第4話 銀髪さんの第一書記
「次郎君……。あ、あの。話があります」
級長はもじもじとしながら、俺を話に誘おうとする。
一体なんなんだろうか?
いつも冷静な級長らしくない。
「どうした?」
「今週中に、私たちのクラスの、会計と書記を決めなければならないのですが」
「ああ、その話か……」
昨日のホームルームで、級長と副級長(俺)が決まった。
あとはクラス委員である「会計」「書記」を決めろと担任に言われていたのだった。
それで今日、会計と書記を決めるべく、ホームルームで立候補を促したのだが……。
立候補、ゼロ。
つまり、誰もやりたがっていない、ということだ。
ある程度こうなることはわかっていたけど、面倒なことになってしまったなぁ。
「明日も立候補を集うのか?
たぶん今日と同じ結果になると思うけど」
「そこをどうにかしたいと思っています。
立候補が出ない以上、策を練る必要があるかな、と」
級長は、眼鏡をくいっと上げた。
「次郎君のほうでもいい案は無いかなって思って」
「うーん、立候補が駄目なら他薦とかどうだ?」
「他薦は私も考えましたが、ダメです。
入学数日程度で、お互いあまり知らない状態で、
他の人を推薦するなんて難しいと思いました」
「そうか……。
なら他薦もダメだな」
「立候補もだめ、他薦もだめ、
となると、残る手は『指名』しかないですね」
「指名?」
「私たちが、書記や会計にふさわしいと思った人を指名するのです」
クラスの誰か2名を、書記や会計に選ぶ、ということか。
強制的な選択となるので、クラスのみんなに反感を持たれそうなのが嫌だが…。
誰もやってくれないなら、そうするしかない。
「で、次郎君。
その……私は友達がいないので、
指名したい人が思いつかないので…」
もじもじとする級長。
友達がいない、という部分が恥ずかしくて、言いにくそうな雰囲気だった。
「次郎君のほうで、知っている人で……書記や会計にふさわしそうな人はいますか?」
俺がこのクラスで知っている人は、
春山陽子か、乾織枝。この2名しか知らない。
でもこの二人の名前を挙げていいのだろうか?
俺は、織枝のことを忘れるために、
クラス委員になったつもりだが、
織枝をクラス委員として加入させてしまえば、
その目的を達成できなくなる。
俺は「知らない」と言おうと思ったが、
級長の目が少しだけうるんでいる気がしたので、
「だいぶ困っているのかな」と思い、
冷たい言葉を出すことができなかった。
あーもう、仕方ないな……。
「書記や会計にふさわしいかどうかわからないけど、
乾織枝と春山陽子とは、入学してから何回か話した」
言ってしまった。
俺は非情な男にはなれなかった……。
「織枝さんって……あの銀髪の」
「そうだよ」
「織枝さん。
きれいな銀髪だから、よくおぼえている。
私もいつか話してみたいなって思ってたけど
まだ話していなくて……」
級長は照れたような笑みを浮かべる。
そうか、級長は、まだ織枝と話したことは無かったのか。
俺も、入学式の日に、織枝とばったり出会ってなければ
同じだっただろうな……。
「面接したいです。
委員として一緒にやっていけるか、
織枝さんと陽子さんのことをよく知りたいですね」
「面接だとなんか堅苦しいな……。
そうだ、昼飯でも一緒に食べたらどうだ」
「いいですね、それ」
「陽子と織枝には、俺から話をしておくからさ」
さて、級長には威勢の良いことを言ってしまったが、
果たして陽子と織枝は、許してくれるだろうか……?
不安がよぎる。
級長は割と理性的で冷静な性格のように見えるが、
織枝はおとなしくて人見知りだし、
陽子は明るくポジティブだが、アバウトで細かいことは気にしない。
3人とも相性はあうのだろうか。
まあ、どうにかなるだろう。
俺は多少のポジティブシンキングを駆使して、
この場を乗り切ろうと思った。
ちょうどいいところに、陽子と織枝が一緒に座っている。
よし、今のうちに訊いてみるか。
「織枝、陽子、ちょっといいか」
「何? 真面目な顔をして」
陽子が反応する。
「俺はいつも真面目だよ。
そんなことより……きょうの昼飯なんだけど、
時間あるか?」
「何さ?」
「級長が、一緒に昼食をとりたいんだとよ」
「え? 級長が?」
陽子はきょとんとして、隣にいる織枝と顔を見合わせる。
織枝も、同じ気持ちなのか、少し驚いた顔をしている。
「別にかまわないけど……どうして級長さんが?」
織枝は不安げな表情を見せる。
「は、話してみればわかるさ」
俺は適当に話を濁した。
「ははーん。さては、書記と会計が決まらないから相談したいんでしょ」
陽子は相変わらず鋭い。
俺は「それはどうかな、ははは」とやや棒読み気味に答えたあと、
チーターのような速さで、そそくさと立ち去った。
やがて昼食時間がきた。
「……」
「……」
「……」
「……」
無言の時間が流れる。
級長と、織枝と、陽子と、そして俺。
4人で集まって、向かい合って、そして黙っている。
お前らなんで一斉に黙っているんだ! 俺もだけど!
あまりの沈黙に涙が出そうだったので、俺は自分から話しかけることにした。
「えー、こほん!」
校長の冒頭挨拶みたいな、
あまりに古典的な咳払いをしたあと、
俺は話を切り出した。
「きょうはいい天気ですね」
とりあえず天気の話から入るのは鉄則だろう。
天気は、みんなに通じる、最強の話題だ。
「……?」
「……は?」
「……」
なんだ、その反応は。
あれ? ノリが悪いぞ!?
外したか……。
「あの……」
今度は、級長が話を切り出した。
「ご、ご趣味はなんですか?」
お見合いかな?
「し、趣味は……」
織枝はなんとかこたえようと必死だ。
「級長のお弁当けっこうかわいいね」
陽子があっさりと切り出した。
「そ、そうですか……?」
級長は照れたように、舌をペロっと出した。
「そうだよ。もっと鉄っぽくて重たそうな弁当だと思ってた」
「わ、私、そんなイメージですかね」
「あ、ごめんね。別にひどいイメージを持ってるわけじゃないけど……。
級長さんは理知的で、冷静で重ためなイメージがあったから。
そんな小さくて赤オレンジ系の弁当箱を見せられると驚くよ。
何が入っているのかな?」
「も…もやしとか」
「もやし!?」
「あと、ミックスベジタブル」
「わぁー、いろいろ入ってるね! すごいね!」
陽子は級長さんをほめまくった。
もやしとベジタブルミックスの何がいいのか俺にはわからないけれど、
陽子が話題を出したおかげで、なんとかその場をしのげそうだ。
「級長の弁当、野菜が多くて健康的だね」
「うちはこういうの気にしてますから……。
陽子さんのお弁当は……結構大きいですね」
「私はよく食べるからね!
いっぱいあるから……1個あげるよ、級長」
「え? い、いいんですか?」
「いいんだよ。ほら、あーんして」
「え? た、食べさせてくれるのですか」
「そうだよ。ほらお口あけて」
陽子は、級長の口にプチトマトを「あーん」と食べさせた。
級長は、恥ずかしそうに、戸惑いながらも、プチトマトをほおばる。
「いっぱい食べ物があると、
こうやって食べさせることで、
人とコミュニケーションがとれるんだよ」
「なるほど……」
陽子なりのコミュニケーション論を展開させる。
単に食いしん坊なだけでは無いようだ。
というか、俺にも食べさせてほしい。
俺は物欲しそうな目線を陽子にチラチラと送るが、
陽子には気づいてもらえなかった。
「織枝さんは……サンドイッチなんですね」
「まあ手軽だからね。
他人とシェアするのは難しい食べ物だけど…」
織枝の手元には、レタスやハムなどを挟んだサンドイッチがあった。
どうも手作りっぽいが、結構簡素な作りをしている。
簡素なサンドイッチでもいいから食べさせてほしい。
俺は物欲しそうな目線を織枝にチラチラと送るが、
織枝から目線をそらされてしまった。
なんだかいたたまれなくなってきたので
俺は本題を切り出すことにした。
「あの、級長。そろそろいいか?
話さないといけないことがあるし」
「え? もう話すのですか」
「そうだよ。本題は早いほうがいい」
「……もう少し会話を続けたかったのですが、仕方ないですね」
級長は眼鏡をくいっと上げると、
真面目そうな顔つきになる。
「ずばり言えば、織枝さんと陽子さん。
会計と書記に興味はありませんか?
私は……スカウトしにきました」
「スカウト? 年俸はいくら?」
「お金は出ないから!」
「残念だ」
「残念がらないで!」
「会計? 私、細かいお金の計算は苦手なんだよね。
ついつい財布の中に細かいお釣りがたまってしまうのよね。
書記も……そんなに字がきれいなタイプじゃないし
日記やメモとかつけるのそんな得意じゃないのよね」
陽子はあっさり断った。細かいことは嫌いなようだ。
「えっと私は……」
織枝は言葉を止めた。なにやら考え込んでいるようだ。
困っているような表情を俺や陽子に向けてくる。
やるかどうかで悩んでいるんだろう。
俺もいきなり聞かれたら困っていたと思う。
断ってくれ、と俺は思っていた。
と同時に、織枝と一緒に委員の仕事をしたいな、とも思っていた。
矛盾しているけれど、ふたつの気持ちがあった。
織枝がいると、意識してしまってやりづらい。
でも、織枝がいると、喜びを感じることもある。
うーん。俺ってめんどうくさい生き物だな。
ということで、運を天に任せた。
なっても、ならなくてもいい。
「書記と会計ってどんなことするの?」
織枝はまず質問をぶつけた。
それに、級長は笑顔で答える。
「書記は、クラスで物事を決めるときに、
黒板に文字を書いたり、議事録を書いたりする人のことです。
会計は、クラスで使うお金の管理を行います」
「……」
織枝は、口をぽかんと開ける。
「今の説明では、半分しかわからなかった」と言いたそうな顔だ。
「わかったような、わからないような……
会計が一番よくわかりにくい。
クラスで使うお金なんてあるのかなぁ」
「文化祭とかで、クラスに予算が配分されるんだけど、
そういう場合の予算をどれくらい使ってるとか
チェックしたりするんです。
あとは……クラスで旅行みたいなことをしたとき、
宿泊費用とか、そういうお金のチェックもするんですよ」
「なるほど」
なるほど。
俺もそう思った。
やはり、長年級長を担当してきた人は、委員の仕事をよく知っている。
「でも私……あまりこういう仕事は得意でなくて」
織枝は断りそうな雰囲気をかもしだしてきた。
「な……なんですって」
級長の顔が凍り付く。
たぶんけっこう織枝と陽子をあてにしていたと思う。
これで断られたら、またやり直しだ。
級長はいったいどういう手に出るだろうか。
俺は事態を見守った。
「字は綺麗だねって言われるんですけど
そんなに書記の仕事に興味ないというか……。
あと、会計ってそんなよくわからないし」
「織枝さん!」
級長は、身を乗り出すと、織枝の手をぎゅっとにぎった。
「織枝さん……私はあなたが欲しいです!」
級長は、うるんだ瞳で、織枝に懇願する。
大きめの声だったので、周囲の注目が向けられる。
俺も驚いてすっかりあっけにとられてしまった。
「えぇ?」
織枝は戸惑って顔を赤くした。
「織枝さん……実はうしろからあなたを見ていました。
字がキレイで、書記向きだなって思ってました。
ノートも几帳面にとっているようだし、
その力をぜひ書記として使っていただきたいです!」
ストーカーめいた発言をしながら、級長は織枝を落とそうと必死だ。
俺も内心ドン引きしたが、顔はクールを装った。
「き、級長がそこまでやってほしいっていうなら、いいけど……」
級長の熱意(?)に負けたのか、
織枝はしぶしぶ困惑しながら、書記の就任に同意した。
あとは会計だけだ。
陽子はあまり頼りにならない。
俺も陽子の性格を詳しく知っているわけではないが、
南国気質のアバウトな雰囲気を感じることが多い。
こいつにお金を任せたら、お金が失踪してしまいそうだと思う。
しかし、それにしても、お金のチェックに厳しい学生なんているのだろうか?
それはそれでちょっと嫌なんだけど……。
とりあえず、会計については、本日のホームルームで再度呼びかけることにした。
「えーと、皆さん。
クラス級長の土田里子です。
先日は書記と会計が出なかったのですが、
ついに書記が決まりました。
乾織枝さんです」
級長の横には、書記となった織枝がいた。
クラスのみんなからは「ざわっ」と少し反応があった。
意外なチョイスだったのだろうか。
「あとは会計が決まってなくて……誰か立候補いませんか」
級長は困った顔で、みんなに呼びかける。
「はい!」
3秒とたたずに声が聞こえた。
立候補を集ったものの、
まさかこんなにすぐ立候補が出るとは思わなかった。
声の主は女生徒だった。
とりたてて目立たない雰囲気の子だ。
こんな子、自己紹介のときにいたかな?っていうくらい、少し雰囲気は地味で薄い。
「一之瀬マナです。
わたしは会計じゃなくて書記がやりたいです」
「え? なんだって?」
思わず俺は妙な声をあげてしまった。
難聴だというわけではない。
信じられない言葉がきたので、
変な反応をしてしまったというだけだ。
すでに書記は決まっている。さっき級長も言った。
その状況で、書記をやりたいとか、どういうことだ。
積極的なのは、悪いことではないのだが……。
俺と級長は顔を見合わせた。
「書記はすでに決まったので募集してないですが……。
というか、昨日どうして立候補しなかったのですか」
「決心つかなかったんだもん。
昨日の夜、いろいろ考えて決めました。ダメ?」
「駄目も何も、すでにもう決まってて」
「書記2人体制でやればいいじゃん♪」
マナは、語尾に音符をつけながら、軽そうなノリで答える。
「それはそうだけど……」
級長は困ったような顔をして、俺と顔を見合わせる。
うーん。
別に書記がふたりいてもいいけど
誰が会計をやるんだ? 俺は途方に暮れた。
「会計なら私が決めますよ。
書記ふたりとか無理言っちゃったので」
マナに会計を決められるのだろうか?
俺は不安になった。
なんだかこの一之瀬マナとかいう女子、
終始ノリが軽く、適当に決めてしまいそうだったからだ。
「待て、会計は俺たちが決めるから」
俺もさすがに止めようとしたが、マナの暴走は止まらない。
「むかし、私と同じ学校に通ってて、
結構数学得意な男子がいるんですよ。
ね? 赤嶺栄樹」
マナは、少し離れた席の男子に声をかけた。
眼鏡をかけた、少々暗そうな雰囲気の男子だ。
赤嶺栄樹(あかみね さかき)か……。
あまりよく知らない奴だ。
クラスの自己紹介が先日あったけど、あまり覚えてないな。
自分の自己紹介どうするか、必死で考えすぎてて、
他人の自己紹介なんてあまり聞いてなかったし。
「ぼ、僕かい? ……困ったな」
嫌そうな顔をする。
だが、押しに弱いのか、マナの勧誘に、結局、首を縦に振るのだった。
赤嶺栄樹はこうして会計となった。
「ね? 栄樹は細かいことをよく気にするから、
お金の計算なんてオッケーですよ。大丈夫だってば」
いいこと言ってるのか、悪いこと言ってるのか、よくわからないけど、
これで書記と会計は決まった。
俺と級長はあきれてしまったが、マナが暴走しなければ、
すぐには決まらなかっただろう。
複雑な気持ちを抱えながらも、
1年5組のクラス委員会が本日発足した。
■1年5組 クラス委員会
級長:土田里子
副級長:右城次郎
会計:赤嶺栄樹
書記:乾織枝
書記:一之瀬マナ
「ところで、書記がふたりいますけど、
ちょっと読み方の区別が難しいですね。
どうしましょうか」
「うーん……じゃあ
乾織枝は、第一書記にして、
一之瀬マナは、第二書記としようかな」
■1年5組 クラス委員会
級長:土田里子
副級長:右城次郎
会計:赤嶺栄樹
第一書記:乾織枝
第二書記:一之瀬マナ
これでよし。
どうでもいいけど、級長の名前、すごく泥臭い印象がする。
さて、この委員会に陽子はいない。
それがよいことか、悪いことか、どうなるかわからないけど
少なくとも、このなかで織枝と気軽に話せるのは自分だけだろう。
「ところで早速なんですけど……」
級長が何やら話を切り出してきた。
いったいなんだろう?
「先生から、清掃の分担表を作るように言われています。
さっそく取り組みましょう」
「えー!? いきなり仕事か!」
「そうです。まあがんばりましょう」
というわけで、クラス委員会発足当日から仕事が降ってきて
苦労する羽目になるのだった…
続く
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