第21話

夕焼けに入りかけている空に終礼のチャイムが鳴る。

昨日しっかりと休めたからか、一日寝ることは無かった。

態度はまさに模範の高校生といったところだろう。

授業を聞いていたかどうかは別の話だが…。



身支度後、いつものように僕の足は資料室へと向かう。

と思った矢先に、愛紀に声を掛けられた。

「ユウト、今から何か予定ある?」

「お?この間のリベンジか?」

以前愛紀から同じことを言われたが、中断されてしまっていたことを覚えていた。

「まあ、そんなところね」

「前は悪いことしたから今日は付き合うさ」

「よしよし偉い偉い!」

「そこはありがとうだろ…完全に僕が下じゃないか…」

日頃の行いだなぁ、と愛紀は笑った。



「で、僕は今日どこに連れていかれるんだ?」

今日一番の疑問を僕は問う。

「久しぶりに道場に連れていこうかと思ってね」

「やっぱりそうか…」

「ユウトもこっち側の人間になってしまったし、自分はもちろん皆も守らないといけないじゃない?男としては」

「確かに…」

対怪異において守られてばかりいる現状は、足手まといの何ものでもない。

男がどうのこうとは考えていないが、頼ってばかりは悪い気がしてしまう。

「身体を鍛えないと、そのうち死ぬと思うしねー」

「サラッと怖いこと言うなよ…」

「いやー本当だって。大したケガもしたことないし、ユウトは運が良いほうだよ」

昔は初心者こそ大怪我ないし死ぬことは日常茶飯事だったとのこと。

熟練になった人も一瞬の油断から足元を掬われることがあるという。

「そもそもユウトはまだ実戦に出れるような経験も無いはずなのに、ついてこれているのが不思議なぐらいなんだけど」

「センスがあって困っちゃうなぁ」

「死ね」

ゴミを見るような目の愛紀だった。


帰り支度を終えた僕たちは、愛紀の道場つまりは家へと向かって坂道を下っていた。

学校が街の真ん中にあり、春場家はその北の方角にある。

いつもの方向、つまり南へ下ってもいいのだが、そうするとグルっと回らなければならない。

遠回りして行くには少し時間が掛り過ぎる。

ならば山を登り、北に下って行ったほうが早い。

時折朝に僕を起こしに来る愛紀だが、わざわざ学校を通り過ぎて家に来るのは労力の無駄の何物でもない。

以前愛紀にその旨を話したところ、トレーニングも兼ねているから良いのだと言う。

人よりも身体が頑丈な愛紀にとって朝飯前なのかもしれないが、僕にはとてつもない重労働に思える。


林に囲まれた道に吹く風は柔らかい。

新緑の気配がする匂いは、気持ちをリラックスさせてくれる。

「ユウトさ、最近どうなの?」

周囲を見渡していると愛紀が唐突に聞いてくる。

「どうって…?」

急な質問の中に彼女は僕に何を問いたいのか図りかねる。

「まあ、その…なんていうか人間関係的な?」

「んー、特に何も無いぞ?」

「柚木さんとも?」

「何が言いたいんだ…?」

「うーん…ごめん、やっぱ今のなし!問題がなかったのなら、全然良かったって感じかな」

「よく分からないな…」

「お節介な幼馴染とでも思ってくれれば私は嬉しいよ。それとももっと追及して欲しかった?」

と愛紀は悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「はいはい」

僕は右手をヒラヒラと振る。

「つまらないなー」

近寄ってきていた愛紀は頬を膨らませた。

「そんなことだといつまで経ってもモテないからな!」

「おいおい。モテるって、アニメの世界だけの話をされてもな」

僕はハハハと笑う。

「ユウト…モテな過ぎてついに頭が…」

涙を拭う仕草をする愛紀。

「魔法使いになっても友達だよ…?」

「なんかその方が残酷じゃない…?」

「仕方ないなあ。じゃあ誰も相手が居なかったら私が貰ってあげるよ」

「素直に喜べない気遣い…。しかも、さり気なく婿入りだし…」

「春場の家は懐が広いよー」

「それは知ってる」

「流石、幼馴染さんは言うことが違いますねぇ」

「懐が広すぎるくらいだけどな」

「ま、困ったらいつでも頼りなよ。父様もユウトの事は気に入ってるみたいだし」

「今から会うかもしれないんだぞ…」

思えば小さい頃や再会後、いつも僕に好きな人は居るのか、付き合っている人は居るのかを聞いてきていた。

お父様に見つかったら最後、結婚が出来る18歳まで拉致監禁されそうな恐怖がある。

「残念ながら今日父様は外に出てるから居ないよ」

「あー本当に残念だなぁ」

「今のうちに媚を売っておくんだぞ」

と愛紀は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

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