第8話 いつもの非日常

涼しい夜風を浴びながらも、僕は汗だくになっていた。

目的地、もとい集合場所へは自転車で10分くらいの距離だ。

その場所とは、我らが真鳴高校である。

息を切らしながら坂を上りきると、校門の前には既に4人の見知った顔があった。

地研オールスター大集合だ。

彼女たちの後ろにある校門は真夜中だというのに開いていた。

常時は開いていないのだが、集合のかかる時にのみ四季の権力を使って開錠させている。

「遅いわよ」

その張本人である柚木さんは、僕を見つけるなり抗議を始めた。

「すみません…って、ギリギリセーフじゃないですか!」

「約束の時間に到着なんて遅刻したも同然よ」

「そんな理不尽な…」

「そもそもレディーを待たせるなんて、男としてどうなのかしら?」

「普通だと思います…。そもそもレデ…」

心なしか女性陣の視線が冷たくなったような気がした。

「こんな馬鹿は放っておいて、さっさと行っちゃいましょう」

波留が付き合いきれないといった風に、背を向けて歩いていく。

「ユウト、今のはちょっと無いかなぁ」

愛紀もやれやれと肩を竦めて波留に続く。

凛はペコッと頭を下げて、その後ろを付いていく。

「ほら、行くわよ。気の利かない後輩くん」

柚木さんは、意地悪な笑みを浮かべて女性陣の殿をいった。

「はぁー」

いつも通り過ぎて自然と溜息が漏れる。

緊張がどこかへ飛んで行ってしまった気がする…。

彼女たちの呼ぶ声に釣られ、夜の学校へと忍び込む。



僕たちの部活は表向き「地域史研究会」として活動している。

が、表向きということは、もちろん裏がある。

その“裏”活動を簡単に伝えるならば、除霊という言葉がしっくりくる。

除霊!お祓い!ゴーストバスターズ!

世間を騒がす怪異は塵も残さず消滅!

……とてつもなく胡散臭い。

が、活動自体が間違っていないのが複雑なところである…。




5本の白い光が暗い廊下を照らす。

校内には足音が幾重にも反響している。

各々雑談をしているが、少しの異変にも反応できるように警戒は怠っていなかった。

「それで。今日の依頼はどんな感じなの?」

先頭から2番目を歩いている波留が唐突に本題に入る。

「まあ、何ていうか、とてつもなくベタな内容よ」

いつの間にか僕たちを先導していた柚木さんが振り向いて答える。

「ベタねぇ…。まさか…音楽室で夜中に鳴り響くピアノの旋律とか?」

「あら、なかなか勘が鋭いわね、秋音さん」

「ゲッ…本当にそうなの…」

波留は分かりやすく肩を落とす。

「またいつもみたいに、しょぼくれた怪異の相手をするってことね…」

「正解よ。というか、大物が絡むなら私たちに話は降りてこないわ」

「私はもう少し骨のある怪異と戦いたいの!」

「私たちみたいな未熟者には丁度良いレベルってことなのよ」

練習にもなるし、と柚木さんは諭すように話す。

「というか、そもそも夜中に鳴るピアノの音なんて誰が聞いたのよ!完全に出来そこないの怪談話じゃない」

「怪異自体そういう噂から生まれるものじゃない。これはある意味予防も兼ねているのよ」

「ふーん。だから、こんな夜中にわざわざお使いに駆り出されたってわけね」

波留は強気な性格のため、今回の“優しい”お使いには不服のようだ。

だが、柚木さんの言っていることは間違っておらず、その不満の捌け口が分からないでいるようだ。

触らぬ神に祟りなしと心得ているのか、愛紀と凛は二人の会話に混ざらず静かに歩いていた。凜はともかく、意外と愛紀は場の空気が読める。

「今回は地域の方が、夜中にピアノの音が聞いたのが発端よ」

柚木さんは、事の流れを簡単に説明した。


会社員が飲み会の帰りに学校の前を通りかかった。

すると、明かり一つない学校から綺麗なピアノの旋律が聞こえてきたという。

その音は少しずつ大きくなっていき、最後には鍵盤を叩きつけるような音と女の叫び声が聞こえたという。

住民はそれを家族に話し、回りまわって真鳴高校の生徒の耳に届いたらしい。

そして近頃学校ではその怪談が流行りとなってしまった。

中には七不思議の一つだと騒ぐ連中も出始めたという。



まあ真実は、学校ではなくその近くの一戸建ての家から漏れてきた一連の音だったらしい。

近所迷惑な話だが、母親は小さな子供が寝静まった後に、ストレス発散で趣味のピアノを弾き始めたらしい。

だが、途中から子供が愚図りだして演奏に集中できなくなっていった。

母親は日頃の疲れもあり激怒してしまったらしい。

運悪くそのタイミングで人が通ってしまった。

通常の判断能力があれば分かるはずだが、傍を通った会社員は折り悪く酩酊状態で正常な判断が出来なかったという。

それが怪談になっていった。

最初は噂話などすぐ無くなるだろうと思っていたが、なかなか消えない。

田舎町では、小さな出来事も楽し気に噂され続ける。

このまま続いてしまえば一般市民に有害であると判断され、僕たちを派遣することに繋がった。

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