第八譚 護ると決めた


「ドラゴンが……攻めてきたじゃと?」


「エルフィリムとの国境にある交流所は壊滅! 周辺の町村も被害甚大との事です!」


 兵士の報告を聞いたテッちゃんは、手に持っていた紹介状を落とす。

 その表情は恐怖や驚き等の感情が入り混じっていたが、一瞬だけ口角を上げてにやりと笑ったのを俺は見逃さなかった。


「そ、そんな……。五年も目立った動きがなかったというのに、なぜ今になって……」


 そう呟きながら、セレーネは地面に膝から崩れ落ちた。

 彼女の身体は小刻みに震えており、落ち着かせるためか自分自身を抱きしめている。


 五年も何もしていなかった聖王。

 それがなぜ今になって動いたのか。


 ただの偶然なのか、それとも――いや、考えるのは後だ。とにかく今はドラゴンをどうにかしないと。


「国民達を地下へ退避させるのだ! 兵士長には迎え撃つ準備を進めるよう伝えよ!」


「はっ!」


 テッちゃんの言葉を聞いた兵士は急いで玉座の間を出て行った。


 流石はテッちゃんだ。この国の王という責任を十分に感じて冷静に対処してる。

 確かに、この国の地下にある大型シェルターに人々を非難させれば、多くの命が助かる。


 だけど兵士はどうなる? 対竜兵器でもあれば対処できるだろう。だが、この国にそんな物はないはずだ。


 五十年前にはそんな兵器を造るなんて事すら考えてなかったのに、今になってそれが完成してるなんて思えない。

 それに、ここに来る途中に外壁を見たけどそんな物はどこにもなかった。


 だから兵士達だけじゃ迎え撃てない。きっと多くの命が失われる。でも――


「王様……無茶です……! この国にドラゴンを倒せるほどの兵器はないのですよね……? なら――」


「確かに、この国にそれを迎え撃てるような兵器はない。だが、余はこの国の王。民を、国を護るのが王の務め。それは兵士達も同じじゃ。皆この国を護る為に戦おうとしておる」


 そう。兵士達はこの国を護る為に戦おうとしている。それはテッちゃんも同じ。

 例え死んでもこの国を護れるならばと命をも捨てられる兵士達なんだ。


 だからこそ――


「安心せい。この国には冒険者も大勢おる。魔物を倒す専門のな」


「ですが……」


「それにじゃ。この国には、おるじゃろう?」


 俺はテッちゃん達に背を向けて扉のほうに歩いて行く。


「誰が……ですか……?」


「かつて世界を救わんとし、今もまた世界を救わんとする“勇者”が……な」


「まさか……?」


 俺は扉をゆっくりと開けた。

 扉の隙間からは光が差し込み、玉座の間を明るく照らす。


「まあ、ちょいと阿呆じゃがの」


 俺は振り返らずテッちゃんに向けて言葉を発する。


「よく見とけよ、勇者復活の瞬間を。瞬き厳禁の勇者復活祭の始まりだ!」


 この国を救う事。それが勇者復活の――“だ。






□■□■□






 トゥルニカ城を出て数分。俺は城下町南地区を走っていた。


 ドラゴンが向かって来ているのは北地区だが、その逆方向に走っている。

 なぜかというと、俺は奴に攻撃する手段を持ち合わせていない。つまり武器も防具もないのだ。


 竜種は基本的に魔法が効かない。そのため、近接戦闘を行うしか方法がない。


 リヴェリアの時みたく強大な魔法を使えるなら別だが、今の俺にそれが使えるとは限らない。

 魔法を発動するのに必要な魔力量は、人によって多い少ないが極端に違うからな。


 だからこそ武器を揃える必要がある。

 俺的には破壊力抜群な両手持ちの大剣がいいんだけどな……。切れ味良い剣が売ってるといいんだけど。


「アル様、もうそろそろ目的地です!」


「了解!」


 結局、セレーネは俺に着いてきた。

 なんでも、自分が案内したほうが移動時間短縮できるとか。


 確かに案内してもらうのはありがたいんだけど戦場まで来るつもりなのか? もしそうなら負傷兵達のところに向かって欲しいんだけど……。


「良かったのか!? 俺に着いて来て!」


「ええ! 私は僧侶です! 傷ついた人達を癒すのが私の役目。ですから、私も戦場に向かいます!」


 額から汗を垂らしながら、必死に走るセレーネの瞳には決意の色が見て感じた。


 彼女はわかっているんだ。自分が兵士達の邪魔になるかもしれないという事を。

 それでもセレーネは戦おうとしてるんだ。自分にできる事を精一杯。


 ちくしょう。こんな顔見せられたら力試しなんて馬鹿なことできないじゃないか。

 この戦いで今の俺がどんなものか正確に知りたかったんだがなぁ。


「――それに……! アル様をお傍で支えると言ったではないですか……!」


 いきなり発せられたその言葉に、俺は目を丸くする。


 傍で支える、か。

 そんな言葉久しぶりに聞いたな。


 かつてキーラにも同じことを言われた。

 あいつは言葉通り俺を支え続けてくれた。毎日毎日それこそ鬱陶しいぐらいに。


 でも俺は死なせてしまった。大切な仲間を。

 キーラだけじゃない。女戦士のナファセロだって、盗賊のジウノスだってそうだ。


 支えてくれていたあいつらを死なせてしまった。

 だからこそ、今度こそは絶対に護ってみせる。


 支えてくれる人を。大切な人達を。


「……安心しろ! 俺が居る限り絶対に誰も死なせないさ!」


「アル様……」


 綺麗事なのはわかってる。この戦いで多くの命が失われるだろうという事も。


 それでも俺は助けたい。一人でも多くの命を。


 だってそれが、だろ?


 なに、簡単な話だ。

 俺がドラゴンを一撃で仕留めりゃそれで終わりなんだから。


「着きました!」


「うおっ! 何だお前ら? そんなに慌てて――」


「ドラゴンが攻めて来ています! ここ一帯の人々に避難するよう伝えてください! それと――」


「この店で一番強い剣をくれ!」


 俺達が武具屋に着くと同時に銅鑼がなる。


 ドラゴンが王都トゥルニカに出現した。

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