第32話

家主の勧めで社務所の一室に移動していた。

「君がユウト君かー。方々から噂は聞いているよ。一般人ながら嬉々としてこっちの業界に足を踏み入れた若いのがいるってね」

「事実と噂の間に大幅の乖離があるようですが…」

「仕方のないことさ。所詮、噂なんていい加減だからね」

「当の本人は複雑な思いですよ、きっと」

抗議の意味を込めた視線を噂の出所へと向けた。

「どうしたの?何か問題でも発生した?」

元凶は僕の隣で呑気にお茶を啜る。

「真実が大分捻じ曲げられて人に伝わるって、結構困りますよねー」

「そうね。でも、彼も言っているように仕方のないことでもあるわ」

「あれ?僕が求めていた返答とは違うような」

「他人は誰しも個人の思い通りには動かないものよ」

またもや柚木さんは意地悪な笑みを浮かべた。

「人間心理の深淵を覗けた気がしますね」

「私のお陰で賢くなって良かったわね。感謝しなさい」

目を閉じてお茶を飲む真理の探究者に僕は溜息を吐いた。


「ところで、ずっと気になっていることがあるのですが」

僕はテーブルの向こう側に座る狐目の神主をチラッと見る。

「大体君が考えていることは分かるよ」

ニヤニヤとしている表情は同じだが、あの鑑定屋とは印象が大きく違った。

”あっち”のは目に見えて分かるような人を馬鹿にした笑いで、相対する人間に不信感を抱かせる。

「まさかとは思いますが、鑑定屋さんではないですよね…?」

「ご期待に応えられず申し訳ないが、もちろん違うよ。でも、無関係という訳でもない」

神主は手の平を組んで、テーブルに肘をつく。

「と言うと、ご家族や親戚ですか?」

「そうだね。もっと詳しく言うと僕たちは双子なんだ」

双子。ならば二人の顔が似ているのにも頷ける。

「弟…あ、僕が一応兄でね。弟とは喧嘩別れをしているんだ」

神主は一瞬寂しそうな顔をする。

「嫌なことを聞いて、すみませんでした」

「いやいや、そうやって素直に謝ってくれる、その気持ちが嬉しいよ」

微笑んで手の平をヒラヒラと振る神主。

「だから私たちは反対の生き方をしている、というわけさ。業界は同じだけれどね」

と、神主は軽快に笑った。

「喧嘩したのはもう何年も前の話で、互いに割り切れているところはあるんだよ。だから、ユウト君も変に気を使わないでもらいたいかな」

申し訳ない気持ちは拭いきれなかったが、分かりましたと僕は応えた。

「時に彼、君が言う所の鑑定屋は名前を名乗らなかったのかい?」

「はい、そうです」

質問の意図が掴み切れず柚木さんを見るが、興味がないといった風に髪の毛を弄っている。

「弟らしいですね。でも、弟の流儀に合わせてしまうと、私は神主とでも呼ばれてしまいそうだよ」

まさに僕の頭の中で付けていた呼び名だったため、少し動揺してしまう。

「その反応は正解のようだね」

これもまた神主は笑い飛ばす。

流石とでも言うべきか特殊な世界を生業としているだけ観察眼が鋭い。

僕が単純過ぎるだけかもしれないが…。

「ユウト君とは長い付き合いになりそうだから、しっかりと名乗らせてもらおうかな」

僕達の間に一息分の間が流れる。

「私は 俵里 灯織(ひょうり とうしき)という名前だよ」

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