第十三話
―――
辺りは何も見えない真の闇、恭介はまたあの世界に来ていた。
もはや見慣れた空間を意味もなく眺めていた時。『それ』はそこにあった。
(あれは……?)
恭介はそれの近くまで行くと、拾い上げてしげしげと見つめた。
「何でこれがこんな所に?」
疑問に思いながらも、それを何となくポケットにしまった。
それにしてもここは本当に闇の世界だ。改めて恭介。そう思った。
ここは一体何処なのか?何の為に存在しているのか?
そこまで考えて恭介はふとある事を思った。もしかしたらここは自分の心の中なのではないか、と。だからこの場所は何も見えない、何も感じない、何も映さない……
恭介は心が乱れる度、この世界へ閉じ籠るのだ。そしてその都度自分の内面と葛藤して、元の世界へと帰っていく。
今回もすぐに帰れる。そう思った。いつもはしばらくこの闇に浸っていれば心が穏やかになって、その時にあの黒い穴が開いてくれたから。
しかし恭介は何だか嫌な予感がした。さっき拾った、ポケットにある物を握りしめる。
その瞬間、突然あの黒い穴がぽっかりと姿を現したのだった。
―――
『ガッシャーン!!』
ガラスの割れる音で恭介は目が覚めた。そこは自分の家のキッチンだった。
しかしいつもと違ったのは、恭介の周りに皿や茶碗が割れて散乱していた事だった。
「あ、あれ?」
恭介は辺りを見回した。皿や茶碗が割れているだけではなく、食器棚のガラス戸や引き出しが全部開いていて、中身がぐちゃぐちゃになっている。まるで強盗か何かが家の中に入って荒らしていったかのような有様だった。
「恭介!」
そこへ父が玄関から走ってきた。
「あ、父さん。」
「どういう事なんだ、これは!?母さんから連絡もらって……母さんはどこだ?」
「え、母さん?いるの?」
「…恭介……」
呼びかけると食器棚の陰から母が現れた。ホッとしたのも束の間、その姿を見て恭介も父もビックリした。
「どうしたんだ!お前……」
父が絶句する。恭介は言葉がなかった。母の左頬は殴られたように腫れあがっている。その他にも茶碗の破片で切ったのか、顔のあちこちに傷がついていた。
「何があったんだ!電話ではただ『恭介が……』としか言わないし……」
「僕……?僕がやったのか?これ……」
この瞬間、恭介はやっと自分のした事を理解した。改めて周りを見回す。
酷い惨状だ。そして父の心配と怒りをないまぜにしたような顔、母の傷ついた姿が見える。
「恭介……」
「あ、ぼ、僕……母さんごめっ……!」
「キャッ!?」
「…………」
母に近づいて頬に触れようとするが、怯えたように震えて身を引く。恭介の手は宙に浮いた。
「いや!来ないで!触らないで!!」
「母さん……」
「あ、お父さん!恭介が急に暴れて……」
父を見つけると駆け寄っていく。父は母を庇うように立つと、恭介を睨んだ。
「どういう事だ、こんな……暴れるなんて!」
恭介は覚えていないので俯くしかなかった。
本当に自分がやったのだろうか?信じたくなかった。でも現実に目の前にこの惨状がある以上、信じるしかなかった。
「それも僕が……?」
母の左頬に目をやる。母は頬を押さえて視線を逸らした。
「そんなっ!?」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃。今まで一度も手を上げた事なんてなかったのに……
「恭介、取り敢えず話をしよう。片付けはその後だ。」
父が一生懸命笑顔を浮かべて近づいてくる。
本当は責めて責めて怒鳴りたいところだろう。しかしそんな顔は見せずにいる事に、胸が痛くなった。そして父の後ろに隠れるようにしている母の怯えているその目に、心が乱された。
ふと触れたポケットに何かが入っている。取り出して見るとそれは小さいカミソリだった。あの暗闇の中で拾ったもの。
どうしてこれがあそこにあったのか疑問だったが、今なら府に落ちる。
怒りを隠して近寄る父、怯えた目で自分を見る母、恭介はそんな二人を尻目にそのカミソリを左手首に思いっ切りあてた。
「恭介!!!」
目の前に真っ赤な鮮血がほとばしる。恭介は両親の絶叫を遠くに聞きながら、意識を失った……
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