第9話 いつもの非日常2

僕たちは特別棟の三階に向かっていた。

資料室は階段を上り、右に曲がった廊下の突き当りにある。

僕らの目指す音楽室はその反対側、階段を上ったすぐ横にある。



「本当に面倒な構造よね、この高校」

「増築に増築を重ねたって感じの高校だし、仕方ないんじゃないかな」

今度は愛紀が波留の相手をしていた。


僕たちは特別棟と多目的棟を繋ぐ渡り廊下を進んでいた。

足元に敷かれた簀の子がギシギシと音を立てる。

冬になると、この渡り廊下には雪が積もる。

どこかの隙間から風と一緒に吹き込んでくるらしい。

絶妙に痒いところに手が届かない仕様は止めて欲しい…。


「しっ…静かに」

先頭を歩いていた柚木さんが、左手を横に出す。

後ろを着いてきていた僕たちは、指示に従い足を止めた。

「間に合わなかったみたいね」

多目的棟に入ったタイミングで、微かにピアノの旋律が上階から聞こえ始めていた。

「みんな、気を付けましょう」

柚木さんの言葉に緊張感が張りつめる。

「ふ、ふん。みんなビビっちゃって。わ、私は別に怖くもなんともないわよ」

と、波留は腕組みをする。

腕が微妙に震えている。

「おう。じゃあ危なくなったら頼んだぞ波留」

「えっ…?」

口を開け、呆けた表情をする波留。

「ちょ…ちょっと、そこは俺が何とかしてやるくらい言いなさいよ!」

「いやー、僕は何度経験しても怖くてね。波留みたいな人に頼りたくなっちゃうんだよ」

「確かにそうね。頑張ってね、秋音さん」

「応援してるよ、波留ちゃん!」

「先輩の勇姿をしっかり見ておきます」

他の地研メンバーも乗っかってくる。

「っ…!」


僕は、いや僕たちは知っている。

秋音波留が心霊系を苦手にしていることを。

しかし、彼女がこうも強がってしまうのは性格からか、はたまた家への誇りなのか。

何とも可哀そうな立ち位置である…が、面白いのでどうしても構いたくなってしまう。

そしてここぞとばかりに乗ってくる女性陣。

愛情と言えば愛情なのかもしれないが、苦しむ姿を見たいとは歪んだ感情である…。


ちなみに僕は苦手でも得意でもない。

これは僕の名誉のためにも、しっかりと表明しておこう。


「え、あ、うう…」

完全にショートしかけている波留。

どれだけ彼女の中で葛藤が繰り広げられているのか。


「ま、いざとなったら肉壁が肉壁となって助けてくれるわ」

さも話が綺麗に纏まったという雰囲気を柚木さんは醸し出す。

「柚木さん?日本語がおかしいですよ?」

「あら、ごめんなさい。言い直させてちょうだい」

素直に謝罪する先輩の成長に、僕は感心する。

「駄犬が喜んで壁となってくれるわ」

手を合わせてニッコリ微笑む我らが部長様。

「駄犬という表現が誰を指しているかは分かりませんが、そんな懐の広い人がいるとは素晴らしいですね」

うんうんと僕は頷いた。

「さ、夜も更けてしまうし進んじゃいましょう。尻尾を振ってついてきなさいユウト君」

おや?

「先輩、やっぱり今日は疲れているんじゃないですか?どうですか、今日の活動はここまでということにするのは?」

先輩思いの僕は、今晩の活動中止を提案した。


「おそらくですが、駄犬とはユウト先輩のことですよ?」

キョトンとした顔の凜によって、僕の提案は粉々に粉砕される。

「そんなことも分からないから駄犬なのよ」

柚木さんはやれやれと溜息を吐く。

「だああああああ!そんなことはとっくに分かってますよ!」


「ユウト、うるさい」

愛紀と波留の声が重なる。

「全く。こんな夜中に大声を出すなんて近所迷惑な後輩ね」

何もしていないのに総叩きにあう僕。確かに叫んだけれどさ。

本当こんな部活、他の生徒なら裸足で逃げ出すぞ。

僕はなぜ所属し続けているのか最大の疑問が生まれる。

「駄犬のせいで貴重な時間が減ってしまったわ」

足を止めていた僕たちは、柚木さんが進みだすのに釣られて歩き始める。


渡り廊下を過ぎると突き当りにぶつかる。

そこを右へ曲がると、すぐ右手に階段がある。

地研一同は上階へ向けて、その階段を登る。

「結構、しっかり音が聞こえてきますね」

緊張しますね、と凜は起伏のない話し方をする。

「今回の噂は学校じゃなくて町単位だからね。今までのよりもハッキリ存在(い)ると思うから、気を付けてね凜ちゃん」

お姉さん振る愛紀。

「僕は凜よりも愛紀の方が心配だけどな…」

「ユウト、後で覚えておきなさいよ」

蛇に睨まれた僕だった。

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