第4話 日常4

終了宣言から10分後、結局みんなは部室に残っていた。



愛紀は自分の席に座り携帯を弄っているし、柚木さんは文庫本を読んでいる。

波瑠は世話しなく資料の整理を行い、その横で凛が資料を読んでいた。

何だかんだでこの部活は居心地がいいのだろう。

“事情”が分かる同士、気楽なのは間違いがない。



さて、手持無沙汰な僕はどうしようか考えていると、

「ユウト、もう帰る?」

ソワソワと愛紀が声をかけてきた。

「面倒事は手伝わないぞ」

先手を打ち、帰路の安全を確保する。

「まだ何も言ってないでしょ!」



「そのソワソワした感じ、何か面倒臭いことを企んでいる時の癖だぞ」

「分かっているなら逆に付き合ってよ…っていうか!面倒くさいってなに!?」

愛紀は顔を赤面させる。

「そんなに怒らなくても…」

「誰のせいだと思ってるの?!」

自然と僕は首を傾げてしまう。

「ユウトだよ!」

珍しく言葉遣いが乱暴になってしまう愛紀。




「ほらほら、もっとお淑やかにしていないと彼氏が出来ないぞ」

くぅー、と愛紀は拳を握りしめる。

そして、その華奢で堅固な拳が僕の顔を目掛けて飛んできた。

「うわっ、危ないな」

愛紀の攻撃パターンを熟知している僕は、造作もなく避けることができた。

的確に急所…というか顔を狙ってくる辺り、割と殺意の高い攻撃をしてくる。



「ちっ」

「えー…」

未だに赤面しているユキは、歯ぎしりをする。



そして続く僕への攻撃。

「まさか僕以外の人に、技は使ってないよね?」

「そんな事するわけないじゃない!」

会話の最中も問答無用に攻撃が飛んできていた。




僕と愛紀は昔、古武術を習っていた。

愛紀の家は古くから続く武術家の家系で、小さい頃から交流のある僕は自然と一緒に練習するようになっていた。

とは言っても、僕自身はもう練習をしていない。

反面、愛紀は今も稽古を続けているらしい。

その成果か日に日に研ぎ澄まされる愛紀の拳に、僕も少し対応が遅れ始めている。

愛紀の流派は、ズブの素人にその技を使うことは禁止事項となっている。

他の流派もそんなものだとは思うが。



愛紀のこういった“おふざけ“が僕にしか行われていないことを知り、安堵する。

まあ、そもそも愛紀が見境なくそんなことをするとは考えられないのだが。

…考えられないのか?

考えるほどに不安が生まれてくるのは不思議である。



コホンと柚木さんは咳ばらいをする。

僕と愛紀は同時に動きが止まる。

「二人ともイチャつくのは良いのだけれど、騒がしいから外でやってくれないかしら」

柚木さんからの一方的な暴力を、イチャつくという言葉で表現するのは違う気がする。

「いや、柚木さん。助けてくださいよ…」

「私は肉弾戦が得意ではないから遠慮しておくわ」

僕の構えが自然と解けてしまう。



「コラー!ユウト、余所見をするんじゃなーい!」

「おわっ!」

愛紀の拳が頭の右側を掠める。

「危ないだろうが!」

「気を抜いている方が悪いのよ」

愛紀は腕を組み、フフンと鼻を鳴らす。

「俺は柚木さんと話をしていたんだよ!隙も何もあるか!」

「いつ何時戦闘が始まるかは分からないのだよ、少年」

何故かしたり顔の愛紀。

そして何故か笑っている柚木さん。

和やかな雰囲気が訪れたことに安堵した僕。

が、それも一瞬だった。


寒気が背中を走る。

部屋の気温が急激に下がったことを感じた。

「あんたらねぇ、他にも人が居ることを忘れていないわよね?」

後ろを振り返ると、手に持った本が震えている波瑠が居た。

人の気持ちを察することが苦手な僕でも、彼女の思うところは安易に想像が出来る。



「二人だけで楽しんでいるかと思えば、夏木までいつの間にか入っているし…」

「あら、秋音さんも混ざりたかったの?」

柚木さん、やめて!波瑠を変に煽らないで!

「いい度胸ねぇ、夏木ぃ」



分かっている。

ここからの流れは、経験上分かっている。

一体一日に何度争うのだろうか…。



「一度死になさい!ユウト!」

「やっぱりかよ!というか、なんで僕!?」

僕は取り合えず回避行動を取り始める。

と言っても、単なる反復横跳びなのではあるが。

「いいか、波瑠!ここでそれを使っちまったら部屋が吹き飛ぶぞ!」

「じゃあ、あなたは避けちゃダメってことよね?」

「なんでそうなる!前提が間違っているんだぞ、それ!」

「私、ユウトが何を言っているのか分からなーい」

満面の笑みだが、逆にそれが怖い。



第三者になった愛紀は僕と波瑠を見比べて、

「おわああああ…」とあたふたしている。



部屋の気温が着実に下がっていき、身体が少し震え始めた。

「いやー、波瑠さん?猛暑日にやっていただけるなら凄く助かるのですけれど」

「じゃあ、丁度良いじゃない」

真顔になる波瑠さん。

「いや、真夏はもっと先だから!」



室温が低下していくにつれ、波瑠の周りに白い空気の塊が増えていく。

「波瑠…さん…?」

彼女の周りには人の頭程度の氷塊が幾つか浮かんでいる。

「そろそろかなぁ」

彼女はニコッと僕に微笑んだ。

「笑えないって!」

「それじゃあ、死になさい!!」


波瑠が僕に向かって指をさすと、氷塊たちがブルブルと小さく震え動き出した。

もちろん、向かう先には僕。



「こうなったら一か八か…」

選択肢のない僕は拳を握りしめ、迎撃体制へと移る。

近頃は鍛練がないがしろだったため、上手くいく自信はない。

だけど、こうなったらもうやるしかないんだよ!


息をゆっくりと吸い込み、リズムを整える。

氷塊が射程距離に入ったことを確認し、拳を突き出す動作に入る。

丁度良いリズムで放った僕の拳は氷塊を砕いた。



―なんてことはなく、ただ空を切っただけで終わった。

目の前には白い靄が漂っている。

拳と氷塊がぶつかる直前、氷が突如蒸発していた。


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