第7話 日常との狭間で

僕の通う「真鳴高校(しんめいこうこう)」と家は、自転車で10分程の距離にある。

この高校に入学した理由は、家からの近さが大きな決め手だった。

県内でも有数の進学校だったため、受験勉強はそれなりに頑張ったと自負している。

通学時間の為に勉学へ勤しむとは、怠け者なのかそうではないのか自分で疑問に思う。



僕は愛車の紅いママチャリに跨り、坂道を下っていた。

新鳴高校は、小さな山の中腹にあった。

通学時間は10分程と先ほど言ったが、それは地図上の話であって実際の通学時間は違った。

大方想像がついているように、下校の所要時間は極端に短いが、登校が地獄なのである。

舗装されているとはいえ、そこそこ急な坂道が高校の前に広がっている。

春・秋はまだマシだが、夏になると酷いことになる。

登校だけでマラソンを走ったかのように汗が流れる。

朝の教室は清涼剤の臭いが立ち込め、頭がクラクラする程だ。

春から夏に変わりかけているこの快適な時期が、いつまでも続けば良いのに。



陽の傾いた坂道は少し肌寒かった。

自転車の速度が上がっていくほどに僕の身体は風に包み込まれる。

坂の途中、徒歩で下校する他の生徒の間をスイスイと縫うように走った。

ようやく平地に出たというところで、赤信号に引っかり止まる。


その時、ブレザーが震えた。

内ポケットから携帯を取り出し、連絡を確認する。

送信主は柚木さんだった。


―本日0時。いつもの場所でー


そこには、ごく短い一文が浮かんでいた。

「招集がかかるのって、一週間ぶりくらいか?」

時折こうして柚木さんから、集合の号令がかかる。

もちろん拒否権はない。

今日は寝不足かぁ、と憂鬱な気持ちになる。

早めに帰って一休みしなければならない。



家に帰ってきてからは、いつものようにインスタントの夕飯を食べ、シャワーを浴びた。

結局また汗をかくかもしれないのだが、身体のベタベタした嫌な感じを早く払拭したかったのだ。

今の時期は夏に比べてマシというだけで、登下校ではしっかりと一定量の汗をかいていたためだ。

その後は、宿題や読書をして過ごした。

もちろん読んでいた本は、地域史関係だ。

活動後も勤しむその姿こそ、地研部員の鑑みだろう。




「そろそろか」

もう少しで時計の針が頂点に達する。


正直な事を言えば制服で行きたいが、時間も時間の為に世間体を考えると私服で行かなければならない。

洗濯後からハンガーにかけられたままのグレーのパーカーと、部屋の隅に畳まれた黒いチノパンを身に着ける。20年以上も時を刻み続ける腕時計を左腕に着けると、その重みがしっくりきた。



僕はどことなく緊張感を覚えている。

夜の集合は何度も経験しているが、完全に慣れるにはまだ時間がかかるようだ。

靴の少ない玄関でスニーカーを履く。

すぅっと深呼吸をした僕は、夜の街へと飛び出した。

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