第6話 日常6

壁掛け時計を見ると、いつの間にか下校時間になるところだった。

僕の掛け声で各々帰る支度を始める。

「そういえば愛紀、用事ってなんだったんだ?」

「んー……また今度でいいや!」

「そっか。今度は付き合うから」

「お!?いつも意地悪なユウトが優しくなった?!」

やっと私の魅力に気付いたか~、などと訳の分からないことを言っている。

「調子に乗るな。ただ何となく悪いなと思っただけのこと」

「ほーん」

と言いながら愛紀は僕の脇腹を肘で突いてくる。

絶妙に肋骨に当たって痛い。


「みんな、帰る準備は済んだ?」

部長らしく柚木さんが確認を取ると、各々が適当な返事をする。

僕が窓の施錠を確認している内に女子達は教室の外に出ていく。

鞄を持ち廊下へ出ると、

「じゃあ頼んだわ」

と柚木さんから鍵を手渡される。

「了解です」

いつの頃からか、帰る際の鍵の管理は僕の役割になっていた。

この学校では普通の教室以外は施錠をしている。

特別教室や実習室に行く際には、職員室から鍵を借りないといけない。

いちいち職員室に行くのは面倒くさい。

そもそも職員室には、滅多なことがない限り近づきたくない生徒の方が多いだろう。

あの異様な威圧感というか、張りつめている空気感に苦手意識が植えつけられる。


男卑女尊たる地研では、そのような嫌な役回りは基本僕が担っている。

部活唯一の男子であるのだから、それも仕方ないのだろうが。

僕の人生、ずっと女の子に振り回されている気がする…。


「すみません、先輩。よろしくお願いします」

凛は僕を一応先輩と思っているのか、丁寧に挨拶をしてくれる。

「早く行ってきなさいよ」

対して波留は、僕を奴隷だと思っているのか容赦のない言葉を浴びせてくる。

「いつもお願いしてばかりで悪いから、今日は私が行こうか?」

愛紀は何だかんだで優しい。が、それは僕だけというわけではなく、みんなに平等に優しい。

悪く言えば、八方美人の気来があるのだ。

そのせいで勘違いした男に言い寄られ、過去には事件に発展したこともある。

「いや、良いよ。みんなは遅くなる前に帰りなよ」

じゃあ遠慮なくと、女性陣は昇降口へと向かう。

なんて薄情!!

こんな扱いは僕だからこそ何ともないが、もし普通の人だったら二度と足を運ばなくなるぞ!

とは言ったものの、その実逃げださない訳ではない。

そもそも逃げるという選択肢すらないのだ。



扉の施錠を念入りに確認し、僕は職員室へ足を向ける。

廊下へ出ると夕暮れの光が差し込んでいた。

外からは運動部の活発な声が聞こえてくる。

手に持った鍵を何となく眺める。

百円均一で売っているプラスチック製のタグが寂しく付けてあった。

タグには勿論、資料室という文字が記載されている。

「地域史研究会ね…」


僕は高校入学と同時に地研に入部した訳ではない。

少しの間どこにも所属せずブラブラとしていた。

そして去年の夏、つまり高校一年生の夏休み前に僕は地研に入った。

きっかけはとある出来事だった。

その話は語らなければならない時がきっと来るだろう。

もし、“その時”が来たら是非お付き合い願いたいと思う。



一人分の足音が廊下に木霊する。

校舎の中は、もうほとんどの生徒が帰宅したようで人の気配がなかった。

途中ではもちろん人とすれ違ったり追い越されたりしたが、早く帰路につこうと急ぐ生徒ばかりだった。

僕の高校は全部で三棟から出来ている。

三つの建物は北から南へ川の字に並んでいる。

資料室のある校舎は一番西側にあり、特別棟と呼ばれている。

真ん中は多目的棟と言い、化学室や物理室など授業で使う教室、保健室、図書館のある建物だ。そして一番東側が授業を受ける教室棟である。

その校舎は野球場、サッカー場、陸上競技場など各部活の縄張りに囲まれている。

放課後になると文化部は軽い四面楚歌の状態になる。

圧倒的優位にあるは運動部、何となく男子の文化部は肩身が狭い。



職員室は教室等の一階にある。

この学校の不便なところは、三棟が廊下一本で行き来が出来ないところである。

教室棟と多目的棟は一階と二階に渡り廊下がある。

しかし、特別棟へは多目的棟の一階からしか行き来が出来ない構造となっていた。

噂話によれば、特別棟は増築された建物で、無理やり作ったためにそうなってしまったらしい。

いや、もう少し頑張ろうぜ…。

お陰で特別棟から教室棟までに行くのが、とても面倒だ。

ちなみに昇降口は、教室棟と多目的棟の間にある。

なので、生徒は全員北側から出入りをしていることになる。



教室棟へ続く渡り廊下を進み、職員室の前へと到着する。

引き戸の窓から見えた職員室も人影は少ない。

「失礼しまーす」

ノックを三回して中へと入る。

「すいませーん、鍵を返しに来ましたー」

要件を告げると、近くに座っていた中年の男性教員がキーボックスに返すことを促す。

テキトーな返事をして定位置に鍵をぶら下げる。



部屋の奥を見ると、書類の山から1人の女子生徒が顔を出していた。

三学年担任団の誰かと談笑しているようで、笑顔を浮かべている。

彼女は学校の誰もが知っている。

才色兼備で品行方正、気取ったところがなく、誰とでも分け隔てもなく接する人柄と評判の我らが生徒会長、種ヶ島 奈津(たねがしま なつ)。

こんな時間まで残っているとは、流石生徒会長様だ。



「失礼しましたー」

特に返事が返ってくることもなく、僕は職員室を後にする。

後ろ手に扉を閉めると同時にため息が漏れる。

職員室の空気は、やはりいつも通りだった。

教員達のあの妙な距離感というか。

互いに牽制し合っている感じが、居心地の悪さの正体だ。

大人の社会はどこもそんなものなのだろうが、高校生の内から体感したくはない。



一度深呼吸をし,廊下に置いていたリュックを背負う。

腕時計で時刻を確認する。

約束の時間まで、まだまだ余裕はある。

時間を無駄にしないため、僕は足早に昇降口へと向かった。

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