第6話 銀髪さんの粛正委員会
「クラス委員会発足パーティしようよ!」
一之瀬茉奈は、いきなりそんな提案をしてきた。
クラス委員会発足パーティ?
なんだそれは……。
級長と副級長(俺)はお互いの顔を見合わせて、困惑した。
「ほら、私たちクラス委員会ができて、お祝いするの」
「わざわざそんなことでお祝いするのか?」
俺はめんどくさそうに言った。
「するの! せっかくだし、ね?
私たちみんなも知り合ったばかりで、
お互いのことをよく知らないんだし……」
たんに遊んで騒ぎたいだけのように見える。
こいつ(茉奈)のよく騒ぐ性格を考慮すると……。
「だいたい、パーティって何するんだよ」
「公園でお花見をするの。
ほら、4月になったばかりだし」
「お花見……」
花見の何がいいのか、俺にはわからない。
花を見て楽しむという行為の意味が、あまり理解できない。
しかしきっぱり断るのもなんだか可哀そうだ。
適当に理由つけて断るか……。
「俺は参加できな……」
「面白そうですね」
「ちょ、級長!?」
級長が花見に反応して、割って入る。
ちょっと待ってくれ。
級長もさっき反応に困ってただろ。
いきなり心変わりか。
「いままでクラス委員の人間関係は薄いものが多かったので
親睦を深めるということで、花見、やりましょう」
級長まで乗り気だと、俺も止める気になれず、
そのままクラス委員発足パーティをやる流れになってしまった……。
パーティー当日。
俺は、花見会場で、ひとりでぽつんと座っていた。
みんな遅れているわけでも、ドタキャンされたわけでもない。
俺は、場所取り係になってしまったからだ。
みんなよりずっと早く来て、
そこに座るだけだ。
果たして、この場所でよかったのだろうか……。
不安はつのる。
近所(電車で2~3駅先だが)の公園は、
いつもこの時期は、花見ができる。
花見ができるということは、ほかにも花見客がいるわけだが、
花見できる一番いい場所は、花見ガチ勢に占領されており、無理だった。
あいつら、ものすごい早朝(下手したら前日)からいる。
やばすぎる。
それでもなんとか、場所を確保した。
やったぜ。
公園のトイレからは結構遠いし、桜の場所からも少し離れているが…。
とにかくやったぜ。
俺は自分を必死に褒めたたえた。
そうでもしないとめんどくさくて、やってられない。
こうやってぐだぐだと待っていると、
ようやくクラス委員のうちの一人が顔を出してきた。
「次郎、早いね」
織枝だ。
銀髪をなびかせて、こちらに向かってくる。
「場所取り係だからな……ははっ。
まあ座ってくれ」
「うん」
織枝は、スカートを手でおさえながら、すっと着席した。
俺の目を見ながら、にこやかに話しかけてくる。
「私たちふたりしかいないね」
「あ、ああ、そうだな……」
その言葉で一気に緊張した。
そういえば、今、俺と織枝しかいない。
級長や茉奈、栄樹は、まだ来ていない。
俺と織枝の間に、気まずい沈黙が流れる。
自分も織枝も、会話はうまくない。
間が持たない。
「級長や茉奈は買い物してるんだって?」
「そうだ。
まだ買い物は終わっていないみたいだけど……。
待っていればそのうち来るさ」
級長と茉奈は買い物をしている。
花見に必要な飲食物などだ。
栄樹は、この委員会発足パーティーの会計をしている。
一応、クラスの費用として賄うようだった。
「織枝も、ずいぶん来るのが早かったな。
もしかして結構楽しみだったのか?」
「うん、多少はね。
こうやってクラスのみんなと一緒にパーティーができるのは
あまりないことだからね」
「俺も入学して数日でこんなパーティーするとは思わなかったよ」
「ほんとにね。
入学したと思ったら、あっという間にクラス委員になって
あっという間にこんな花見までするとか、すごいね」
ここまで会話して、ようやく衝撃の事実に気が付いた。
織枝の銀髪に、桃色の花びらがくっついてる。
おそらくここに来る途中で、
桜の花びらが髪の毛にくっついたのだろう。
ところが織枝はそんなことにまったく気づいていない。
まるで髪飾りでかわいいけど、このまま放置するのも
なんだかかわいそうなので、除去したほうがいいな……。
「織枝」
「ん? なに?」
「髪の毛に花びらがついてるぞ」
「え? 本当に?」
織枝は髪の毛を触って、花びらを落とそうとするが、
あまり器用でないのか、なかなか落ちていかない。
「花びら、どこ?」
「ここだ」
