銀髪さんの民主主義

alphaw

第1話 銀髪さんの一時逃避

入学式だというのに、悲しい気分になっていた。

話せる人が誰もいない…!


気の合う友達は皆、別の学校に行ってしまった。

俺は、都会の新しい高校に行ってみたくて、この高校にしたので、

もともとは自分が悪いのだが、いざ入学式当日になってしまうと、身に堪えた。


新しい校舎。新しい制服。新しい設備。綺麗な廊下に窓。

そして何もない俺。


自宅を出てから、口を開いていない気がする。しゃべる相手がいないからだ。


俺はこれからどうすればいいのだろう?

というか、入学式の会場はいったいどこなのだろう?

少し遅れて到着してしまったせいか、人影が見当たらない。

もう始まっているのだろうか? 時計の時刻を見る。

やばい。あと3分で始まってしまう。


あわてて周囲を見回す。

入学式を行うなら体育館だよな…ふつうは。

学校内が広くて、体育館がどこにあるかわからない。

俺の特性である方向音痴も働き、なかなか見つからない。

入学式早々遅刻とは…。先が思いやられる。


そして最悪なことに、お腹が痛くなってきた。

焦って不安になると、いつもお腹が痛くなる。

入学式会場に行く前に、トイレに行くことになるとは……。


トイレはどこだ。

トイレトイレ……。


あった。


少し奥の方にある。

新しい学校のトイレであるから、じめじめした暗さはなく、まぶしいくらいに照明が光っている。

きっと自動で流れるんだろうなぁ。

人の気配もない。そのまま堂々と入場だ。


なんということだ! 個室のドアが閉まっている!

こんなときにかぎっていつもこうだ!


と思ったら、個室のドアが開いて、人が出てきた。

助かった。


……。


……。


沈黙が流れて、俺の動きはそのまま止まった。


「ぎん……ぱつ……」


雪のようにまぶしい銀髪が、照明の光を反射し、輝いていた。

初めて見るその輝きは、俺の心を照らし、魅了した。


「えっ……?」


俺も、銀髪さんも、同時に困惑の声を出した。


「な、な、なんで……」


思わず、情けない声を出してしまった。


俺は男。

目の前の銀髪さんは、たぶん女性。同い年くらいの。

そして、ここはトイレ。

あれっ……、


「きゃー!」


銀髪さんは、悲鳴をあげて、その場に固まった。


「ま、待ってくれ! 俺はトイレに来ただけだ!」


「ここは女子トイレよ!」


「は? えっ…マジか」


気づかなかった。お腹の痛さばかり気にしているうちに、間違って女子トイレに入ってしまったのだ。


「ごめん、お腹が痛すぎて、気づかなかったんだ。

 ここが女子トイレだということを……。

 本当だ。許してくれ。なんでもするから」


ひたすら懇願して謝った。

ここで教師に通報なりされたらおしまいだ。

入学式早々、痴漢扱いされたらたまったものではない。

もう、こうなったら、なんでもするしかない。


「なんでも…する……? ほんとうに?」


銀髪さんの声が心なしか、はずんだ気がした。

おい。

なんでもするとは言ったが、無茶なお願いをされないだろうな?

俺は少し後悔した。


「じゃあ答えて。

 入学式の会場がわからなくて……。

 どこかわかる?」


お前もかい。

入学式の会場なんて、俺が知りたい。


「俺も知らなくて、迷ってたんだ。

 一緒に探そう」


すでに、お腹の痛みはどこかに消えてしまった。

俺と銀髪さんは、入学式の会場を探す。

駆け足で、あたりを見回しながら。


俺は、ふと、横を歩く銀髪さんの顔を見る。

揺れる銀髪、高い鼻、目のくっきりさ加減。

外国から来た留学生なのだろうか?

ずいぶん日本語がうまいものだ。


「あった!」


銀髪さんは、入学式の看板を見つけ、そこにタタタと進んでいく。

しかし、その歩みも、入学式会場の寸前で止まってしまう。


「どうした? そこが入学式会場だろう? 早く入ろうぜ」


「……」


銀髪さんは黙ってしまう。

そして、指を、銀髪に絡ませ、手のひらで隠すようなしぐさをとる。


「わたし、髪の色がみんなと違うから」


「?」


「入るのが恥ずかしい」


銀髪さんは、自分の銀髪を手で触りながら、小さな声で不安をあらわす。


俺も含め、ここにいる「みんな」の髪の色は、みんな黒い。

輝く銀髪なんて、だれもいない。彼女だけだ。

きっと目立つ。目立つということは、良くも悪くも注目され、噂されるのだ。


さっき、銀髪さんは、トイレの個室から出てきたが、

トイレをしていたのではなく、隠れていたのだろうか?

みんなに姿を見せないように……。


そう考えると、なんだか悲しい気分になってきた。


「わたし、やっぱり入学式には出ない」


銀髪さんは、背中を向ける。

このままだと、銀髪さんはそのまま帰ってしまうのだろう。

俺は引き止めたかったが、そろそろ入学式も始まってしまう。

もう時間がない。見捨てるしかないのか?

どうすればいい? どうすれば……。


「ちょっとそこのあなたたち!」


強い勢いの声が、俺たちを呼び止める。

そこにいたのは、眼鏡をかけた、少し目つきのきつい、大人の女性。

おそらくこの学校の先生だろう。


「早く入りなさい。もう式が始まるわよ」


「で、でも……」


銀髪さんはたじろぐ。


「乾織枝さん。

 あと、右城次郎君。

 私は、あなたたちの担任です。

 初日から遅刻では困るわね。

 ずっと探してたのだから。

 早く来なさい」


有無を言わさず、俺たちは、入学式会場へ引っ張られることになった。

それにしても、銀髪さんの名前は「乾織枝」と言うのか。(ちなみに俺の名前は右城次郎だ)

俺は、銀髪さんを外国人だと思っていたが、意外にも和風な名前だったので、驚いていた。


入学式は、静かな雰囲気で行われた。

みんな、真面目そうな顔で、校長の話を聞いている。

銀髪さん――乾織枝は、終始うつむいた調子だった。


式が終わり、新入生たちは、それぞれのクラスに向かう。

1年5組。

それが俺のクラスだった。

もちろん、知っている奴はいない。話せる人もいない。


うーん。孤独。孤独だ。

あたりを見回す。


同じ中学出身の人同士で話をしている。

真面目そうな奴はずっと黙って、本を読んでて、話しかけにくい。

軽そうな奴はさっそく女子に声をかけている。正直いけ好かない奴だから、話したくない。


銀髪さん――乾織枝さんの姿はない。

同じクラスのはずだが……。帰ってしまったのだろうか?

残念だ。

今この中でなら、一番話しかけやすかっただろう。

今朝のこともあるし……。入学式遅刻寸前同士の妙な連帯感を感じたし。


「あのさぁ……」


隣から声が聞こえた。

俺か? 俺を呼んだのか?

おそるおそる右側に顔を向ける。

そこには、にこやかな顔をした女子がいる。


「君だよ、君。

 さっき、入学式で、銀髪の子と一緒に入ってきたでしょ?」


「うっ、ま、まぁ、そうだよ。遅刻寸前でさ、あはは……」


少し挙動不審な感じのしゃべり方になってしまった。

知らない女子に話しかけられるのは、なかなか緊張する。


「やっぱりね。

 私、春山陽子って言うの。

 人の顔をおぼえるのは得意なのよ。

 銀髪さんばかり目立ってたから、その横にいる男子なんて、

 普通はおぼえないでしょ」


うっ……俺の顔ってそんなに地味か? 何気に傷つくんですけど。


「銀髪さん、どこに行ったの? 見かけないけど」


「俺も知らないな……同じクラスらしいんだけど」


「結構かわいかったし、話してみたいのよね」


「そう……。俺も話してみたいんだよな」


「もう狙ってるの?」


「ね、狙ってるって、人聞きの悪い!

 俺は、いま話せる人がいないから、今朝知り合った乾さんと話してみたかったんだよ」


「やーね。冗談に決まってるでしょ」


陽子はクスリと笑った。

まったく、人をおちょくって……

でも結構こいつも話しやすい相手かもしれないな。

何より、隣に座っているし。


「みんなー! 席につきなさい」


担任の先生が入ってきた。

俺たちを、入学式に強引に連れ込んだ人だ。

相変わらず、きつい目線で、眼鏡を光らせている。


「みんな、席についたようね。

 私はきょうからあなたたちの担任をつとめます。

 よろしくお願いします」


担任の先生は、真面目そうな口調でそう言った。

氷のような冷たさをもったその目は、どこかやさしさを帯びている。

教室は静まり返っている。みんな真面目に耳を傾けているようだ。


「あら? 誰かいないような気がするわね……。

 みんな、あの銀髪の子…乾さんを知らない?

 どこに行ったのかしら」


教室のみんなはお互いに顔を見合わせる。

みんな知らないと言った様子だ。俺も知らない。

あんな目立つ子が、いったいどこに隠れているというのだろう。


まさか入学初日から失踪したのだろうか。

そんなまさか…ありえない。

髪の毛の色を気にしてたようだけど、そんなことだけで失踪してしまうほど、繊細な女の子なのだろうか。

俺にはわからない。

でも、なんだか放っておけないな…。探したほうがいいのかな。

俺が探しましょうか、と担任にでも言って。でも、なんか気恥ずかしいな。俺、男だし。


「乾さんを探してきましょうか」


俺が悩んでいる間に、春山陽子が立候補した。積極的だな。


「いえ、今はいいわ。

 きょうのホームルームが終わったら、探しにいきます」


担任の先生は、相変わらず冷静で、仕事優先のようだ。


そのあと、入学にまつわるいろいろな説明が行われた。

だが、俺はずっと乾織枝のことが気にかかっていた。

集中して聞きたかったが、聞きそびれていることも多くあった。

うーん。入学初日こんなんで大丈夫か。


やがてホームルームも終わり、放課後になった。

入学式だから、帰宅時間になるのも早い。

まだ夕方にもなっていない。

さあ、このあと、どうしよう。


俺も春山陽子と一緒に、乾織枝を探しに行くか。


「春山さん。乾さんのことだけど……。そんなに無理して探さないでいいのよ。

 先生は、乾さんのご家族や関係者にいろいろ聞いて探してみるから」


先生はそう言っていたが、陽子はわりとノリノリで探そうとしているようだった。


「先生! 大丈夫です! 暗くなる前には探し終わります!」


自信たっぷりに答えている。

本当に見つかるのか……?

失踪した猫を探す並みに難しそうなのだが。


「あ、そこの君も一緒に探したそうな顔をしているね」


陽子は俺の顔を見て、そう言った。

そんなに顔に出ていたか……?

鏡がないのでわからない。


だが、俺が乾織枝を探したいという気持ちは本物だ。

喜んで同意する。


「俺も一緒に探すよ」


さて……探すと言っても、正直、どう探していいかわからない。

俺は探偵ではないのだ。

失踪した女の子を探すなんて仕事は、人生で初めてだ。


「手分けして探そうよ。私が校内。君が学校周辺。よろしく!」


分け方が大まかすぎるだろ。


でも二人しかいないし、文句言っても仕方ないか…。

学校周辺なんて言っても、そう簡単には見つかるとは思えなかった。


学校周辺に何がある?

駅、コンビニ、スーパー、病院、公園、商店街……。

やばい、多すぎる。絶対無理。


ゲームみたいに、村人が数名、建物が数軒なら、どんなに楽だろうか。

現実は人の数も建物の数も多すぎる。

都会ならなおさらだ。


適当にぶらぶらして「見つかりませんでした」と言ってしまおうか。


あっ。そうだ。

ネットで検索して探せばいい。

最近のネットはすごい。

特にSNSとか呼ばれてる、リアルタイムで情報が出てくるやつ。

もしかしたら、乾織枝も見つかるかもしれない。


もちろん、SNS程度でそう簡単に見つからないこともあるだろう。

だが、あっちこっち行って、あっちこっち尋ねるより、はるかに楽で効率がいい。


「銀髪 〇〇(俺の通う学校名)」で検索する。


表示された。

……求める情報は見当たらない。

検索キーワードを変えて、何回も検索しなおす。


あった。

出てきた。

匿名アカウントの情報によれば、

近くの大きな公園に、銀髪の女の子がたたずんでいる…

ということで画像がアップされてた。

この写真の女の子は、間違いなく乾だ。


この匿名アカウントのやったことは盗撮のような気がするのだが、

今はそう言っている場合ではない。


俺は、陽子に「公園にいる」と連絡を送り、そのまま公園へ向かった。


この公園は比較的大きな公園で、山があったり、池があったり、

スポーツできそうな広場があったり、

昼飯をみんなで食べられるようなスペースもある。


匿名アカウントの画像を見るかぎり、池のすぐ近くのベンチにいるような雰囲気だった。

画像が投稿されたのは数分前だから、まだいる可能性は高い。


池はコンクリートに囲まれており、

自然の一部というより、都市の一部のような形をしていた。

池にはちょっとした小魚が泳いでいる。たぶん外来系熱帯魚の仲間だと思う。


さて、乾織枝の姿はあるのか?

結論から言えば、あった。

ベンチに座ってうつむいているようだった。


声をかけていいか、ためらわれた。

いくら知っている間柄とはいえ、きょう出会ったばかりだ。

しかも異性なので、そこの点を考えても話しかけにくい。

どうすればいい?


そうだ。陽子の到着を待とう。

陽子の性格なら、織枝に話しかけることなんて簡単なことだろう。

少なくとも俺よりは……。


俺は陽子が到着するまで、じっと待つことにした。

その間、俺は、織枝を遠くから見つめているだけだ。

うーん……不審者に間違われないかな? 心配だ。


しかし、陽子の奴、ずいぶん遅いな。

このままでは織枝が立ち去ってしまうかもしれない。


あっ。

織枝がベンチから立った。

まずい。

どこかへ行くつもりだ。

せっかく見つけたのに、これでは台無しだ。

もう陽子を待っているわけにはいかない。

引き止めるぞ。


でもなんと言って止めればいい?

俺は、今日出会ったばかりの少し病んでいる可能性のある女の子に、

どうやって話しかければいいというのか?


そうだ。偶然を装って話しかければいい。

適当に理由をつけて、「いま偶然会いました」と言って

適当な会話で止めればいい。


適当な理由と、適当な会話。

その「適当」が意外と難しい。

まあどうにかなるだろう。

さあ行け!


俺は駆け出した。駆け出す必要性はまったくないのに、駆け出した。

そして、転んだ。


転んで、池に落ちた。

軽く水しぶきがはね、外来系熱帯魚の小魚が一斉に逃げ出す。

水深は浅いので、制服が半分くらい濡れただけで済んだ。


「あ、あはは……」


誰に向けるわけでもない、気まずい笑いが出る。

何やってるんだ、俺。


しかし、結構大きな音を出してしまった。

織枝に気づかれただろうか?

織枝のいた方向をちらっと見る。


織枝は、なんだか気まずそうな視線をこちらに送っていた。

無言だ。

「何この人……」みたいな感情を少し持っているような視線だった。


「いやあ、ちょっと池に落ちてしまってね」


俺は無意識にそういう言葉を発していた。

そんなの見ればわかるだろ!

とあとあと思ったが、今はそういうことしか言えない。


「魚を……そう、魚を見ようとして、つい、池に近づきすぎたんだ」


10代半ばの年齢にもなって、魚の観察で水面に落ちる奴などいるのだろうか?

まあそんなことはどうでもいい。

今は織枝を引き止めることが最優先だ。


「さ、魚に興味があるの……?」


織枝はじゃっかん引き気味に言った。

口元がひきつっている。

俺を変人か何かと勘違いしてそうな目だ。

まずい。このままでは、俺は変人扱いだ。入学初日から。


「ああ、まあ多少はね」


「……とりあえず、池から出たらどう?

 その池、あまり清掃が行き届いてなさそうだし」


「そ、そうだな…」


びしょびしょの制服をひきずり、池から出る。

茶色と緑色の中間色のような水が、ぽたぽたとこぼれた。

清掃の行き届いていない池なんだなと思った。


「あの……言いにくいんだけど、制服に魚ついてるよ」


「あ、マジで。ごめん」


俺は、制服についた魚を振り落とした。

魚は、地面でぴちぴち動いてて不憫に感じたので、

池の中に戻してやった。


そして自然な成り行きで会話が始まる。


「あの……さぁ、ずっと公園にいたの?」


「そうだよ。

 ずっと公園にいたの。教室には行きづらくて」


「そうなんだ」


「だって誰も話せる人いないのよ」


「そうか? 今、俺と話してるじゃないか」


「……男子とは話が合わない」


俺はちょっと傷ついたが、まあたしかに異性とは話しにくいってのはわかる。

いや、でも本当にそうだろうか?

なんか言い訳のようにも聞こえる。

コミュ障だと、他人と話すことが苦痛だから、いろいろ理由をつけて話をしたがらないこともある。

織枝も今、そういう状況なのだろう。


「私は、池の魚のようなもの。

 池から出ることができないの」


なんかよくわからない高度な比喩をしだした。


「池から出ることができても、呼吸ができなくて苦しいの」


「お、おう」


返答に困るコメントだ。

言いたいことはなんとなくわかるが……。


「私は今、呼吸ができていない。

 ただ学校に来ているだけ……そんな生活はむなしい」


「まあ入学初日だし、何もわからないことだらけだから

 明日から頑張ってみたら」


「あなたは何もわかっていない!」


「ひっ!?」


「何もわからないことだらけだから不安だと言っているの」


「そりゃそうだけど……」


慰めようとしたが、キレられてしまった。

どこに地雷があるかわからないものだ。

困ったな……。

やはり俺では手に負えない。

陽子だったらこんなことあっさり解決したのだろうか。


「もう帰る。明日来るかどうかはわからないけど」


「待てって。

 明日の時間割も知らずに帰るつもりか?」


「時間割…?

 ああ、普通に授業があるんだったね」


「そうだ。

 きょうホームルームで聞いたから伝えておく」


「わかった……話してみて」


時間割を確認するということは、普通に明日は登校しそうだな。

よかった。俺は安心した。


俺が時間割を話そうとしたそのとき、遠くから声がした。


「おーい、織枝ちゃん、次郎くん!」


陽子の声だ。ようやく来たのか。


陽子はこっちに向かって走ってくる。

そんなに急がなくていいのに……こけるぞ。


あっ。


「きゃあ!」


陽子の足は、いびつな形で地面に着地し、バランスは崩れ、そのまま音をあげて盛大に倒れていく。

そして、目の前の池へダイブしていった。


池の水深が浅いので、陽子の制服が半分濡れる程度で済んだ。


「あーもうびしょびしょだよ…勢いつけすぎちゃったね。あはは」


陽子は制服から水滴をぽたぽた垂らしながら、明るく笑った。

こうして池の被害者が2人目になった。

というか、お前も落ちてどうする。


「…クスッ」


織枝は、陽子が池に落ちた様子を見て、少しだけ笑った。


「あ、織枝ちゃん、いま笑った。笑い顔かわいい!」


陽子は、明るい声で言い放った。


「えっ……」


織枝は、かわいいと言われて、少し顔を赤くした。


「織枝ちゃんは笑顔が似合うよ。

 ほら、立って。学校に戻ろう。先生も待ってるよ」


「え、ええ、で、でも……」


「いいから、ほら、早く」


陽子はあれよあれよと言う間に、織枝の手を引っ張って、学校のほうへと連れて行った。

強引だなぁと思いつつ、俺も陽子のあとをつけて、学校のほうへ向かった。



このあと、学校で、担任にいろいろ言われたりして大変だったが、

織枝と陽子がなんか打ち解けたようだったので、

明日からは大丈夫だろう・・・と俺は思った。


と、そのとき。担任の先生は衝撃的な一言を口にする。


「……乾さん。あなただけ初日の自己紹介まだ終えてないでしょ。

 明日、自己紹介してね。みんなの前で」


乾織枝の顔は一瞬で青くなり、その表情は、石像のように、びっしりと固まった。

相当、嫌なんだろうな。自己紹介。

なんか異様に人見知りっぽいし。俺も他人のことは言えないけど。


織枝……がんばれ。

俺は、心の中で応援するしかなかった。


次回へ続く。

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