第14話 鑑定屋
放課後になり、いつものように喧騒が広がり始める。
部活に行ったり街に繰り出したりなど、眩しい青春模様を描いている生徒がほとんどだ。
そんな中で今の所僕が一番羨ましいと思うのは、夜にぐっすり眠ることが出来ることだ。
毎回裏の活動翌日は、そんな気持ちになる。
とは言っても、生活の為に辞めることは出来ない。
真鳴高校は、県内有数の進学校ということもあり、原則アルバイトは禁止だ。
ただ、僕のような生徒は特例でその許可が下りる。
昨日やった仕事もとい活動が、アルバイトの扱いとなるのかは疑問だが。
今日は部室に顔を出してから、例の鑑定屋に行こうと考えていた。
正式名称があるらしいのだが、表現がしっくりくるということで僕たちの間では「鑑定屋」と呼ばれていた。
念のために僕は職員室へと足を運んだ。
いつも通りならキーケースに資料室の鍵は無い。
雰囲気の重い部屋へと入り、手近な教師に要件を伝える。
想像通り、収まるべき場所には何もなかった。
気合のない挨拶で職員室を後にした僕は、彼女らの元へと向かう。
また入るなり罵倒を受けるかと覚悟したが、そんな心配はなかった。
資料室には、柚木さんが一人定位置に座っているだけだった。
「お疲れ様です、柚木さん」
いつものように手にした文庫本から視線を移す。
「あら、今日はちゃんと来たのね。偉いわ」
表情はあまり変わらない。
「何で素直に褒めるんですか…」
「どこかの誰かさんが身分を弁えずにサボったりするのが原因ね」
「それは確かに僕が悪いのですけれども…」
「駄犬も飴を与えておけば、言うことはなんでも聞くでしょうからね」
「その駄犬はそんなに馬鹿では無いはずですよ」
「自分を馬鹿じゃないと思っているあたりが馬鹿が馬鹿たる所以よ。ほら、昔の偉い人も無知の知とか言っていたじゃない」
「ソクラテスですね、それ」
「あら。頭の良いだけ…後輩だこと」
「柚木さんの駄犬が誰を指しているのか、ハッキリ分かりましたよ」
「これは可哀そうなことをしてしまったみたいね」
「僕は泣きそうですよ…」
「頭を撫でてあげましょうか?」
「絶妙な優しさ!」
と一通り茶番を終えたところで、柚木さんは本題に入る。
「ところで、鑑定屋には行ってきたの?」
「まだ行ってないですよ」
「まだこの時間なら居ると思うから、早く行ってきなさい。自分勝手な輩だから捕まえるのに一苦労するわよ」
「柚木さん、一緒に付いてきてくれませんか?どうもまだ苦手で」
「その内一人で行くようになるんだから、早いか遅いかの問題だけよ」
「出来れば遅らせ続けたいものです」
「全く…」
はぁ、と柚木さんが溜息をつくと同時に扉が開いた。
「あら、今日もまた集まりが悪いじゃない」
入り口の方を見ると、そこにはジャージ姿の波留が立っていた。
高校では学年によってジャージの色が違う。
僕たち二学年の色は青だ。
「今日は締まりのない格好をしているわね」
「仕方ないじゃない、6コマ目が体育だったんだから。わざわざ制服に着替えるのなんて面倒くさいわ」
「あなたの緩み切った人間性と良い感じに合っていて良いんじゃないかしら」
「あんたは人を攻撃する言葉しか話せないわけ?」
「私にとってはお遊びの範疇よ」
「あんた、友達絶対に居ないでしょ…」
「ご想像にお任せするわ」
これは本当に友達が居なさそうだぞ…。
まあ友達が居ないからと言って、それで落ち込むような柚木さんでも無いのだろうけれど。
「ところで、あなたたちは何の話をしていたのよ」
波留は話を切ってしまって悪いとでも言うように、先程の話題を掘り返す。
「この臆病な駄犬が一人で換金屋に行くのが怖いって鳴くのよ」
柚木さんは眼を閉じて呆れたというように言う。
「まー、正直気持ちは分かるわ」
腕を組みながら波留は応える。僕にとって驚愕の内容だった。
あの男勝りの波留は、男らしくないだの何だの罵倒をするだろうとタカをくくっていた。
が、僕の予想とは違うもので、むしろ同情するようなものだった。
「あの性格が気に食わないのよ。人を馬鹿にしたような物言いっていうか」
鑑定屋の店主を思い出しているのか、渋い顔をする波留。
「まあ、怪異とか癖のあるものばかりと関わってるから、優位に立つにはああいう対応をするしかないのではないかしら」
と、柚木さんは同業者のフォローをする。
「私たちも気を付けないとああなるってことね」
腕組みをした波留は、気をつけなきゃなどと言っている。
「で、ユウト。私も行く用事が丁度あったし、一緒に行かない?」
「おお!良い提案だ波留!」
渡りに船とは正にこのことである。
「取り合えず今から行くってことで大丈夫?」
「特に用事も無いし行けるぞ」
「じゃあ、行きましょうか」
「そういうことなので柚木さん。僕たち鑑定屋に行って、多分そのまま帰りますので」
「わかったわ、気を付けてね。それと、ちゃんと御札は忘れず持っていくのよ」
「ありがとうございます!」
僕と波留は柚木さんに別れの挨拶を告げ、資料室を後にした。
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