第20話

ドンドンドンと玄関を叩く音が部屋に響く。

最初は呼び鈴の連続攻撃だったが、ゆっくり準備をしていたらいつの間にか打撃音に変わっていた。

朝からの騒音は頭が痛くなってくる。いや、いつでも痛くなるか。

「うるさいぞー」

「あ!起きてるなら、早くここを開けなさいよ!」

ドア越しでもはっきり聞こえる声。

「ご近所迷惑になるでしょうが。静かにしなさい愛紀」

「あんたのせいでしょうが!ていうか、こんなボロアパートに他に人なんて住んでいないでしょうが!」

お前がそれを言っていいのか…?

僕の住むアパートは、春場家が所有している物件だった。格安のアパートを探していたら偶然出てきたのが今僕の住んでいる

「ちょっと待ってろ。今忙しい」

「何が忙しいのよ!」

「今トイレだぞ」

「…っ!この変態!」

僕が愛紀と話をしているのは、ユニットバスの中からだった。

浴室は壁の高いところに小窓が付いており、そこが玄関前と繋がっていた。

「ユウト、他の女の子にはそういうこと言うの止めなよ…?」

「僕は人を差別しないから、みんなに等しく話をするよ!」

「…」

愛紀の肩を竦めている様子が目に浮かぶようだ。

「早く出てきなさいよ、ユウト」

諦めたような声色でドアを叩く音は止まった。

どことなく湧き上がった罪悪感もあり、揶揄うのは止めて早めに家を出ようと思った。



初夏の柔らかい風が首筋を撫でる。

真鳴市の街路樹には若い芽が付き始めていた。

生き生きとした緑を横目にし、僕と愛紀は坂道を歩いて登っている。

自転車を引いて歩く僕の額には汗の粒が出来ていた。

「この坂道、運動になって丁度良いわー」

などと愛紀は涼しそうな顔をして話している。

「体力お化けか…」

「ん…?何か言ったかな、ユウト君?」

ニッコリとした微笑みと力強く握られた右の拳。

「な、何でもないです」

「そう。なら大丈夫ね」

んーと伸びをする愛紀。

どうして昔は控えめな性格だった愛紀が、こんな暴力を振るう女の子になってしまったのか。

いずれ聞く必要があるなと薄い雲が流れる空を眺めた。


「あ、春場とユウトじゃない」

校門に差し掛かったところで聞きなれた声が後ろから聞こえた。

「おはよう波留」

「おはよー、波留ちゃん」

振り返ると、手に持った鞄を肩にかけた波留が不機嫌そうな顔で立っていた。

「二人で仲良く登校してきたって感じね」

「そんなんじゃないから!」

波留の表情とは反対に、何故か顔を赤らめる愛紀。

「はいはい。幼馴染はお熱いことですねー」

手をひらひらと振りながら波留は僕と愛紀の間を歩いていった。

「行っちゃったか…」

小柄な後ろ姿を僕は見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る