第5話 銀髪さんの検閲削除

「まずいな、家に財布を忘れてしまったようだ……」


昼食を購買で買おうとして、財布がないことに気づいた。

なんということだ。

お腹がぐぅと鳴る。

誰かからお金を借りようか?


ちょっと待てよ。

そういえば、学生証で支払いができるとか言ってたな。

ごそごそ。ポケットを探すと、運よく学生証を見つけた。

持っててよかった、学生証。


「学生証で支払います」

「はい、学生証ですね」


おお、いけたぞ。

学生証を「ピッ」と置いて支払いを終える。

レジの表示には「200ジンを支払いました」と表示されている。


ジン?

なんか聞きなれない通貨名だな……。

俺は外国にきたのか?


いや、違う。ここは国内の学校のはずだ。


ジンのことをいろいろ考えていると、

うしろから声がかかった。


「ねぇ、品物買ったならそこどいてほしいんだけど……。

 わたしの買う番だよ」


うしろを見ると、そこには織枝がいた。


「あっ、すまん。いや、ちょっと『ジン』って何かなって思って。

 学生証で支払うと、『200ジン支払い』って表示されたから」


「……次郎。知らないの?

 ジンというのは、校内通貨のことだよ。

 学生証に最初から10000ジンくらい付与されてるんだってさ」


「こ、校内通貨!?」


「私も最初聞いたときびっくりしたけど……。

 校内での買い物は、校内通貨を使えって言われてるよ」


「変わったシステムだな」


「ほんとにね」


俺と織枝は購買で買い物を終えると、教室に戻った。


校内通貨?

ずいぶん変わったことをする学校だな。

しかし、購買で200ジンを使ったせいで

今は少し減ってしまった。

これ、どうやって増やすんだろうか?


そんなことを考えていると、

俺の携帯端末からピロン♪という通知音が鳴った。


なんだろう?

端末の画面をのぞき込むと、通知メッセージが出ている。


「あなたの学生証に1000ジンが付与されました」


通知メッセージにはそう表示されている。

1000ジンが付与された? どういういことだ?


俺は通知メッセージの詳細を読んでみた。


「この1000ジンは、クラス委員就任ボーナスです。

 学校生活に有効に使ってください」


クラス委員就任ボーナス?

そういえば、俺は先日、クラス委員(副級長)に就任したばかりだった。


「ねぇ、次郎。

 さっき変な通知メッセージ来なかった?

 1000ジンを付与しましたとか」


織枝が俺に話しかけてくる。

織枝も同じメッセージを受け取ったようだ。


「ああ。クラス委員就任ボーナスとかで1000ジンをもらった。

 織枝もか?」


「わたしもだよ」 


織枝も、先日、クラス委員(書記)に就任した。

そうか……こんなことだけでもジンが増えるんだなぁ。


「たしか……校内でよいことをすると、ジンが増えるらしいね。

 テストでよい点とったり、部活でいい成績をあげたり、

 そうすると増えるんだって。

 ふーん。こんな感じで通知を送ってくるんだ」


「『よいこと』かぁ……。

 よし、俺も『よいこと』をして、もっとジンを増やしてみるか」


「人を手伝うと増えるらしいんだけど……。

 あ、あそこにさっそく困ってる人がいるよ」


織枝は陽子を指さした。


陽子は青い顔をして「うわーどうしよう」とか言ってて、

今にも死にそうな顔をしていた。


「陽子、どうしたんだ?」


俺は陽子の近くに行って声をかけた。


「お腹がすいて力が出ない」


「朝食抜いたのか?」


「朝食はしっかり食べた」


「……さっき買ってきたパンをあげよう」


「サンキュー次郎! 恩に着るよ!」


陽子はパンを受け取るとそれを食し、顔色がつやつやになった。


「ずいぶんおいしそうに食べたな。どんだけお腹すいてたんだ」


「えへへ。いやー、実は昼食を忘れてきてしまってね。

 それを考えるだけでお腹がすいていたのさ。

 さて、次郎にはお礼をしないとね」


お礼か。何かくれるのかな?


「わ、私の大事なものを、あげるね……」


えっ。大事なもの?

ま、まさかそんな……。おおげさな。

なんか陽子の顔赤いけど。

意味深なことを考えてしまう。


「お、おい。変な表情で変なことを言うな!」


「え? ほら、大事なジンをあげるよ」


陽子は何やら携帯端末をいじる。

すぐに、俺の携帯端末に「ぴろりん♪」という通知音が鳴る。


メッセージには

「100ジンが贈与されました。春山陽子さんから」

と表示されている。


大事なものって校内通貨かよ!

俺はがくっときたが、ジンが増えたのはいいことだと思い、気を取り直した。


「でも、100ジンももらっていいのか?」


「いいってことよ。だってジンは稼ぐこともできるんだし」


「稼ぐって……。どうやって稼ぐんだ?

