第10話 いつもの非日常3
軽口を叩き合っている内に、三階へと辿り着いた。
美しい旋律は途切れることなく続いている。
流石の僕たちも口は開かなった。
物音を立てないように音楽室の前へと移動した。
扉に付いた小窓には暗幕がかかり、中の様子は伺えない。
自然に柚木さんと目線が合い、互いに頷く。
扉を少しだけ開き、風が流れ出てくる。
締め切られた部屋のモヤッとした空気が気持ち悪い。
下が柚木さん、上が僕と並び、中を覗き込む。
月明かりしかない音楽室。
ピアノは入り口から正反対の壁際に置いてある。
目を凝らすと、ピアノに椅子に腰かけている女子生徒の後ろ姿があった。
そのありふれた姿に、本物の人間なのではないかと考えてしまう。
例えば、夜な夜なピアノの練習をする真面目な生徒だとか。
だが、“あれ”は間違いなく怪異なのだ。
躊躇いこそ僕たちの身の危険に繋がっていく。
怪異は姿形のハッキリしたものこそ脅威である。
明確に姿が現れるほどに、噂の広まり・質、つまり真実味が高いということだ。
人々によって怪異の存在が認知されるにつれ、現実世界・現世へ干渉する力が高まる。
その影響の具体的な事例が、ポルターガイストだ。
今回のような事象は正にそれである。
ただ、一番分かりやすいのがポルターガイストなのであって、知らずに怪異の影響を受けている人は多い。
怪異に関してここまで数少ない知識を披露してきたが、全体で見ると点程の知識だ。
怪異は千差万別。僕の知らない種類も多い。
対峙した場合、その場その場で臨機応変に対応しなければならないのが常だ。
だからこそ、毎回緊張感がある。
「で、どうやって対処するのよアレ」
僕も思っていたことを波留は聞く。
「一見した感じだけれど、初期段階ね」
「そうですね。まだ影響は少なそうです」
「なら、正面から叩くのも可能そうね」
「少し警戒すべきだとは思いますが、大丈夫だと思います」
柚木さんと凜が方向性を決めていく。
二人は僕を含めた他の部員よりも知識や経験が多い。
夏木家と冬真家の“しがらみ”は、性質上小さい頃からその存在に触れなければならない。
人間や自然を相手にする春場家と秋音家は、ある程度成長してから怪異に関わり始める。
だからこそ僕たちは、彼女たちの判断に任せていた。
「それじゃあ、いつも通りの手順で行くわよ」
柚木さんの指示に、各々が承諾を示した。
「それでは私からやらせていただきます」
と、凜は音もなく立ち上がる。
深呼吸をしつつ、人差し指と中指を立てた右手を顔の前に持っていく。
「…行きます……縛!」
僕たちは凜の声に合わせて扉を開け放ち、怪異と対峙した。
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