第25話

心地の悪さのある僕は、しきりにお茶を啜っていた。

結局、居間で少し休憩することになり、僕と愛紀と義久さんの三人が向かい合う形となっていた。

友達の親と同じ空間にいるのは、何とも言えない気まずさがある。

とは言っても、愛紀と義久さんはワーワー言い合いのような家族団らんを続けていた。

「だから!空気を読んでって言っているの!」

「可愛い娘が心配なんじゃ!性欲の権化たる雄犬と、一緒の空間に置いておくことなんぞ出来るか!」

二人はかれこれ20分程同じ話をし続け、意見は平行線上で全く話はまとまりそうにない。

「ユウト!あんたはどうなの!?」

「え!?」

急に矛先が僕に向けられ、たじろぐ。

「な、なにが…?」

勢いのまま鉄拳が繰り出されることを警戒しつつ、話の流れを確認する。

「だから!あんたは性欲なんて全くない干からびた老人みたいな男よねって話よ!」

「いつの間にか傷つけられていたのか僕は…?」

「早くイエスかノーで答えなさい!」

愛紀も凄い剣幕だが、義久さんの方は鬼のような形相をしている。

知らぬ間に地獄に飛び込んでいたようだった。

普段使わない僕の頭は、正解を求めてフル回転した。

ここは素直に愛紀の言葉に頷けば、義久さんが怒ることはないだろう。

「確かに愛紀の言う通りかもしれない。つまりイエスだ!」

「貴様ぁ!愛紀に魅力が無いとでも言うのかっ!!」

どちらにせよ道は無かったようだ。

「お父様…そろそろ御ふざけは止めましょうか?」

愛紀は拳をポキポキと鳴らし始める。

「す、すまん愛紀…」

微笑んでいる愛紀にオドオドする義久さん。

しかも何故か胡坐から正座に座り変える。

「大丈夫?」

「はい…」

娘に対して立場が弱すぎる…。


「で、ユウ坊は今日何をしに来たのだ?」

打って変わって義久さんは、腕を組み真面目な声色で話す。

当主然とした態度によって、その身体が二倍にも三倍にも大きく見えてくる。

「今日は久しぶりに稽古でもしようかと思ってウチに呼んだんだ」

愛紀も義久さんと同じように、僕を家に招いた理由を告げる。

「まあ、そんなところだろうと思っていた」

義久さんは腕を組み自身の白い髭を撫でる。

「方々から愛紀やユウ坊が家業に精進しているという話が聞こえてきてな」

僕の頭の中に、ある狐のような人物がヒョコッと顔を出した。

「季節も季節だ。ユウ坊には鍛錬が必要なのではないかと儂も考えていた」

「親子で考えることは一緒って訳ね」

「儂は嬉しいぞ…」

嗚咽しながら涙を拭う動作をする義久さん。いや、全く泣いていないけれど。

シリアスな雰囲気が全く保てないのは、もう仕方がないのだろうか…。

「で、愛紀から見てユウ坊はどうだ?」

「んー、そうだなあ…体の作りは初段って感じ?」

「そのうち死ぬな」

「うん、死ぬ死ぬ」

お茶を啜りながら笑い合う二人。

「笑っている場合じゃないでしょうが!なに人を死ぬ死ぬ言っているんですか!?」

「じゃが、事実だからの…」

「そうそう、事実だから…」

この親子、本当は仲が良いな。

「だから今日呼んだ訳でしょ?」

「まあ、それはそうだけれどさ」

「というわけで、本当は私が稽古の相手をしようかと思っていたけれど、お父様が居ることだしお父様にしてもらうことにしよう!」

愛紀はパンっと手のひらを合わせる。

「よかろう」

義久さんの顔は、良いおもちゃを見つけたというような悪い笑顔をしていた。

「ちょっと待って」

「だってさ、そもそも私は女だし、男の子を鍛えるなら同性のお父様の方が適任でしょ?しかも、春場家現当主から直々に教えを乞うなんて、そうそうしてもらえないことだからね」

逆に感謝して欲しいくらい、と血迷ったかのようなことを愛紀は言う。

「婿を育てるためだ、いくらでも肌を脱ごう」

屈強な腕を組んで、うんうんと頷いている義久さん。

「僕、今日は愛紀さんが良いなぁ…なんて」

横目で義久さんを盗み見ると、今度は鬼のような形相に変わっていた。

「愛紀と二人きりになりたいだとぉ!?貴様は愛娘に一体何をする気なのだ!許さん、断じて許さんぞ、高校生にして孫を生んでしまうなど!!」

怒った表情のまま義久さんは固まった。義久さんは愛紀のことでオーバーヒートすると思考が停止してしまう。いつも思うが、この父親は娘のこととなると突拍子もないことを言い出すし、しだす。もし愛紀が男に襲われようものなら、地球の果てまで相手を追いかけて地獄を味合わせながら命を奪いそうだ。

「はいはい、お父様。だから、今日はお父様にやってもらうの」

愛紀が頬を叩くと、義久さんは動き始めた。一般の成人男性なら泣いて逃げ出すレベルのビンタを受けてケロッとしているのは、流石親という感じだ。

「孫の顔を見るところまでいってしまっていた…。ユウ坊には儂が認める男に一刻も早くなってもらわねばならないな」

「どうして婿入り確定なんですか?」

「稽古をつけてやるんだ、細かいことは気にするな」

と豪快に笑う義久さん。

「ほら、ユウト。一息ついたことだし道場にいくよ」

僕は愛紀と義久さんに引きずられるように居間を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る