 俺、さっきクラス委員就任ボーナスで1000ジンもらったけど

 クラス委員なんてそうそうなれるものじゃないし、

 今みたいなパンを与える行動も、毎日とれるわけじゃないぞ」


「ジンの稼ぎ方……知りたい? うふふっ」


陽子は、意味深なピンク色の表情を浮かべる。

さっきからお前の表現おかしいぞ。

もうちょっと健全路線を頼む。


「ここに、校内SNSがあります!

 ここにいろいろなものをアップロードすると

 賞賛された分だけ、ジンがもらえるんだって」


携帯端末を俺に見せつけると、その画面には、

陽子がアップロードしたであろう写真が大量に載っている。

その写真には、評価星がぽろぽろとついており、結構な高評価をもらっているようだ。


「マジか」


なんだか俺もやってみたくなった。

校内をうろうろして写真を撮影してアップロードしようかな。


「絵が描ける人は、イラストをアップロードしているし

 音楽ができる人は、音楽をアップロードしているよ」


「何っ……」


それはすごい。

しかし俺は絵や音楽はからっきしだ。

やはり写真がいいかもしれない。


よし、校内でシャッターチャンスを狙うぞ!

俺は携帯端末をにぎりしめると、

適当に何枚か写真をとって、校内SNSにアップロードした。


どれも自信作ばかりだ。

花壇の花! 雑草! 青空! 理科室の骸骨! トイレ!


陽子だけが俺の自信作を褒めたたえてくれたらしく、

わずか1ジンが俺の学生証に付与されたのだった。


「なぜだ! SNSで稼ぐのは楽じゃない!」


「まあそんなにうまくはいかないよ。

 みんな似たような投稿をしているわけだから」


「どうやったらうまくいくんだ?」


「そうだね……織枝、こっちへおいで」


陽子は、織枝を自分のすぐ近くに招き寄せる。


「えっ? 何するの……?」


不安そうな顔を見せる織枝。


「ほら、こうするのよ」

「きゃっ!?」


陽子は、織枝を強く抱き寄せる。

そして、そのまま携帯端末を使って自撮りを行った。


写真の中に写るのは、

銀髪の美少女と、それなりの美少女が密着しているかのような構図。


アップロードされたその写真は、評価星がバンバン上がっていく。


「まぁこんな感じの写真が撮影できればすごく評価されるってこと」


陽子は手慣れているかのような表情をキメる。


「織枝、もっと撮影しよう」


「ちょっ、陽子、勝手に撮らないで!」


陽子は、携帯端末をカメラのように構え、織枝をいろいろな角度から撮影し始める。

……そんなに低い角度で大丈夫か?

俺はだんだん不安になってきた。


織枝のすべての写真は、相当な高評価がついたらしく、

モデルの織枝と、撮影者の陽子に、かなりのジンが届く。

笑顔になる陽子と、恥ずかしそうな顔の織枝。


しかしなんということだ。

自撮りをアップロードするだけでこんなにお金がもらえるのか……。

俺も自撮りをすればいいのか?


自分の顔に携帯端末のカメラを向けたところで、

俺は正気に戻った。あぶなかった。

下手したらマイナス評価ものだ。

学校にも行けなくなる…。

俺は正気に戻った自分を褒めた。


俺は、改めて、アップロードされた織枝の写真を眺める。

……いい角度だ。素晴らしい。

陽子は写真の才能があるんじゃないか?(性的な意味で)


角度以外のことを話そう。

織枝の銀髪が目立ち、妖精のごとく、写真を彩っている。

やはり銀髪はいいものだ……うっとり。


しかし、甘美なひとときはいつまでも続かない。


「あれ? 次の写真が表示されないぞ?」


次に出たメッセージは「この写真は検閲により削除されました」と出た。

検閲ってなんだよ。

難しい言葉が出てきたな。


気づくと、織枝の他の写真も次々と削除されていったようだ。

もうどれも見れない。

なんということだ。

検閲検閲検閲。やばい。検閲だらけだ。


誰が検閲したんだ?


「織枝の写真、いま、ほとんど検閲とかで消えてしまった」


「え? マジかー」


陽子は驚いたように言う。


「いったい誰がこんなことを……」


「あっ、検閲理由と名前が書いてある」


「どれどれ」


「検閲理由:風紀を乱す画像

 検閲者名:粛正委員会」


「は? なんだこの粛正委員会って?」


「私もわからん」


「聞いたことがあるよ……。

 たしかこの学校の風紀の乱れとかを正すために

 存在する委員会なんだって」


織枝は静かに語る。

粛正委員会?

なんかやばそうな名前。

竹刀をもってうろついている、生真面目な学生のイメージが思い浮かぶ。

あまり関わり合いになりたくない。


しかし、写真アップロードから検閲削除までの時間が異様に早かった気がする。

もしかして、校内SNSは四六時中チェックされてるのか?

これはやりづらいな。

俺も自撮りしていたら検閲削除されていたのだろうか?

それは神のみぞ知る。


「校内SNSも、粛正委員会の監視対象ってわけか。

 気を付けないとやばいなぁ…」


「ああっ!? なんだこれ!」


いきなり陽子が叫びだした。


「そんなに驚いて、

 いったいどうしたんだよ」


「お、お金が……減ってる!」


「は?」


「ジンが減ってるんだってば!

 え? 罰金!? 嘘っ!」


陽子の悲鳴があがる。

陽子の携帯端末の通知メッセージには

「校内法違反のため罰金1000ジン」と表示されていた。

おそらく、粛正委員会の検閲削除のせいだろう。

罰金理由なんてそれしか考えられない。


「ショックー! もう、なんなの!

 粛正委員会……マジむかつく」


陽子の怒りの炎が、粛正委員会に向けられる。

おそらく、陽子だけではなく、少なくない学生が、

粛正委員会に敵意を持っているかもしれない。

こんなにも検閲が厳しいのだから……。


幸い、織枝の写真の中でも、健全度の高い画像だけは残っていた。

真面目な角度の写真ばかりだ。

粛正委員会の中の人たちも、なんでもかんでも削除するわけではないようだ。


「はぁ……1000ジン失うのは結構痛いなぁ」


俺は陽子になんと声をかけていいかわからなかったが、

とりあえず慰めることにした。


「陽子……残念だったな。その、なんて言っていいか」


「ふっふっふ……。そう落ち込むことはないよ。

 校内SNSで稼げなくても、

 実は登校して着席するだけでもジンは増える」


「なんだと……」


「1日10ジンとかいう増えた実感があまりない単位だけどね」


「ログインボーナスみたいな」


「そうだよ。

 でも連続で登校すると、もらえる単位がどんどん増えていくみたいなのよ」


「すごいなー俺毎日登校したくなるかも」


「遅刻すると増えないし、連続登校記録は消えるけどね」


「マジかよ」


「でもいいことばかりではないよ。

 先輩たちからチラッと聞いたけど、

 こういう変なログインボーナスをもうけたせいで、

 風邪や病気でも登校する人が増えて、

 問題になってるって話が出てたよ」


「そうか、それはそれでまずいなぁ」


たしかに、風邪や病気にかかっても

ジン(お金)欲しさに登校するのはまずいんじゃないだろうか?

俺だったら、もし風邪や病気になったら、お金欲しさに無理やり登校するだろうか?

そればかりは実際になってみないと、わからないな……。


俺が思考していると、織枝が口をはさんでくる。


「ちょっといい? 私も最近聞いた話があるんだけど…。

 ジンの付与条件は、校内法で決まっているんだって。

 登校することでジンがもらえるのは、『校内法』で整備されているからなの」


へぇ……。校内法?

なんだそれは。校則みたいなものか?


「登校ボーナスで無理して登校する人が増えている件は、

 生徒会でも議論されたそうなんだけど、

 なかなか登校ボーナスは廃止できないんだって。

 反対する人が多いから」


「反対する人が多いんだね……」


「そう。風邪や病気は毎日かかるものではないから、

 たかだか数日程度の風邪や病気への配慮のために、登校ボーナスを無くすな!

 っていう意見が多いんだって」


なかなか根深い問題のようだ……。


「無理して登校して悪化するとか、みんなに感染するとか、

 そういうことを想定している人も少なくないはずなんだけど、

 そんなことより、お金をもらえるほうがいいみたいだね」


簡単に決着のつく話ではないようだ。


「なんだか簡単には登校ボーナスは無くならなさそうだな」


「校内法を変えないかぎりは、無くならないと思うよ」


「こういう校内法って変えられるものなのか?」


「校内法は、生徒会が作っているんだから、

 校内法を変えてもらうには、生徒会に言わないといけないの。

 今の生徒会で議論されても登校ボーナスが続いてるってことは、

 少なくとも、今の生徒会では、登校ボーナスは無くならないと思うよ」

  

「そうか……」


俺は返答に困り、そのまま黙ってしまう。

深く考えないと、いい答えは無さそうな問題だ。

登校ボーナス問題……。


俺が黙っていると、今度は、陽子が口をはさんでくる。


「そういえば、さっきの粛正委員会の検閲削除にちらっと書いてあったけど

 たしか『校内法違反』だったよね」


「おそらく粛正委員会の検閲削除基準も、

 校内法で決まっているんだろうな」


「その校内法とやらにクレームをつけて、

 検閲削除基準を甘くしてもらえないかなぁ」


「生徒会にお金とか何かあげれば、校内法を変えてもらえるかもな。ははっ」


俺は冗談っぽく言った。


「そうか……そうだよね。

 生徒会にいろいろサービスすればなんか甘くしてもらえるかも」


「おいおい、冗談だよ。

 やばいっしょ……実際にそういうことしたら」


「じゃあ文句つけることにする」


陽子は割と本気のようだ。

生徒会や粛正委員会を敵に回して大丈夫なのだろうか。


俺も変えたほうがいいものは、変えたほうがいいと思うが、

個人だけの意見で何か変えてもらうほど甘いものではないはずだ。


それに、生徒会や粛正委員会の人たちって、

真面目すぎる人たちが集まってて、

近寄りがたいイメージがある。


俺は、この日、

「生徒会」「粛正委員会」「校内法」

といったキーワードを頭に刻むのだった。


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