俺は、織枝の髪の毛に手を伸ばすと、
指で、すっと花びらを払いのけた。
それにしても綺麗だな、織枝の銀髪は……。
キラキラしてて、財宝みたいで、ずっと触っていたい……。
そんなことを考えていたせいで、そのままの勢いで、
織枝の銀髪を少しだけつまんでしまった。
しまった。俺はいったい何を……。
「あっ」
織枝は顔を赤くして、視線を下に向けた。
恥ずかしさのためか、俺も、思わず手を引っ込めてしまった。
やばい。
やりすぎた。
「ご、ごめん。
いきなり髪の毛を触ってしまって」
「……謝らなくていいよ。
私も、びっくりしただけ、だから……」
気まずくなり、お互い沈黙が続く。
俺は沈黙に耐えかねて、こう切り出す。
「代わりに俺の髪の毛も触っていいから」
「はぁ……?」
微妙な反応をされてしまった。
しかしその直後、織枝は身を乗り出してきた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「おい、無理すんな」
さわっ。
織枝の指が俺の髪の毛に触れる。
ううっ。なんかこそばゆい……。
「なんか……カチカチしてる。
歯ブラシの毛先を触ってるみたい。
もう少し手入れしたほうがいいね」
なんか注意されてしまった。
「あと、白髪がちょっとだけあるかも」
白髪も指摘されてしまった。
マジかよ。帰ったら鏡を見ないとダメだな。
俺が髪の毛のことで悩んでいると、
ようやく級長たちが到着した。
買い物袋を抱え込んでいる。
「いやー、ごめんごめん。遅れちゃった。
買い物混んでてさぁ!」
一番先頭の茉奈は、あまり悪気なさそうに明るく言う。
「次郎さんのとった場所、ここだったんですね。
いいですね。比較的落ち着いた場所で」
級長は、俺の場所取りについて、褒める。
「……」
うしろにいて目立たない栄樹は、無言でこっちを見ている。
居心地が悪いのか、テンションが低いのか、
あまり楽しそうな表情ではない。
級長、茉奈、栄樹は、3人とも続々と座る。
俺の両隣には、織枝と栄樹、
反対側には、級長と茉奈がいる。
みんな私服だ。新鮮だなぁ。
そういえば織枝も私服だったな。
なかなかセンスがいい。俺とは違う…。
「みんなー! 飲み物は持った?
このパーティーの幹事は私、一之瀬茉奈でーす!
じゃあ、乾杯!」
俺たちは缶入りの飲み物を開けて
そのまま乾杯した。
「しかしまあ、よくこんなに飲食物を用意したな…」
「実は、ここの半分くらいは、学校の購買でそろえたんだよ」
茉奈が答える。
「そうか。言われてみれば、購買で見かけたお菓子だのパンだのがあるな」
「そうでしょ。学校外のお店で買うより安いからね」
織枝は、携帯端末を持つと、パシャリとみんなを撮影しだした。
「織枝さんは、撮影係ですね」
級長が言う。
そうだった。たしか、織枝は、このパーティーの撮影係だったのだ。
「織枝が撮影係か……」
「わたし一応書記だし、記録系のお仕事として、撮影係をしてるよ」
「まあ、撮影もたしかに、記録のうちだな」
書記の仕事も大変だな。
まあ、変な議事録書くよりは、楽な仕事かもしれないが。
パーティーの撮影なんていうのは。
しかし。
こうやって和やかに委員会で団らんしているときにも、
邪魔者は入ってくる。
酔っ払いではない。
ずっと真面目で、まともで、融通の利かない相手だった。
「そこの花見をしているあなたたち!」
びしっ!
と指をさして、こちらに近づいてくる一人の女子がいた。
俺たちと同じくらいの年齢だろうか?
その姿は、小柄ながらも、迫力はあった。
「あなたたち、もしかして……近くの学校に通ってる学生じゃないの?」
女子はそうやって問いかけてくる。
たしかに俺たちは学生だ。
しかし、いきなり突然そんな問いかけ方をして、こたえられるはずがない。
あきらかに俺たちを糾弾しようという姿勢が見え見えだったからだ。
「そういうあなたは誰なんですか」
級長が一番最初に言い放つ。
「私は、粛正委員会の東堂桐乃。
粛正委員会……あなたたちの学校で知らない者はいないと思うけど」
東堂桐乃の小さな瞳が、黒く光り、その奥には炎のようなものが見える。
やる気まんまんだ。
「その粛正委員会が何の用でしょうか」
級長も負けずに、冷静な態度を保つ。
俺と織枝は互いの顔を見合わせ、困惑する。
冷や冷やする展開だ。大丈夫だろうか。
「あなたたち、学生だけで花見をしているけれど、
学生としてその行動は大丈夫なの?
親とか先生とか……一緒じゃなくて」
「そんなことですか。
ここは学校ではないですし、校内法は適用されません。
校内法にも書いてないですよ、『学生だけで花見をしてはいけない』って」
「校内法のことを言っているのではなく、
モラルのことを言っている。
責任ある大人無しで、学生だけで騒いでいいのか?
それはモラルのないことだ」
「モラル? モラルの定義はなんですか」
「ぐっ……。言わせておけばさっきから口答えばかり!」
「質問に答えてください」
級長と粛正委員(東堂)は対立し、どちらもゆずらないようだ。
このままではまずい。
周囲の注目を浴びてしまい、嫌な噂が流れるだろう。
早くこの対立を終わらせないと……。
だが俺にいいアイデアなんてない。見守るだけだ。
そういえば、この東堂とかいう粛正委員は、
なぜこんな花見会場を歩いているのだろうか?
粛正委員会は外回りもするものなのか?
しかし、そんなことを口に出せる空気ではない。
「ねーねー、東堂さん……でいいんだっけ?
東堂さんはなぜこの花見会場に歩いているのかな?
まさか責任者無しで……粛正委員だけで歩いてないよね?」
茉奈は、空気を破るように、そう言った。
茉奈の周囲には、空気なんてまるで存在しなかったかのように、
壁がない、解放された空間があるかのようだ。
「私はマm……こほん。『家族』と一緒に花見に来ていただけだ。
だが、粛正委員会の一人として、あなたたちのことを見過ごせなかった。
気分を害したのなら許してほしい。
その昔、学生だけで花見をしていて、お遊びが過ぎて、亡くなった事例がある。
ほ、本当だぞ! 保護者無しのお遊びを舐めたら死ぬぞ!」
お遊びが過ぎて亡くなるとは一体……。
具体性に欠ける説明だが、かなり恥ずかしい死に方なのだろうか?
俺にはいまいち察せなかったが、死亡例があることはたしかなようだ。
東堂さんの顔、かなり必死だし。
「ねー東堂さんここは大目に見てよー。
だって、ほらここには、超真面目な人(級長)がいるんだから
自分たちの保護は自分たちでできるよ」
「いいや! 見過ごすことはできない!
粛正委員会への報告はしないから、
いまのうちにさっさと解散するんだ!
学生だけの花見は、認められない!」
東堂さんの目に、ふたたび火が付き始めた。
「だから、校内法にはそんなの書いていないですし、
この花見会場は、粛正委員会の活動範囲外ではないですか!
そっちこそ、粛正委員の権限の濫用で、校内法違法ですよ!」
級長もまた燃え始める。
級長の言ってることは、
論理的で、正論で、反論しようもないけど、
あまりに正論すぎて、追い詰めた相手がキレるやつだ。
「さっきから……言わせておけば!」
現に、東堂さんは、今にも爆発しそうな顔をしている。
だれかこのふたりを止めてくれ。
俺は心の中で叫んだ。
「はい! ストップ!」
級長と東堂さんの間に、誰かが入り込む。
誰だ。
その人影は、
長い黒髪をゆらめかせ、
地上に落ちた花びらを舞わせ、
颯爽と参上する。
「せ、生徒会長!」
東堂さんは驚いたような顔で、生徒会長と呼ばれた人物を見る。
「せっかくの花見なのに、喧嘩しちゃうの?
ふふっ……ふたりとも、元気なのね」
生徒会長と呼ばれた黒髪の女子は、
にこっと笑いながら、仲裁を続ける。
「生徒会長……! なぜあなたがこんなところに」
「私は生徒会で花見をしにきてるの。
まさか粛正委員会のあなたがいるとは思わなかったけど……。
とにかく、喧嘩はだめよ。
みんな見てるでしょ、ほら」
周囲を見ると、他の花見客が俺たちのことをじろじろ見ていた。
うわー、恥ずかしい。
級長と東堂さんは、そんなの気にしていないのかもしれないが。
「私たち学生が、喧嘩なんかで目立ったら、
それこそまずいわよ。
ここは私の顔に免じて……仲直りして。ね?」
生徒会長は、明るい笑顔で、にこっと笑う。
東堂さんと級長が、なんだか困った顔をすると、
まだ喧嘩を続けているとみなしたのか、
生徒会長はダメ押しをする。
「お・ね・が・い♪」
生徒会長は、きらびやかな笑顔を押し付ける。
その笑顔の隙間に、一瞬だけ鬼のような表情が見えたのは気のせいだろうか?
きっと気のせいだろう。俺は何も見てないことにした。
「せ、生徒会長がそういうなら……私は何も言いません」
東堂さんは、ふりあげた拳を、すっと降ろした。
「私も少し言い過ぎました」
級長はぺこりと謝る。
ふぅ。ほっとした。
このまま喧嘩にならずに済みそうだ。
生徒会長権限ってすごいなぁ……。
「ふたりとも、仲直りの印にハグして」
「は?」「え?」
生徒会長は、東堂さんと級長を無理やりつかんでハグさせる。
「ち、ちょっと……」
東堂さんと級長は抱き合う感じになり、
なんだかとってもあやしい感じになってしまった。
「はい、仲直り~」
生徒会長がパチパチ拍手すると、
悪乗りした茉奈も「仲直りだー!」と言って拍手し始めた。
栄樹や織枝もパチパチと軽く拍手しはじめる。
俺も……その場の空気におされてなんとなく拍手してしまった。
拍手の輪は広がり、俺たちと無関係の花見客まで拍手し始める。
パチパチパチパチ。
パチパチパチパチ。
え? なんだこれ……。
東堂さんと級長も、無言で抱き合ったまま、拍手の渦に巻き込まれる。
お互いの目はそらしている。
ふたりとも恥ずかしそうだった。
「お、おい! もういいだろ……」
「わ、私だって……もういい加減、はなれたいですし」
東堂さんと級長はぱっと離れた。
「これで仲直りは終わりね。
ふふふ……和を以て貴しとなす。
素晴らしいわ」
生徒会長は難しい言葉を使いながら、ふたりの仲直りを称賛した。
「生徒会長……! お言葉ですが、
さっき生徒会だけで花見をしてるって言ってましたよね。
どういうことですか、学生の模範とあろう生徒会が」
東堂さんは、敵とハグしてもなお、まだ戦意を失っていない。
しつこいけど、このバイタリティだけは見習いたい。
「もー、かたいことは言いっこ無しでしょ。
それに……。
いま一緒に粛正委員会の会長もいるんだから、
注意したら気まずいことになるわよ」
「なっ!? 粛正会長が……」
「うふふ」
東堂さんはがくっとうなだれてしまう。
粛正会長には逆らえないのだろうか?
東堂さんは、その場に黙り込み、反論を止めてしまった。
「ちょっと待ってください、生徒会長!
なぜ粛正委員会の会長と仲良くしているのですか。
粛正委員会は、生徒会を監視する権限も持っていたはずです。
権力分立をしていたはずです。
……これは生徒会と粛正委員会の癒着ではないのですか?」
「うふふ、あなたは真面目なのね。
1年5組の級長さん……。
たしかに、生徒会と粛正委員会は、権力分立しているけど、
それは学校内での話よ。
だってここは……学校の外でしょ。
校内法の範囲外なんだもの」
「こ、校内法の範囲外だから……!? そんな!」
「あなたも自分でさっき言ってたと思うけど、
校内法にできることは、校内にしか及ばないのよ。
校内ではしっかり権力分立はしてるつもりよ。
校内では、ね」
「くっ……!」
級長は、右のこぶしをぎゅっと握った。
怒っているようだ。
「ねー、級長、そんなとこで難しい話ばかりしてないで
早く花見の続きしようよ!」
茉奈が、級長を俺たちの世界に連れ戻す。
「茉奈さん……それもそうですね」
級長はしょぼんとしている。
生徒会長に言い返せなかったのが、だいぶ悔しかったのだろうか。
「飲んで忘れましょう!」
織枝は級長に飲料を手渡す。
級長は、少し落ち込んでいるようだったが、
飲食しているうちに、それも忘れて、一緒に盛り上がった。
しかし、さっきの級長と生徒会長の会話、気になるな。
「生徒会と粛正委員会が癒着」か。
癒着といえば、一般的には、あまりいい言葉ではない。
ニュースで聞く「癒着」は、だいたい不正絡みだ。
まさか俺たちの学校でも、何かよくないことが起きているのだろうか。
級長のさっきの落ち込みを見ると、嫌な胸騒ぎをおぼえた。
次回に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます