第2話 銀髪さんの自己紹介
「……乾さん。あなただけ初日の自己紹介まだ終えてないでしょ。
明日、自己紹介してね。みんなの前で」
担任の先生は、ニュースキャスターのような冷静な声で伝えた。
それを聞いた乾織枝は、石像のように固まってしまい、しばらく沈黙の時間が流れた。
気まずい沈黙を保ったまま、俺たちは職員室を出た。
「もう学校には来ない…自己紹介したくない……」
織枝は、銀髪をふるふるさせ、涙目になっている。
あまりに暗すぎるその態度に、俺は心配になった。
織枝は、異様なほど人見知りで、人前に出るとか自己紹介とかを嫌っている。
入学初日のきょう、織枝はさっそくホームルームをさぼった。
みんなと一緒に教室にいるのが、恥ずかしかったようだ。
入学直後のホームルームでは、みんな順番に、ひとりずつ、自己紹介をした。俺もした。
だが、織枝だけは、まだ自己紹介をしていない。
明日、クラスのみんなの前で、一人だけ自己紹介せねばならない。
これはこれでかなり恥ずかしい。公開処刑だ。俺は不憫に思ったが、どうしようもない。
俺も、恥ずかしがり屋で人見知りだから、こういうときどうやって助けるかを知らない。
見ていることだけしかできない。
でも、悲しそうに肩を震わせる織枝は、とてもかわいかった。
そうだ。
陽子、なんとかしてくれ。
俺は熱い目線(推定)を陽子に送った。
「織枝。私がついてるから大丈夫だよ。自己紹介くらいなんとかなるよ」
陽子は、織枝の背中を優しくさすった。
「ならないよ……何を言えばいいの」
「練習しよう」
「練習って……まさか」
「自・己・紹・介★」
セリフの最後に★をつけるようなイントネーションで、陽子は織枝を誘った。
自己紹介を練習するだと!?
その発想は無かった。少なくとも、俺は思いつかなかった。
自己紹介なんて練習するほどのものではないからだ。
不幸にも、一番最初の順番で自己紹介にあたったら、頭をフル回転させねばならないが。
普通は、自分の番がくるまで考える時間はある。
名前とか趣味とか、これからの意気込み、入りたい部活とか言えばいい。
「趣味はありません。勉強がんばります。部活はこれから考えます」
俺がこんな自己紹介をしたせいで、あとで陽子に「やる気なさすぎ」って突っ込まれた。
陽子は、織枝に自己紹介の練習をするよう熱く促しまくっている。
「自己紹介の練習なんて……ちょっと嫌」
「でもやらないと明日恥をかくかもよー」
「やらないとダメ?」
「だめ」
「ど、どこで練習するの?」
「今なら教室にだれもいないし、教室でやろうよ」
「う、うん……」
完全に陽子のペースにはまった織枝は、誰もいない放課後の教室で、自己紹介の練習をする羽目になった。
「そこに立って」
織枝は教壇に立たされた。
「自己紹介っていうのはね……自分のことをおぼえてもらうためにするんだよ」
「そんなこと、わかってるよ」
「どこかの誰かさんみたいに『趣味はありません。勉強がんばります。部活はこれから考えます』っていう
やる気のない自己紹介は、悪い意味で記憶に残るけどね」
そう言いながら、陽子はニヤついた目で、俺を見る。
誰だ、そんなやる気のない自己紹介をした奴は。
「すごいね……いくらなんでも引くよ、そんな自己紹介は」
織枝も乗っかる。
お前ら、あとでおぼえてろよ…。
「そうだねぇ……。自己紹介を動画で撮影しよう」
「な、何いってるの!?」
陽子の提案に、織枝は唖然とした。
俺も唖然とした。
いくら動画サイトが盛り上がっているとはいえ、
自己紹介の練習風景を動画で撮影することに意味はあるのだろうか。
あとで映像みると恥ずかしいぞ。
「私が、インタビューするから、それにこたえる形式でやろうよ。
自己紹介を楽しくやるためにさ」
「やだ」
当然のように織枝は拒否した。
「じゃあ、顔から下だけを撮影するからさ」
「それでも……恥ずかしいよ」
陽子の奴、織枝をからかって遊んでいるだけなんじゃないか?
俺はあきれて、二人の様子を白い目で見た。
「じゃあさ、私が、織枝の横に立って一緒に映るよ。
それなら恥ずかしくないでしょ。
あっ。ねぇ、次郎。私たちを撮影してよ」
陽子は、俺にスマホを手渡す。
これで、陽子と織枝の自己紹介動作を映せというのか。
「わかった」
俺は消極的な同意をすると、スマホのカメラの照準を二人に向けた。
えーっと。どうやって撮影ボタン押すんだっけ?
カメラ?
ここを押して、そのあとは……
「次郎、カメラを押して、動画撮影に切り替えて」
陽子の言葉が俺の思考を中断させる。
わかってるって。
だいたいの操作は……
あれ? 俺のスマホと少し異なる。
なんでスマホごとに、操作や見た目が異なるんだ。
とまあ、そんなこんなでちょっと撮影開始が遅れたが、無事ようやく動画撮影機能を見つけた。
「動画撮影スタート!」
俺は、映画監督になったつもりで、スタートの言葉を言った。
「お名前は?」
「ええっと……い、乾…織枝です」
織枝はやはり緊張している。
むしろ緊張するのが普通な気がする。
あっさりと撮影に順応する陽子のほうが凄いというか……。
俺はそんな雑念をもったまま、撮影は進む。
「好きな食べ物とかある?」
「好きな食べ物は……えーっと」
織枝は言葉に詰まる。
手をあごにあて、何やら考え込むポーズをとる。
好きなものが多すぎて、答えられないのかもしれない。
「多すぎて、わかんない」
「あら。意外と食いしん坊さん?
