宮家と魔女
極東の島国の、
とは言え、鴉天狗神社と黒稲荷神社は同じ系統で、宮家と呼ばれる異能を持つ七つの一族が、それぞれの主祭神を祀る場所であり、各本家が住む屋敷でもある。黒稲荷神社には
当時、この二つの家を率いるそれぞれの当主は、規模も信念も異なりながら、互いに悪友、腐れ縁と大笑いしながら呼べるほどの仲であった。当主である
ただ、真の意味での関係性は、腐れ縁や悪友と呼ぶには少し、偏りがあった。幼少期から好奇心だけで人さえ殺す和尋と、それを隠すためだけに明治政府に宮家だけの特例法を作らせる一夜は、腐れ縁やら悪友やら、親友やらという関係を大きく超えていた。もしかしたら、和尋が好奇心の傘を被って、その行動を理由にして、一夜が宮家全体の動きやすい法を作らせていた、というだけかもしれないが、二人がただの友愛で結べる関係ではないのは、確かである。
この二人の特殊性はそれだけではない。二人は女関係も揃って異質だった。
大宮一夜という男は、非常に女にモテるのである。彼は当時の宮家としては普通の、二十歳直前に結婚をしたが、その時にはすでに子を成した愛人が五名ほどいた。彼女らは自分が正妻になれないことも知っていたし、愛人同士で一夜の愚痴を言い合う程には仲が良かった。それも、一夜には正妻になる許嫁が幼少からいたのである。ただ、それでも一人を愛する、ということをしなかった彼は、先の戦争で夫を失った女や、身寄りのない女に寄り添っては、衣食住を保証して、自分が与えた住宅に通い、互いに愛を囁いて子を作っていた。ただ、正妻となった分家の娘は気が強く、結婚後はその目を盗んで通う度、バレては庭に首だけ出して埋められて、その異質なほど整った顔を鼻が折れるまで踏まれた。
その友人である豊宮和尋という男は、宮家という異能の家系を背負いながら、前例のない女と恋に落ちた。当時、長い平和が終わって、開国と大政奉還というものを国が行ってから、外の国から沢山の見たことも無いような人間達がやって来るようになった。西洋人と呼ぶ者が多いが、宮家が注目したのは、それらの括りではない。魔女、と呼ばれる、宮家と同じ、異能を扱う人種であった。彼等は基本的には西洋人の外見をしているが、時折、東洋人の者もいて、おそらくは、そういった見た目は魔女の要素ではないのだろうと考えられた。また、彼等は東西南北の四つの流派があり、それぞれに始祖と呼ばれる魔女がいた。和尋は、この、北の魔女の始祖レイリーと、好奇心のまま生きた結果、出会い、最終的には、結婚までしてしまったのである。宮家が他所の国の、ましてやよくわからない異能の血を入れるのは、おそらくは伝統を重んじる宮家の歴史上では初であり、豊宮家以外の宮家からも、批判と罵詈雑言の嵐となった。ただそれでも、自分は宮家の頂点の一人だと、大宮一夜が結婚の証人になったのだから文句を言うなら大宮家にも言っていることになると、感情だか理論だかわからない方法で押し切ってしまったのである。
そんな二人も、結婚して正式に子供が出来れば、それなりに大人しくもなる。先に公式的な正妻の子が出来たのは一夜の方だったが、その一年後、和尋にも朗報が伝えられた。
「えぇ、居りますね。奥様のおっしゃる通りです。六月ほどのお子さんがいらっしゃいますよ」
豊宮家の真新しい西洋屋敷の一室で、白衣の男はそう言った。
「ほら見ろ。私の言ったとおりだ。いくら腹が張らないと言ったって、いるものはいるんだ。認めろ。そして泣いて歓喜しろ。お前と私の子だ」
服の裾をたくし上げてベッドに横たわり、少々不機嫌そうな顔をしながら、その腹を見せるレイリーは、驚いて呆けている和尋を、その長い腕の先、指で突く。医者でもない男が、自分の愛人でも妻ではない女の臍を見るものではないと、後ろを向いて壁に密着している一夜も、少しの空笑いの後、黙りこくった。
「恐らくは、奥様の腹筋が発達しすぎて、お腹が張らないのだと思われます。ですが、奥様のお話を聞いて、触診と聴診をしたところによると、お子様は順調に育っておられますし、骨格からして奥様のお体が大変その……我々より大きくていらっしゃるので、お腹が張らなくても、中でちゃんとお子様も大きくなられているようです」
言葉を濁す医者の目の先、レイリーはフンッと、鼻を鳴らす。彼女の背丈は凡そ二三〇センチメートル。ベッドも屋敷も特注で、彼女に合わせた仕様である。北の魔女には背丈の高く筋肉質な大変健康的な者が血筋として多いらしく、結婚式に来た彼女の兄弟姉妹の多くも、似たような丈夫そうな体をしていた。
「ただ、我々とは人種がかけ離れるので、出産予定や、お子様が最終的に何処まで大きくなられるかは、私達にはわかりません。何せ、私は宮家の子しか見てこなかったもので……」
そう言って医者は申し訳なさそうにレイリーを見る。だが、気にするなとレイリーは発して、笑った。
「人種が違うと言えど、魔女は元々様々な部族の複合だ。私や私の親族が部族の特徴として大きいだけで、別に生まれ方は他の人間と同じだし、生まれてくるときの大きさもさほど変わらんよ」
レイリーは腹を撫でてそういう。それを見て、呆けていた和尋がハッと覚醒し、レイリーと目を合わせた。
「あぁ、いや、そうではないんだよレイリー。宮家は未熟児で生まれることが多くてね。皆、生まれるとき、同じ日本人でも、一般人に比べると小さいんだ。ただその分、女性はするんと産んでしまう人も多いし、それで彼も戸惑ってるんだよ。逆に、ちゃんと育ってから生まれると、骨盤が狭くて難産で、母親が死ぬってことも多くてさ」
少し、心配そうな顔で、和尋が笑う。そんな心配などせずともいいだろうと、話している間に気づいたのだ。
「私は宮家の女じゃない。北の魔女だ」
淡々と、レイリーが放つ。少し拙い日本語が、いつにも増して攻撃性を孕んでいる。文明も、文化も、生きた年月も、血の道も、彼女は彼等宮家とは全く異なる。黙って口を開けない男どもの沈黙を縫うように、レイリーはまた言った。
「トナカイと狼しか耐えられない寒さの中で、最高の戦士達の間に生まれた女だ。心配は無用。ヒロは父親として子供の名前でも考えていろ」
産むのは私の仕事だ、と、裾を降ろし、ベッドから立ち上がって、レイリーは言った。立ったレイリーの顔を見るには、いつも顔を上げねばならず、首が痛い。ただ、彼女はそんなこともお構いなしに、猫でも撫でるように和尋の頭を撫でる。東洋人には珍しい、和尋の金の髪が掻き上げられ、海を込めたような瞳が露見した。
足音を合図に、黒髪を揺らして振り向いた一夜は、大宮家の特徴である真紅の瞳をレイリーに向けて、眉間に皺を寄せる。
「やはり顔だけの印象としては、和尋の方が魔女らしいんだがな」
レイリーの黒檀のような長い髪と瞳を見て、そんなふうに呟いた。
「案外、生まれてくる子は背が高くて西洋顔で、全然宮家……日本人には見えない子だったりしてな」
皮肉なのか本心なのか、それとも何も考えていないのか、和尋はケロっと笑ってそんなことを言う。眉を顰めて一夜はレイリーを見たが、彼女はそうだな、としか言わずに、部屋の扉を開けた。
廊下には一夜の従者が一人立っており、レイリーに、おめでとうございますとだけ言って、目を合わせなかった。
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