第十二譚 勇者は再び誕生する


「おお、リヴァっち! 昨日は眠れたかの?」


 陽気な笑い声が俺の耳に入ってくる。


「ああ。おかげさまでな!」

「昨日は宿の手配をしていただきありがとうございます」


 俺が二度目の転生を果たし、三度目の人生を歩み始めた日。

 炎竜を討伐し、勇者復活ののろしを上げた日。


 それが昨日の事だ。


 炎竜を倒した時、辺りは既に薄暗かったため、テッちゃんに用意してもらった宿で一夜を明かすことにした。

 勿論、テッちゃんのありがた~い配慮によって、俺とセレーネは同じ部屋で寝る事になったのだが……。いや何も起きてないよ? 疲れててすぐ寝ちゃったしね。

 うん、間違いはなかった。うん。


 そして今日。

 起きて早々にテッちゃんからの使いが来て、俺達は城に呼び出されたというわけだ。


「して――」


 テッちゃんは不敵な笑みを浮かべながら、俺とセレーネの間を視線が行ったり来たり。


「ゆうべはお楽しみじゃったのかの?」

「おい爺こら」


 何言ってんだこの野郎。

 こういう時だけ妙に気使いやがって。


「ええ。とても良い夜を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」

「そういう話をややこしくさせるような事を言うなって……」

「ほほう……其方はかなり美人じゃし、大きいからのぉ。さぞ抱き心地は良いのじゃろうなぁ?」

「? いえ、私はそれほどの者では……」

「わざとなのか!? なあ、わざとなのかそれは!?」


 もうセレーネのキャラがよくわからない……。

 天然なのか狙ってるのかさっぱりわからない……。


「冗談じゃよ冗談」


 大きな笑い声を上げながら玉座の淵を叩くテッちゃん。

 しかし、その冗談について理解していないセレーネは頭の上にはてなマークを浮かべていそうな顔をしている。


「何が冗談なのですか?」

「はあ……。つまりだな、テッちゃんが言ってるのは――」


 俺はセレーネが悪い男に連れていかれそうで心配になったので、できるだけオブラートに包んで詳細を伝える。


「……っ!?」


 自分が盛大な勘違いをしていた事に気づいたのか、セレーネは顔を真っ赤にして俯く。

 くっ。美人なうえにこの可愛さ……。女神か……。


「さて、では本題に入るとするかの」

「本題? 何の話だっけ?」

「資金と勇者復活の話じゃよ……。持ち掛けてきた本人が忘れるとはどういう事じゃ……」


 テッちゃんは呆れたように頭に手を当て溜め息を吐く。


 そうだ。炎竜の事ですっかり忘れてた。

 元々こっちが本題じゃないか。討伐したことに満足感覚えてすっかり頭から消えてた。


「資金は援助してくれるんだよな?」

「うむ。それに関しては問題ない。最初の支援金だけならなんとかしよう」

「ありがとうテッちゃん、助かるよ。それで勇者復活の件については?」


 俺の言葉を聞いたテッちゃんは静かに立ち上がると、玉座の間から出ようと歩き始める。


「……こっちじゃ」


 俺とセレーネは疑念を抱きながらテッちゃんの後に着いて行く。


 玉座の間を出ると、そこには下へ続く階段と外へ通じる扉がある。

 テッちゃんは階段を無視して外へ続く扉に手をかける。


「この先はテラスだろ? そこに何があるんだ?」

「まあ黙ってついてくるが良い」


 手招きをしたテッちゃんは扉を開けて外に出ていく。


「なんでテラスなんかに行くんだろうな?」

「とにかく行ってみるしかないようですね」


 俺達はゆっくりと扉を開け、テラスへと出る。

 そこに出た俺の目には驚くべき光景が映った。


 城下町が埋め尽くされる程溢れんばかりの人々。ここから遠く離れた国にまで伝わりそうな程に大きい歓声。

 皆がこのテラスを見上げていた。

 兵士も貴族も平民も冒険者も関係なしに。


「余が全国民を集めたのじゃ。リヴァっちを知らしめるには絶好の晴れ舞台じゃろ?」

「俺こんな大勢の前に立ったの初めてなんだけど……」

「安心せい。お主は黙って立っていればよい」


 勇者としての命を受けた時なんか先代国王とテッちゃん、それと数人の兵しか観客がいなかったのにこの差は何なのか。

 やっぱり国を八皇竜から救った英雄だとか思われてんのかな。それはそれで願ったり叶ったりなんだが。


 だけど英雄として定着するのはなあ……。やっぱり勇者っていう響きがいいから勇者の方が良いんだけどな。


「トゥルニカの民達よ! よくぞ集まってくれた! 此度、皆に集まって貰ったのは他でもない。炎竜の事である!」


 俺がそうこう悩んでいるうちにテッちゃんが言葉を発する。

 大きかった歓声もテッちゃんの言葉一つで収まってしまうあたり国王って凄いんだなと思う。


「昨日の炎竜戦、恐怖しなかった者の方が少ないであろう! しかし、八皇竜と呼ばれる竜種相手に死亡者がいないのは奇跡じゃ!」


 テッちゃんの話には徐々に熱が込められ、よほど興奮しているのか話の途中に笑みを浮かべるほどだった。


「それもこれも全て! 余の隣におる男のおかげじゃ! この者がいなかったらこの国は滅んでいた事じゃろう! よって、余はこの者に敬意を称し、この国の英雄として認めると共に称号を授ける!」


 王都が静寂に包まれる。

 時が止まったかのように、木々の擦れる音も鳥の囀りも、川の潺も聞こえてこない。


 全ての人の目が俺とテッちゃんに注目される。

 内心もの凄い緊張しながらも、俺はなんとか平静を保っていた。


 だが、この緊張は次の瞬間に全く別の物へと変わる。


 この世界に勇者は存在しない。聖王が生まれたその日に勇者の存在は消えたのだ。

 魔王は悪で聖王も悪。勇者でさえ悪。人々は何を信じればいいのか分からなくなっていたのだろう。


 それでも人々は懸命に生きた。

きっと待っていたのだろう。いつの日か、自分達を救ってくれる者が現れる事を。

 心の奥底で思っていたのだろう。救世主の存在を。

 この世界を変えてくれる勇者の存在を。


 きっとこの瞬間は後世に伝え続けられるのだろう。

 人類が最も待ち望んだ瞬間の出来事を。待ち望んだ最高のタイミングに現れた男の名を――


「その名も――“再誕の勇者”。“再誕の勇者”アルヴェリオ、と――」


 その瞬間、城下町は大きな歓声に包まれた。

 昨日のよりも、先程のよりもはるかに大きな歓声が湧いた。


「はあ……。無駄にハードル上げるなよ……」

「最高にかっこいいじゃろ?」


 一度目はろくに何もせずに死んだ。

 二度目は努力したが結局は死んだ。


 だが、今度こそ、三度目はもう失敗しない。


「……まあな」


 今日が俺の誕生日だ。

 俺、アルヴェリオの――いや、“再誕の勇者”の。


 これから始まるんだ。

 勇者の伝説、第二幕が。






□――――???






 玉座の間に座る男が報告書のような物をじっと見つめている。

 左足を一定間隔で上下させてる姿を見ると、どうやら少し機嫌が悪いように見える。


「聖王様。王都トゥルニカに放った二体・・のドラゴンが両方討伐されたそうです」

「……そうか。だがこれでいい」

「はて。それはどういう」


 聖王と呼ばれた男はゆっくりと玉座にもたれ掛かる。


「優先的に潰す奴が決まったって話だ、くくっ」

「やはり奴らを――」

「ああ。帰ってきた八皇竜共を召集しろ」


 跪いていた魔物は「御意」と発すると煙のように姿を消した。

 それを見送った聖王は玉座から立ち、遠くを見て呟いた。


「待っていろ、リヴェリア……いや――アルヴェリオ・エンデミアン……!」

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