じゃあ、嫌いな食べ物ある?」
「ゴーヤとピーマン」
即答だった。俺もそんなに好きじゃないけど、
1秒もしないうちに答えるスピード感を見ると、
よっぽど嫌いなんだなと思った。
「苦いものが嫌いなんだね」
「苦いからね……」
「それじゃあさ……好きな人とかいる?」
いきなりその質問するか!?
俺ら会って一日ですよ!
「い、いないよ、そんなの!」
織枝はけっこう必死に否定する。
首をぶるんぶるんと振るい、銀髪が震度7レベルで揺れている。
恥ずかしい質問だったのだろうか、
答えに、すごく感情がこもっている。
織枝の答えを聞いて、
陽子の口もとが、少しゆるんだような気がするが
俺の気のせいだったということにしておこう。
「いないんだ。
これから学校生活長いと思うけどさ……。
彼氏つくる予定ある? あ、彼女つくる予定でもいいよ」
お、おい!
彼女つくる予定ってなんだよ!
織枝は――女の子なんだけど。
俺は心の中で激しく突っ込んだ。
いや、そういう世界も世の中にはあると思うけど……。
唐突な想定外の質問に、俺も織枝もあっけにとられた。
織枝は、顔を赤くして、そのまま深くうつむいてしまった。
「……今は、ないです。
あの、勉強が……大事だと思うので」
織枝は、身体全体をもじもじとさせ、
ぼそぼそとつぶやくように答える。
「あら? けっこう真面目なんだね」
「そ、そんなことを言う陽子はどうなの」
「どっちを作ろうかなぁ」
陽子は、はぐらかすように、遠い方向に目を向けた。
女子は、普通は……彼氏を恋人にするものではないのか?
俺の感覚がおかしいのだろうか。
「どっちを作ろうかなって……もう、陽子ってば」
織枝は顔を赤くさせたまま、陽子を小突く。
「あはは」
「うふふ」
なんか自己紹介というより、
女子同士のなごやかな絡み合いになってきている気がする。
俺は……自己紹介の動画を撮影してるんだよな?
自分のやっていることを疑いそうになる。
ふとスマホを見ると、そろそろ撮影時間が限界に近い。
「あの……そろそろ撮影時間が短いんで。
手短に頼みますよ」
俺は、映画監督ばりの仕切りで、二人に注意を促す。
「あっ、そうだったね。撮影してたね。
忘れてたよ。
織枝。最後にいい?」
「何?」
「その髪の毛、触っていい?」
答えを待つまでもなく、
陽子は、織枝の銀髪に指で触れる。
「あ、もう。触ってるし。
まだ、触って良いって言ってないよ…」
織枝は頬を赤らめて言ったが、特に陽子の手をはねのけることもせず、
そのまま陽子の指の動きに身を任せている。
同意も得ずに触っているのに、嫌じゃなさそうだ。
その様子を見て、俺は不思議に感じた。
「なんか気にしてるみたいだからさ……
さっきから髪の毛を隠すかのような動きを
何回もしてるから」
「それは……」
「言わなくていいよ。
言いづらいことなら」
「うん……」
織枝は自分の髪の色をだいぶ気にしているようだ。
入学式の前に出会ったときから、ずっと気にしている。
周囲の髪の色とだいぶ違うから、ずっと気にしていたのかもしれない。
俺は「髪の色なんて気にしないでいいだろ」と思ったが、
本人の心は、どうしてもそうならないのだろう。
もどかしい。
なんと言ってやればいいのだろうか。
どうすれば、織枝の心は、自分の髪の色を受け入れられるのだろうか。
そういえば織枝はなんで銀髪なんだろう?
染めたようには見えない。地毛だろう。
ということは織枝は外国人なのだろうか。それとも特殊な体質なのだろうか。
本人の口からはまだ語られていない。
っていうか。
髪の色のことをいちいち考えてしまうくらい、
周りのみんなが、見た目が同じなんだよな。
同じ髪色、だいたい同じ髪型、同じ服装(制服だし仕方ないけど)
似たような顔つき…。
どうしてみんな同じ姿しかしていないんだろう?
もしみんなの姿がバラバラなら、織枝は髪の色で悩まなかったのではないか。
俺は、織枝のことから少しだけ外れ、解決のしようもないことを考えこんだ。
「織枝の髪、さらさらしてて、すごく気持ちいいよ」
陽子は、織枝の銀髪を、指で何度も流した。
織枝は何も答えず、目をつむったまま、気持ちよさそうな表情を浮かべている。
スマホの動画撮影時間はいつの間にかゼロになっていたが、
俺はそれに気づくこともなく、そのまま、二人の様子をぼーっと眺めていた。
自己紹介の練習という目的すら、最終的には忘れてしまっていた。
翌日。
織枝は、なんとか無事に自己紹介を終えることができた。
じゃっかん緊張していたようだが、
俺みたいな無気力自己紹介に陥ることもなく、
適度な内容だったと思う。
まあ、そんなに悪いことは起きなかったのではないだろうか。
銀髪については、だれもが不思議に思っていたようだったが、
担任からは
「両親が外国人でこういう髪の毛になっている」
と事前に説明された。
なるほど、そういうことだったのか。
さて。
自己紹介の練習以来、
陽子と織枝の距離が少し近いような気がするけど…
俺の気のせいなのだろうか。
ああ、最初に織枝に話しかけたのは、俺なのに。
もしかして距離を詰めることができたのは、陽子だけだったのか。
なんだか悔しい……。
ちょっとした嫉妬を俺は感じ始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます