第3話 銀髪さんのポピュリズム
入学してから2日たって、まだ新入生気分が抜け切れてない。
いやまあ実際新入生だし、まだまだ学校生活に慣れるには、もう少し時間が要る。
みんな、まだお互い慣れていない様子で、授業も静かだ。
俺は授業内容も気がかりだが、
それ以上に、織枝と陽子のことが気になっていた。
自己紹介の一件以来、ふたりとも、より仲を深めたように見えた。
休み時間はずっと話してるし、体にも触れている気がする。
こんな感じで、織枝と陽子はとても仲睦まじく、
俺が言うのもなんだが…
少し嫉妬を感じていた。
織枝に最初に話しかけたのは俺なのに……。
嫉妬はよくない。
他に話す友達もいない俺は、そういうことばかりにとらわれていて、
ぼうっとしだしていた。
よくないことだ。
俺は別に恋愛(?)するために学校に来ているわけではない。
何かに打ち込むことで忘れることにしよう。
そんな中、担任は言い出した。
「一学期の級長(学級委員長)を決めてほしい。
立候補したい人はいますか?」
級長か……。
俺は一度もやったことがない。
どんな仕事かもいまいちわからない。
クラスの雑用な気がするんだけど違うか?
席替えのくじを配るとか……
担任のかわりにプリントを配るとか……
文化祭の出し物を決めるとか……
想像するとめんどうくさそうだ。
まあ一学期だけならやってもいいかな?
担任から信頼も得られるはずだし、悪い選択ではないだろう。
俺は、まわりのみんなの様子を、チラチラ確認しながら、
ゆっくりと手をあげた。
あっ。
他にもいる。手をあげた奴が。
「おやっ。珍しいわね。
二人も立候補者がいる。
こんなことあまり無いんだけどね」
担任の先生は驚いたように声をあげる。
こんなことはあまり無いようだ。
俺も驚いている。
今までの経験上、学級委員長を選ぶときに、立候補はなかなかいないからだ。
俺は、もうひとりの立候補者の顔をちらっと見る。
眼鏡をかけた真面目そうな女子だ。
ああ、彼女は級長経験者なんだろうなぁ。と思わせる風格だった。
彼女の名前はなんだっただろうか?
自己紹介のときに、名前くらい聞いたはずだが、
すっかり名前なんてものは忘れていた。
仕方ない。
彼女のことを仮に「級長候補」と名付けておこう。
「立候補が二人ということで、
じゃんけんで決めようかな」
担任は、俺と級長候補にじゃんけんをさせようとした。
仕方ない。
じゃんけんで決めるしかないか……。
と思ったそのときだった。
級長候補は変なことを言い出した。
「じゃんけんはよくありません。
運任せでリーダーを決めるなんて……」
眼鏡の奥の目が鈍く光ったような気がした。
級長候補は言葉を続ける。
「じゃんけんで決めるのは、
簡単ですし、時間もかからないし、
1クラスの級長程度の責任能力では
妥当な決め方だと思います。
でも……」
「でも?」
「選挙をしませんか?」
「せ、選挙!?」
「選挙というのは大げさですがね。
みんなの投票で決めましょう。
私か、右城次郎か…」
級長候補さんは、俺のフルネームをおぼえていた。
クラス全員の自己紹介してから1日しか経っていない。
よほどインパクトある奴か、昔からの友人でないかぎり、
同じクラスになったばかりの人の名前なんて、
なかなかおぼえられない。
級長候補さんは、ずいぶん記憶力が良いようだ。
「えー。
じゃんけんのほうが楽でよくない?
投票とかだるいし」
クラスのどこかから、不満の声があがる。
「皆さん。聞いてください。
18歳になれば選挙権がもらえるんですよ。
その予行演習として、級長戦を通じて投票を学んでみませんか?」
級長候補はすらすらと述べる。
すごくこういう演説的なことに慣れているようだ……。
まさかと思うが、どこかの政治家の娘だったりするのだろうか?
特にクラスからは反対の声はあがらない。
級長候補の意見に賛同しているというより、
級長候補にあまり絡みたくないという遠慮のほうが強いように見えた。
みんなの視線が、担任に集中する。
担任の言動次第で、選挙するのか、じゃんけんするしかないのか、
決まってしまうからだ。
「こほん」
担任は短く咳払いをした。なんか気まずそうな表情をしている。
「右城君。級長を決めるために投票したいっていう意見があるけど…。
どうする? 立候補、続ける?」
「えっ。俺は……」
担任に突然話を振られて、俺は戸惑った。
「立候補、続ける?」ってどういう意味の質問なんだろうか?
俺が答えに困っていると、級長候補が口をはさんできた。
「先生。次郎君の立候補辞退を促しているのでしょうか?
だめですよ。
立候補が私ひとりだけになったら、
投票する必要がなくなってしまいます」
なるほど。
だから担任は、
俺に「立候補、続ける?(辞めてもいいのよ)」
と聞いてきたわけか。
担任の先生からしてみれば、
たかだか数分程度のホームルームで、
級長決めるための投票なんてめんどくさいものをやりたくない。
だけど「とっととじゃんけんで決めろ」とも言いづらいので、
俺に立候補をやめろと言いたかったわけだ……。
担任の先生も、ずいぶん機転を利かせたみたいだけど
級長候補のほうが、ひと回り上だった。
「投票で決めてもいいけど……。
あと3分でホームルームは終わりよ。
それまでに投票で決められるの?」
担任は困ったように、級長候補に問いかける。
「何もきょう決めなくていいと思います。
明日のホームルームは少し時間が長かったですよね。
そのときに決めましょう」
「え、ええ、まあそれなら……」
担任が折れてしまった。
クラス全員の顔がだるさ満点のような雰囲気になる。
おそらく生徒を抑えられる最後の砦である、
担任が折れてしまった以上は、
投票はやらざるを得ない。
なんということだ。
俺が下手に級長に立候補したばかりに、
投票とかいう妙なことをしなければならなくなった。
そして級長候補は去り際に言った。
「……次郎君。
明日、投票前に、立候補者のアピールをしないか?
なんで立候補者アピールするのかって?
それは、投票するために、
有権者であるクラスのみんなの判断が必要だからだよ。
私が先にアピールする。次郎君は最後でいい。
どうだろうか」
どうだろうか?
と言われても……。やるしかないよなぁ。この空気では。
俺は静かに「わかった」とだけ答えた。
「それでは、明日、よろしくね」
級長候補は鞄を持ち出すと、教室から出て行った。
すかさず、隣の席の陽子が話しかけてくる。
「どうすんのさ。次郎。
やばくない?」
やばいに決まっているだろう。
まず、ただ学級委員長を決めるだけのことで
投票を提案してくるあたりがやばい。
担任の反対を押し切って、
実際に投票に持ち込んじゃったのもやばい。
もっと言えば、
投票前のアピールをしなければならないのもやばい。
あんなのに勝てるとは思えない。
すべてがやばい。
俺は明日の投票のことを思って、胃が痛くなってきた。
入学二日目でどうしてこうなった。
わけがわからないよ。
あとさ、自己アピールってなんだよ。
そんなのできるわけないだろ。
俺は心の中で、ふて腐れていた。
「俺は明日学校には来ない」
冗談まじりに飛ばした。
「意外にいい方法かもしれないよ。
だって……投票しなくてよくなるし」
「そうだろう。不戦敗万歳だ」
俺は自虐気味に言ったが、
むなしくなるだけだった。
あの級長候補は、
たしかにめんどうな相手ではあるが
そのまま不戦敗をするのも、
自分のプライドが許さない。
このままでは言われっぱなしの独壇場ではないか。
でも戦ったら確実に負けるだろう…。
相手は級長を昔からやってるだろうし、弁も立つ。
勝てる要素なんて無い。
まぁ、そもそも勝つ必要など無いのだが……。
俺は級長になるために、
命かけてるような人間ではないのだから。
そこらへんの一般男子生徒だ。
だからと言って、何もせずに負けるのもしゃくにさわる。
今まで俺は、
負けるとわかっててわざわざ戦いにいく奴をバカにしていたけど、
いざ自分がそうなると、プライドが邪魔をして、
なかなか退くことができない。困ったものだ……。
「……不戦敗はカッコ悪いな。やっぱ頑張る」
このまま迷っていても仕方がない。
腹をくくって、自己アピールを考えていけばいい。
「次郎……。
あんまやる気の無い人だと思ってたけど
意外とやるねぇ」
陽子は意外そうな目で俺を見た。
「っていうか、なんで級長に立候補したの。
それ言わないと自己アピールなんてできなくない?」
うっ。いきなりそれを聞くか。
そんなの陽子に言えるわけがない。
「俺は織枝が好きだ。
でも最近の織枝は、陽子と仲が良い。
俺は陽子に嫉妬している。
そんな陽子への嫉妬を忘れるため、
級長になって仕事に没頭したかったんだ……」
そんなことをサラっと言える素直な人間になりたい。
もちろん言えない。
じゃあどうする。
どんな理由を述べればいい?
理由なんて述べなくても、「秘密だ」と言うだけでもいいのではないか。
でもそれじゃ明日の自己アピールで困ることになる。
クラスのみんなの前で「立候補した理由は…秘密です!」なんて言えるかよ。
立候補動機が不明な奴に、どうやって投票するというのだろう。
実際に政治家が立候補するときに「立候補の理由は秘密です」なんて言おうものなら
たぶん投票されないだろう。
うーん。
じゃあ今のうちに立候補の理由は言えていたほうがいいな。
たとえそれが、実際の理由でないとしても……。
はっ。
陽子の目が
「なんでこの人さっきから黙っているんだろう?」
と言いたげな雰囲気を出している。
少し沈黙しすぎた。何か言わねば……。
「俺は今まで不真面目だったから、
何かクラスの為になる仕事をしたかっただけだ」
必死になってひねりだした答えはそれだった。
個人的には悪くない理由だ。
誰に行っても恥ずかしくない理由を作れた。
心の中でガッツポーズした。
「え? ……それだけ?」
陽子は、拍子抜けしたようだった。
あまりに薄すぎる反応に、俺はがっくりときた。
やはりさっき考えたばかりの薄っぺらい理由では、
納得されにくいのだろうか。
俺は反論する。
「それだけってなんだよ。
そ、それ以外に理由があるとでも言いたいのか…」
内心、俺はびくびくしていた。
まさか本当の理由を見透かされていないよな?
いや、そんなまさか。
たしかに女性のカンは鋭いと言うけれど、
俺の真の動機まで知っているとは思えない。
知り合って二日目でそこまでできるはずがない。
「いや、別に。もっと深い理由があると思ってた。
次郎はどちらかというと、
明るいキャラクターじゃないし、
めっちゃいろいろ考えてそうだから。
さっきさ、結構考えてたでしょ。
何かやばい理由でもあんのかなって思ったよ」
やばい理由ありまくりで背筋が冷えた。
もしかして、
俺の真の動機(嫉妬を忘れる為)を
見透かす寸前だったのではないか。
「次郎は明るいキャラクターじゃない」
とはっきり言われたこともショックだった。
いや、たしかに俺は「明るい」とは、言えないけど……。
陽子は言葉を続ける。
「でも……そうだね。
それだけの理由じゃ、あの級長候補には勝てないかもね。
あの級長候補、たぶん経験者だよ。絶対そう。
雰囲気が醸し出してるもん。
たぶん今までの級長経験をぺらぺら話して
自分の優位性をアピールするに決まっている。
それに対して、次郎が言うのは
『いままで不真面目だった俺が今からクラスに貢献する』
だけだし、弱いよね」
陽子の容赦ない指摘が飛ぶ。
俺もたしかにそうだと思う。
「いままで不真面目だった俺が今からクラスに貢献する」
という理由はシンプルで好きだが、いまいち決め手にかける。
陽子。
もっと何かいいアピールにつながる理由はないか。
俺は期待を込めた視線を送る。
「まぁ、そういうことで、もっといろいろ考えたほうがいいよ。
私はこれ以上いい考えは浮かばないな」
「えー」
俺は途方に暮れた。
そんなに都合のいいアイデアなどポンポン出るはずもない。
陽子も匙を投げてしまっている。
「ねー、織枝。なんかいい方法ない?
