ザリガニ
理科の実験でザリガニの解剖をするから各自家からザリガニを持ってくるように担任が言ったので、羽虫は庭の池に住むザリガニを余ったスーパーのレジ袋に入れて学校に持参した。
もちろん指で捕まえる時は恐ろしかったが、おじいちゃんから教わった正しいザリガニの持ち方を思い出して、勇気を出して捕獲したのだった。何しろザリガニに指をはさまれたら、指が切断されてヤクザ者みたいになってしまうかもしれないのだった…。
学校へ行く途中何人かのクラスメートと出会ったが、彼のようにザリガニをぶら下げて歩いている者はなく、みんなどうやって運んでいるのだろう?と思うと、恥ずかしさに脂汗が出たw
解剖はグループに分かれて行なわれ、羽虫のいるグループでは後藤が率先して取りしきり、彼は隅っこのほうでそれを眺めていた。
休み時間になると、クラスメートたちは教室の後ろのほうに集まり、あまったザリガニをおもちゃにして騒ぎ出した。後藤大輔は自分の指をザリガニにはさませて、反対の指でザリガニの頭をパンパンと弾いて怒らせて、それを誇示しながらバカ笑いしていた。佐藤祥平と井樋口航平もそれを真似してみんなに見せびらかしていた。だが小平さとしは指から少し血が出ていた。見て見ないふりをしていた羽虫は、それを見てこっそり目を剥いた。
女のコの中にもそれを真似する者がいて、運動神経抜群の岩本香織は、指をはさんでいるザリガニのハサミをもう一方のこぶしで力一杯握りしめて声高らかに笑っていた。それを見た時、羽虫は息ができないほどのカルチャーショックを受けて、何度も何度も自分の指と岩本香織の指を見比べずにはいられなかった。またごく平均的な女子である中田比呂美さえもザリガニに指をはさませて楽しそうだった。
彼はいいようのない衝動に駆られ、ズボンの上から自らの股間をギューッと押さえつけた。
家に帰ると羽虫はゼイゼイと息をきらしながら、庭の池に直行した。彼のズボンの股間部分は異常な膨らみをみせてテントを張っていた。
まず彼はおじいちゃんから教わった安全な持ち方で一匹物色して捕まえた。
「岩本香織…後藤大輔、佐藤祥平…井樋口航平…中田比呂美、中田比呂美…中田比呂美…中田比呂美~~~っ!!」
羽虫は死にものぐるいの形相で自分の指をザリガニのハサミに突っ込んだ。
「中田比呂美ぃ~~~~~っ!!!」
「羽坊…無理せんごつせんどぉ……」
おじいちゃんが縁側から心配そうに声をかけた。
「あ…いたっ!!痛っ、痛っ、痛っ痛痛痛痛痛痛ぁ~~~~~っ!!!」
「だあっ!!羽坊、だあっ!!羽坊…」
彼の指から噴水のように血が噴き出したのを見て、おじいちゃんが絶叫しながら駆け寄ってきた。
「おいミツヤ救急車呼べ!!早よ呼べ早よ呼べ!!」おじいちゃんは羽虫の母のミツヤにがなり立てた。
救急車が来るまでの間、おじいちゃんはダァッ、ダァッ、ダァーーーッと彼に気合いを入れ続けた。
傷は全治3ヶ月ほどだった。
しばらく後、彼が縁側でぼんやりと外を眺めていると、おじいちゃんが隣の老人と垣根越しに会話する声が聞こえてきた。
話は彼の怪我に関してのもので、自分の孫の羽虫は感心にも梅の木の剪定を手伝ってくれて、買ったばかりの鋭い剪定ばさみで指を切ってしまい8針縫う大けがをしたというものだった。
鋭い剪定ばさみ…ザリガニのハサミ…鋭い剪定ばさみ…ザリガニのハサミ…
羽虫はおじいちゃんの心情をすぐに理解した。それは愛に満ちた心情であった。
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