのは随分と昔ですが、やはり人通りは多いですね……」

「随分前ってそんなに来てないのか?」

「ええ、確か十年ほど前に一度だけ、でしたね」

「へえ……。じゃあセレーネが子供の頃に来たっきりなのか」


 セレーネと共に長い階段を上っていく。

 約五百メートルもの長さがあるとはいえ、緩やかな階段ではあるから話しながらでも十分に余裕で上れる。


「はい。確か十歳の頃でしたね。その時に天職が僧侶系統だと教えていただいたので、シスターを始めようと思ったのです」

「両方同じような職業に就いている人ってこの時代では珍しいんじゃないか?」


 この時代では二つの職業に就けるのだ。

 せっかくなら別々の職業に就きたいって考えると思うんだけど、そういう考えを持つ人っているんだな。


「かなり珍しいと思います。ですが、私には人々を癒したいという思いがありましたので……」

「人々を癒す、か」

「……ごめんなさい、変ですよね。この時代、他人の為に何かをするという考えは――」

「別に変じゃないだろ」


 俺の言葉にセレーネは驚きの声を上げて立ち止まる。


「その考えが変だっていうなら勇者を否定しているようなものだぜ?」

「あ……」

「それにだ、勇者の仲間ならそのぐらいの考えは持ってくれてなきゃ困る」

「アル様……」


 本当につくづく思うよ。

 似すぎなんだよお前ら……。その言葉も、表情も似すぎてるって。思想までほぼ同じとはな。


 なあキーラ。お前も俺に言ったよな。他人の為に何かするのはおかしいかって。

 その時も俺はさっきみたいに答えた。


 そうしたらお前は何て答えたよ?


『……そうですね。ええ、そうですとも。私は……勇者様の仲間、なのですから』

「……っ!」


 セレーネはほんの少しだけ微笑みを浮かべ、階段を上り続ける。


 まったく……何ていう偶然だよ。偶然にも程があるだろうが……。

 ……もしかしたらセレーネは――


「なあ、セレーネ。お前は――」

「おや、その出で立ち。話題の英雄様ではございませんか」


 いつの間にか俺達は天職場の受付まで来ていたようで、受付にいた魔術師の男に声を掛けられる。


 聞きそびれたが仕方がない。

 今はこっちに専念しよう。


「今回はどういったご用件でしょうか?」

「天職ってのを教えてもらいたいんだ。それと、今現在の俺の職業」


 男は不思議そうに俺を凝視する。


 なんだろうこの視線は。

 なぜそこまでして不思議そうに俺を見るんだこいつは。


 まさかとは思うんだけど、英雄ともあろう者が難民みたいな格好してる上に天職とか何言ってんだとか思ってないよな? 

 あれだろ? 俺がカッコよすぎてあっちに目覚めちゃったとかそんなのだろ? いや、やっぱそれは嫌だわ。


 男は、俺とセレーネを見比べると納得したような表情を見せて俺の右隣を――セレーネを見た。


「申し訳ございません。貴女が英雄様であられましたか」

「俺だよ!!」

「アル様……」

「そんな憐みの目で俺を見るのはやめて!」


 人を見かけで判断するなと親に教わらなかったのか。

 いや、いつまでもボロボロの服着てる俺も悪いんだけどさ。でも、さっきのはないでしょう。なんで二人から憐みの目を向けられなきゃいけないんだよ。


「し、失礼いたしました! さ、さあこちらへ」


 男は血相を変えて俺に媚びを売るかのように奥の部屋へと通す。


 男よ。今更媚びを売ろうとも無駄だ。既に俺のガラスのハートは深く傷ついている。


「神官長、英雄様をお連れしました」


 奥の部屋に入ると、そこにはかなり年老いた女性が質素な椅子に座っていた。

 俺の姿を見た婆さんは笑顔で向かえてくれた。


「よく来てくださりました、“再誕の勇者”よ。さあ、そこへ座ってくだされ」


 俺達は言われた通り、近くに置いてあった椅子へと腰かけた。

 ついさっき俺達を案内してくれた男は部屋から出ていき、部屋の中には神官長と呼ばれる婆さんと俺、セレーネの三人。


「狭い所で申し訳ありませんな。どうか楽にしてくだせれ」

「ご丁寧にありがとうございます……」

「さて、ではさっさと始めるとしますかな」


 神官長はブツブツと何かを呟くと、天に向かって祈りを捧げ始めた。

 祈り続ければ続けるほど、神官長のまわりを淡い光が包み込んでいく。


「おお、偉大なる大地の神よ、新たに歩もうとする者に光を……」


 その言葉を言い終えると同時に、俺の目の前に一枚の真っ白な紙が落ちてきた。


「その紙に貴方の血を垂らせば、貴方の能力全てがわかるはずですぞ」

「なるほど……」


 俺は自分の唇を噛んだ。唇からは微量の血が垂れ始め、その垂れた血を紙に数的ほど滲ませる。

 すると、垂らした血が紙の中で動き始め、文字のようなものを次々に描き出していく。


「へえ……凄いなこれは」

「それこそが貴方の能力を知る事ができる魔法道具。"能力確認ステータス"ですぞ」

「アル様、一番上に書かれているのが現在の職業で、その下が系統になります」


 一番上が現在の職業で、その下が自分の系統ね。了解了解。

 確かにこれはすごく便利な物だな。血を垂らすだけでこうも簡単にわかっちゃうんだもんな。


 職業欄の下が多分能力値だよな。力、守りとか書いてあるし。


 ……ん、あれ?


「なあ、これってあとどのくらい待てば映し出されるんだ?」

「もう映し出されてるはずですぞ?」

「いや、でもさ。これ……」


 俺は二人に紙を見せる。

 紙の上の方に視線が向けられ、二人の表情が一気に険しくなる。


「な? 何も書かれてないだろ?」


 俺の職業欄にある二つの項目――現職業と系統。

 その二つだけ、一切映し出されていなかった。

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