次郎に投票してくれる人を増やすような
いいアイデアとかさ」
陽子は、近くで座っている織枝に無茶ぶりをする。
真剣に方法を訊いているというよりは、
他愛無いコミュニケーションを求めて、
気軽に話しかけただけにようにも見える。
ああ、もう。仲が良いな。うらやましい。
織枝は気まずそうな表情を浮かべたあと、
ゆっくりと口を開いた。
「ぽ……」
「ぽ?」
「『ぽぴゅなんとか』って方法を使えば、
有権者は簡単に自分に投票してくれるんだって。
実際の政治家もその『ぽぴゅなんとか』を利用しているんだって。
そうお父さんが言っていた」
ぽぴゅ……?
どこぞのゆるキャラの奇声か?
俺は織枝の発した単語が理解できなかった。
ぽぴゅ、なんて言葉は日本語には無かったような気がする。
やはり、どこぞのゆるキャラの奇声に違いない。
「あの……本当はもっと長い単語なんだけど、
私は『ぽぴゅ』の部分しかおぼえてない」
織枝は恥ずかしそうに言った。
「あー。『ポピュリズム』ね」
陽子が、余裕の笑みを浮かべながら、携帯端末を片手にいじっている。
たぶん検索機能で調べたんだろう。
ポピュリズム。
聞きなれない言葉だ。
どんな意味なんだろうか?
俺は陽子に訊いてみる。
「その『ぽぴゅりずむ』って、
どういう意味の単語なんだ」
「えー。
なんか検索結果の文章長いし、読むのめんどい。
長文苦手なんだよね」
なんだそりゃ。
仕方ない。
自分で調べるか……
俺も自分の携帯端末をさっと取り出して検索してみる。
真面目そうな政治的な記事ばかりだ。
これを全部読むのは骨が折れそうだ。
突然、織枝が、何かを思い出したかのように、口を開いた。
「あ、だんだん思い出してきたかも。
ポピュリズムって……。
あんまり良い意味の言葉じゃないよ。
票の欲しい政治家さんと、欲望を叶えてほしい国民の依存関係なんだって」
「依存関係……?」
「そうだよ。
悪い欲望に憑りつかれた多くの国民がいて、
票の欲しい政治家が近づく。
その政治家も、あまりよくない人間で、
めちゃくちゃな政治をする。
そのあと結局、政治家も国民も一緒に滅びるんだって……。
お父さんがそう言ってた」
「ほへぇ……」
なんかすごいことを聞いてしまって、
コメントのしようも無かった。
国民と政治家が依存しあって一緒に滅ぶ。
まるで集団自殺のようだ。
ところで、俺はなんでポピュリズムの話を聞いていたんだっけ?
あっ、そうだ。
級長選挙(?)にポピュリズムを取り込んで、
クラスのみんなから投票してもらうんだっけ。
ということは、
このポピュリズム理論でいくと、
最後は俺もクラスも滅びるということか……。
ちょっと待って。
まずいじゃないか。
投票だけいっぱいもらっても
最後が破滅ではよろしくない。
「おい、それって……まずいじゃないか。
ポピュリズムで投票をたくさんもらっても、
このクラスがめちゃくちゃになってしまう」
「次郎……。
うーん、まあ、級長程度なら
ポピュリズムしても大丈夫なんじゃない?」
「き、級長程度ならいいのか!?」
「別に……国を左右する役割じゃないし」
「クラスなら左右するぞ」
「それも一学期だけの話でしょう?」
「まあそれはそうだが……」
俺は何も言い返せなかった。
そうか。
もし政治家がポピュリズムだとまずいけど、
級長ならポピュリズムでもつとまる。
世の中に大きな影響を与えるわけではないから。
そういうことなのだろう。
よし……。
ではポピュリズムでいくか。
とはいえ、具体的に何を言えばいいのだろうか?
「じゃあ、このクラスでポピュリズムをするとして、
俺は何をアピールすればいいんだ?
実際のポピュリズムの人は何を話す?」
「私たちの敵を倒すために頑張ってますよ!
ってだいたい言うみたい。
隣国の侵略者を倒すため防衛力を強化します。
移民を追い出し国民の雇用を増やします。
お金持ちから税金をもっと取って皆さんに配ります。
独占的なグローバル企業を法で規制して、皆さんを守ります。
おろかな人に生活保護を与えず、善良な人だけに与えます。
……という感じで」
「どう考えても学校の1クラスに向かない話ばかりだな。
考え直そう」
「……敵を設定すればいいんだよ。
その敵からみんなを守っているとかアピールして」
織枝は真面目な口調でそう言う。
本気で言っているのだろうか。
あまり冗談を言うタイプでないので、冗談に聞こえない。
「いやいや、まだ入学2日目で、学校に敵なんているわけないだろ!
というか怖いって!」
「そうだよね……。
入学2日目で敵とか味方とかわからないよね。
ええっと。
……私だったら、
『見た目が周囲と違ってもいじめられないように、先生と連携します』
とか級長が言ってくれたら心強いかな」
織枝はそう言って、自分の銀髪を触った。
「私だけしかそんなこと、考えないと思うけど」
気まずそうな顔で、視線を横にそらした。
俺は今、何かがつかめたような気がした。
織枝にとって、今はクラスのみんなが敵なんだろう。
実際に今、織枝はいじめられていないが、
入学2日目なんて「まだみんなおとなしくしているだけ」というとらえ方もできる。
入学2日目のおとなしい生徒たちに、
今、いったいどれだけの不安と恐怖が渦巻いているのか、
俺には、まだわからない。
織枝と同じように、「見た目を気にしてびくびくしている」生徒もいるんだろう。
そこまで特殊な見た目の人はいなかったけれども……。
顔の細かい部分、髪型の細かい部分、自分の制服の着こなしのセンス
とか、分かる人にしか分からない見た目を気にしているなら、
いくらでもいそうな気がするけど。
それにしても、
織枝はずっと見た目を気にしている。
銀髪の何が悪いのかと思うが、俺には知りえない事情があるのだろう。
もしかして前の学校でいじめられていたのだろうか?
怖くて訊けないのだが、おそらく良いことが無かったのかもしれない。
俺と織枝の間に気まずい沈黙が流れる。
さて、どうする。
結局まだ級長選挙の自己アピールを作れていない。
もし俺が級長になりたくて、票が欲しいなら、
織枝だけを優遇することはできない。
織枝の言った、
『見た目が周囲と違ってもいじめられないように、先生と連携します』を
アピールに使うことはできない。
織枝ひとりの要望だからだ。
織枝からの一票はもらえても、
残りの票は、あの級長候補にいってしまうだろう。
たったひとりの願いを聞き入れるだけでは、
さっき言ってたポピュ……ええっと、ポピュなんとかには程遠いだろう。
俺個人としては、織枝に振り向いてもらいたい。
級長なんかになるのはいっそやめて、やはり、
織枝に関心を向けてもらうように頑張るべきか。
でもこっちはこっちで簡単なことではないし、
ああ。
もう。
どうすればいいんだ。
俺の頭がぐるんぐるんと回って、脳が流れ落ちてしまいそうだ。
ぴろりん。
ん?
変な音がさっきから鳴り始めている。
幻聴か……。
とうとう頭がおかしくなってしまったのか。
ぴろりん。
また聞こえてきた。
勘弁してくれ。
ぴろりん
ん?
俺のすぐ横で鳴っている気がする。
ちらりと横を見る。
陽子がさっきから携帯端末をいじって、
メッセージのやりとりをしていたようだ。
通知音が鳴っていたのか。
人騒がせな。
「ごめんねー。さっきから通知音がうるさくて。
あのさ……明日の投票について、
クラスの他の友達とやりとりしてたんだよ」
クラスの他の友達って……。
まだ入学2日目なんだけど、どうやってそんな友達作ってるんだろう?
それはいいとして、やりとりの内容が気になったので
確認してみたい。
「投票についてやりとり?
気になるぞ」
「そう言うと思った。
個人名が特定されない範囲で教えてあげるね。
まず、投票をめんどうくさがってる人が多いね」
まあそうだよな。
俺も投票はめんどくさいと思っている。
投票なんてするより、候補者同士でジャンケンでやったほうがさっくり決まる。
投票用紙を作る手間、配る手間、記入する手間、数える手間。
全部やってたら時間がもったいない。
実際の政治家の選挙には、投票棄権もあるらしい。
そういえばニュースで「投票率が低い」と言ってた。
めんどくさいことはやらない人は意外と多い。
このクラスにも、級長選挙を棄権する人が出てくるだろうか?
無いとは言い切れない。
「あとはね……
『級長の経験がある奴に任せればいいじゃん』
『頭は良さそうだし、あの女子に全部任せれば?』
っていう意見もあった」
これは、級長候補のことを支持した意見だと思う。
あの級長候補のキャラは特殊だけど、
実績があるとか頭が良さそうとかで推す人もいるんだなぁ……。
「他には?」
「あの眼鏡の級長候補、関わるとめんどうくさそうだから、
級長は、あのやる気のなさそうな男子のほうがいい。
という意見もあったよ♪」
「喜んでいいのか、悲しんでいいのか
わからない意見だな。
消去法で俺を支持してるのか……」
他にもいろいろ陽子に訊いてみたが、
俺と級長候補の支持は、五分五分のようだった。
もっと圧倒的な差かと思っていたが、
俺はもしかしたら善戦できているのかもしれない。
最後の自己アピール次第か。
「あっ、そうだ。
ねぇ、織枝……。
明日飛び入りで級長に立候補してみたら?
案外いけるかもよ」
陽子が無茶ぶりをする。
「む、無理無理無理」
織枝は、目を白黒させながら否定する。
「織枝が立候補したら、私、投票してあげるからっ♪」
陽子は熱烈な視線を織枝に投げかけた。
織枝は赤くなり、照れたように顔を伏せる。
「投票してあげる」が結構心にささったようだった。
「もう……陽子ったら冗談ばっかり言って」
「冗談ではこんなこと言わないよ」
さらに織枝の顔の赤みが増した。
「わ、私は級長なんて合わないから。みんなの前で目立つのは嫌」
そんなこと言ってるわりには、あまり嫌そうじゃない。
なんというか、嬉し恥ずかしのような表情だ。
こ、こいつら……。
俺の目の前でいちゃつくんじゃない!
俺はこの光景を見て、歯がゆい気分になってきた。
ああ、あんなふうに織枝にさらっと言えれば、俺も仲良くなれるはずなのに。
なんだかむなしい気分になってきた。
「俺、そろそろ帰るから」
半ば強引に打ち切って帰ってしまった。
帰り道の途中、俺は、自己アピールのことを思い出し、鬱になった。
そういえば結局何も思いついてないじゃないか……。
がっくりときた。
帰ってからゆっくり考えるとするか。
家に帰ったら、まず、着替えて、
ゲームして、夕食して、風呂入って、
ゲームして、寝る。
さて、いつ自己アピールのことをやるんだろうか?
俺は自分の行動に不安になってきた。
まあ、どうにかなるだろう。
……どうにもならなかった。
気が付くと、次の日の朝をむかえていた。
俺は一瞬何が起きたかわからなかったけど
結局何も考えず、今日という投票の日をむかえたことだけは
しっかり把握できた。
絶望的な気持ちで起き上がり、
冷静な気持ちになり、仕方なく、朝のニュース番組を視聴することにした。
リポーターが、何やら、企業の社長にインタビューしているようだった。
「社長、どうしてこの会社は成功したのでしょうか?」
「それはね……他社に真似できない『差別化』をしたからですよ」
「差別化ですか」
「そうです。他社の真似をしていても成功はありません。
差別化することにより、私どもの会社の製品は、
消費者の皆様に選ばれたのです」
さべつか…
きゃべつか…?
俺は寝ぼけた頭で、テレビの言葉をとらえていく。
差別化。
このテレビに出てる社長とかいうおじさんは、
他の人と異なることをして、成功したのだそうだ。
差別化と言っている。
うーむ。
俺も「差別化」すれば、
もしかしたら級長投票の自己アピールにできるんじゃないか?
あの級長候補は、おそらく経験と実績でアピールしてくる。
だけども、俺は経験と実績なんてない。
経験と実績の無さを逆に利用すればいいのかもしれない。
それが俺の差別化だ。
やってやるぜ!
というわけで、
本日のホームルームの時間を迎えた。
担任の先生は、投票箱を持ちながら、クラス全員に話す。
「さて、本日のホームルームだけど、
級長を決めてもらう為の投票をしてもらいます。
投票用紙はさっき配り終えたので、
そこに名前を書いて、この箱に入れてください。
ええと……
投票の前に、自己アピールをしてもらう予定だったわね。
では、先にだれが自己アピールを行いますか?」
「私が先にやります」
級長候補は手を挙げた。
どんな自己アピールをするのだろうか……。
俺は心の中で身構えた。
「こほん。
私が今回級長に立候補したのは……。
私が級長として働くことが好きだからです」
続ける。
「私は、昔から、3回、級長をつとめてきました。
経験はたっぷりありますし、自信はあります。
このクラスのリーダーとして、ぜひ活躍したいです。
……以上」
やはり、俺の目論見どおり、
級長候補は、経験と実績をアピールしてきた。
過去に3回もやってるのか……。
なんかすごいな。俺だったらめんどくさくて絶対やってない。
クラスのみんなは、黙って級長候補のアピールを聞いている。
退屈そうな顔をしている人も、何人かいる。
俺も立候補してなければ、退屈そうな顔で、
あさっての方向を見ていただろうな。
「それじゃあ、次、右城次郎さん。
アピールお願いします」
「は、はい……」
とうとう俺の番だ。
ぎこちなく、席を立つ。
「俺は級長に立候補するのは、初めてです。
今まで適当に生きていたので……まあ、
ちょっと頑張ってみようと思いました」
続ける。
「経験とかまったくないですが……。
級長というか、クラスのみんなの為に
がんばるっていう経験を積ませてもらいたいな
って思います。よろしくお願いします」
これでアピールは終わった。
我ながら……よく考えたアピールだ。
疲れた。
もう結果とかどうでもいいから、
早く帰って清涼飲料水でも飲んでゲームしたいぜ。
「じゃあ、アピールも終わったところで、
投票にうつりましょう。
皆さん。
投票用紙に、2名のうちどちらかの名前を書いて、箱に入れてね。
黒板に、候補2名の名前を書いておくから」
担任は、黒板に、俺と級長候補の名前を書く。
級長候補の名前を初めて見た気がする。
地味であまり記憶に残らないような名前だ……。
俺は立候補者なので、投票はできなかった。
みんな、俺と、級長候補、どちらに投票してくれたのだろうか。
緊張しながら待つ。
級長候補の顔をちらっと見る。
真顔だ。
特に余裕の笑みを浮かべているわけでもない。
ただずっと、前を見ているだけ。
真剣、なんだな……。
俺は少し申し訳なく思った。
もとはと言えば、俺の級長立候補動機は、
「織枝との色恋を忘れようと気を紛らわす為」だった。
でも、この級長候補さんは、たぶんマジで級長になりたくて
頑張ってる人だと思う。
これで俺が当選したら、この級長候補さんは、一体どうなるのだろう。
「じゃあ、開票していきます」
担任は、投票用紙の詰まった箱を開けて、
投票用紙を1枚ずつ確認し、
黒板に「正」の字を書いていく。
「正」の字は、増えていく。
俺も、級長候補も。
「正」が同じくらいの数だ。
えっ……。
同じ数?
これは、もしかしたら、もしかするのか?
俺は、数分後に、級長として選ばれている自分の姿をイメージした。
誇らしい……ではなく、少し戸惑いながらも、
「いやぁ、参ったな」という顔で照れる俺。
陽子にちょっかいを出され、
織枝に無言のスルーをされ、
級長候補に睨まれつつも、
初めての級長としての責務を果たすべく頑張る俺。
ふっふっふ。
俺も捨てた男じゃあなかったんだな。
もしかしたら、このまま級長になって、
そのまま頑張れば、生徒会長も夢ではないのかもしれない。
野心は膨らむ。
栄光の第一歩を今踏みしめて、
「投票結果が出ました。僅差です。
右城次郎さん、残念です……あと1歩でした」
踏みしめたぬかるみは底なし沼のごとく…。
俺は沈んでいった。
投票結果は、2~3票差で、俺の負けだった。
想像以上に善戦だったと思う。
ボロ負けする想定だったから…。
でも負けたのは、素直に悔しい。
級長候補……いや、今は級長か。
級長は、ほっと胸をなでおろしたのか、
少し安心したような表情を浮かべていた。
「じゃあ、あとはよろしくね、級長。
ホームルームを進めてちょうだい」
担任はさっそく、ホームルームを級長にバトンタッチした。
「はい」
級長は眼鏡をくいっと上げながら話し出す。
「私を選んでくれた皆さん、そうでない皆さんも
投票お疲れさまでした。
どうでしたか……?
投票めんどくさかったですか?
でも、誰が適切かを選んで、投票することの大事さが
少しでも伝われば、うれしいです」
級長は続ける。
「きょうはこれまでにします。
ありがとうございました。
ということで、解散です」
「あ、解散前に少しだけいい?」
担任が口をはさんでくる。
いったなんだろう?
「級長は、副級長、書記、会計を選んでほしいです。
それぞれ1名ずつね。
明日でいいから、指名してね」
「あっ、はい……」
級長は承諾したようだった。
そうか。
級長の他にも役職があったのか。
副級長と書記と会計。
入学3日目なのだが、
あまり知らない人もいっぱいいる中で、
級長が選べるのか?
「副級長は今ここで選びます。
右城次郎君…。副級長やってもらっていいよね?」
級長は、冷静な声でそう言った。
え? マジで?
俺は少し戸惑い、席から落ちそうになった。
「あ、ああ。わかった」
反射的にそういう返事が出た。
いいのか?
さっきまで投票争いしていた人間と組む、という
なんとも言えない違和感はあるが、
まあ、ほかにやることも無いし、いいや。
「引きうけてくれてありがとう。
じゃあ…書記と会計を選びたいから、
その件で明日また話し合いましょう」
級長は少しだけ微笑むと、そのままホームルーム解散になった。
思いもがけず、俺は学級委員(副級長)になってしまった。
これからどうなるのだろう……。
続く
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