第23話

木材の良い匂いがする玄関に着くなり、

「先に行ってて、飲み物取ってくる」

と彼女は靴を放り投げて奥へと消えていった。


流石四季の一角と言うべきか、愛紀の家は大きい。まず玄関が広い。僕の部屋位の大きさがあるのではないだろうかと思う広さだ。

玄関が広いということは、その敷地ももちろん広い。

まず一般家庭に門があるのがおかしい。

しかも、玄関まで少し歩くってどういうことだよ、本当に。


小さい頃は周りがこういう環境だったため、何も疑問を抱かなかった。

だが、良くも悪くも外に出ることになり、相応の規模の家が全くといっていいほど無いことを知った。

環境とは恐ろしいものである。

お陰で少しの間、嘘吐き呼ばわりされた。苦い思い出である。


僕たちが通ってきたは南側にある正門だった。そこから瓦の付いた白い壁が四方を囲うように張り巡らされている。まるで小さなお城だ。

正門から真っすぐ北に上ると、丁度中央部分に歴史を感じる立派な平屋が鎮座している。

春場邸である。

家屋はかなり昔に建設されたものらしいが、時代に合わせてリフォームやリノベーションをしているため古臭さは感じない。だが、誰が見ても格式のある家だということが一目で分かる。


広い玄関で靴を脱ぎ、僕は愛紀の言う通り一足先に部屋へと向かう。

玄関から真っすぐ進んだ突き当りにある居間を目指した。

障子で覆われた部屋の前に立ち、引き戸を横へとズラす。

流れるように扉はスライドした。


「ふぅ…」

屈強な雰囲気を纏った年老いた男が茶を啜っていた。僕は男とテーブルを挟んで相対する。

目と目が合い、時間が止まったように静寂が訪れた。

とん、と湯呑をテーブルに置く男。


「婿がやってきおったぞおおおおおおおお!」


男の雄叫びを聞くや否や、僕は背を向けて走り出した。

熊も出さないような重い足音が後ろから迫ってくる。

ここ最近で一番の全力疾走だった。

字の如く、僕は一陣の風のように走った。ただひたすら一直線に来た道を戻った。

だが、僕がもし風ならば、光や音に速さでは負けてしまう。

つまり、背中を追ってくるものに僕は勝てない。

どんどん近づいてくる足音から逃げる術は無かった。

さようなら、僕の大切な操…。


「どおおおおおらあああああ!逃げるなあああああああ!」

筋肉塊から腰辺に飛びつかれ、身体は地面に突っ込む。

年を重ねた人間とは思えぬ身体能力に、僕は敗北した。

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