●6月21日(木)午前9時

 ともかく、探さないと。


 昨晩は、左薬指に輝く石をいろいろな角度から眺めながら、料理酒として使用していた開栓後だいぶ経ってただろうなという酸味の利いた白ワインを瓶のまま煽って、そのままソファで寝てしまった。思いつめて眠れなくなって、とかだと翌日の行動に支障をきたすわけで、まあそれはいつもの私的な割り切り方で正解だったと思いたい。


 ほんとは隣に誰もいないあのベッドに入りたくは無かったわけで、でも夢の中では会えた。や、夢じゃあない。今も私の中でほんのり熱を帯びて輝いている大事な記憶。でも醒めて改めてひとり、しんとした部屋に置かれると、かえってきっついわ。


 ぬうう頑張れ私、と、がに股になって両手で何かを押すような仕草を交えて、変顔で丹田に気を送り込んでいく。会社には既に休みを取ることを告げてあり、そこはぬかりなく段取りよくこなしているものの、その後の指標となると、まったく霧の中って感じがして、どこに手を伸ばしたらいいかすら分からない。


 こらー婚約者がそんな体たらくでどうする、といちいち自分に喝を入れていかないとすぐに萎んでしまう気力を振り絞り、まずは携帯で片っ端からメールを送りまくることを決意する。時刻九時十分。大抵の勤め人は業務を開始した頃だ。電話をかけまくるのは憚られるし、まだそんな大ごとにしたくないという思いから、そんな選択にした。


 そう言えば、ガクちゃんの携帯、と思い出して、嗚呼と思い返す。新しい機種に変えてから即座に一度落として画面割って、一回は無料で新しいのと交換してもらえたんだけど、それを先月辺りにトイレにぽちゃしたんだった……


 あ、あと二か月はこれを何とか使って凌ぐしかない、とか必死で色々いじくってたみたいけど、そうだ、何かロックを外す暗証番号が押せないとか言ってた。着信だったら受け付けられるから、何かあったら電話して、って言ってたわ。そもそも私はメール苦手で、それにこっちから電話することが大体だったから、ガクちゃんからのメールとか電話が無いことを、それほど気にしていなかったんだ。向こうから携帯が掛けられないとしたら、連絡が無いのは何とか頷ける。


 でもおとといくらいから電話は続けているけど、「電源が……電波が……」みたいな音声が返ってくるだけ。ガクちゃんの携帯からは電話はかけられないけど、私の番号は覚えているよね? 公衆電話とかから掛けることは出来るはず。本当に、何かなければいいけど……

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