第八話
―――
ふと気づいた時には恭介は車の中にいた。
自分は一体どうしたのか、何がどうなって車に乗る事になって、何処に向かっているのか?
「そう言えば……」
父に言われた言葉を思い出した。
『精神科を受診しよう。病院に行こう。』
その言葉を聞いた途端、確か気を失ったように意識が遠のいたはず。
じゃあ今まで意識が飛んでいたのだろうか?車の窓から外を見ると朝、というか昼だ。昨日の夜から半日以上経っている。
恭介は自分がどうなっていたのか恐くなりながらも父に話しかけた。
「父さん、今から何処に行くの?」
すると父は、何を言っているのかという顔をしながらこう答えた。
「病院だよ。昨日言っただろう。さっきも家を出る前に確認したら、お前はわかったって頷いたじゃないか。」
父の言葉に内心驚きながらも、恭介はこう考えていた。
昨日父が発した『病院に行こう』という言葉は、自分が思ったよりもショックが大きかったのだろう。無意識にフェードアウトしてしまう程に。
しかし意識のない中、普通に会話したり車に乗ったりしたというのは、まるで自分の体が機械仕掛けの人形になったみたいで恐ろしくなった。
いや……本当はそうなのかも知れない。今の自分は自分であって、自分ではない。
今まで生きてきた、27年生きてきた黒木恭介は、もうここにはいないのだと。
いるのは心を壊した、人の形をしたただの脱け殻だ。
だからこそ父の言葉が痛かった。心が針で刺されているみたいにチクチク痛み、同時に裏切られたと思った。
「着いたぞ、恭介。」
「うん……」
見るからに大きな病院だった。イメージしていた精神科の病院は、薄汚くて不衛生で正直言って近づきたくないものだった。しかし目の前にある病院は、綺麗で清潔で、まるで高級ホテルのような雰囲気を醸し出していた。
「すみません。高林先生はいらっしゃいますか?紹介して頂いた黒木と申します。」
自動ドアの先にあるロビーを抜けた父は、正面の受付に向かってそう言う。受付の若い女性は短く返事をすると、奥へと引っ込んだ。
恭介は手持ち無沙汰に廊下の壁に凭れかかり、母はその側にそっと寄り添った。
「お待たせ致しました。先生が第一診察室でお待ちです。」
「わかりました。ありがとうございます。」
父はそう声をかけると、慣れた足取りで廊下を奥に向かって進んで行った。
慌てて母は恭介の手を取って後に続いた。
「先生。黒木です。」
「どうぞ。」
中から返事が聞こえる。恭介はいよいよ緊張した面持ちで、父に続いて部屋に足を踏み入れた。
ついに扉は開かれた。
出口が何処かも、いや……そもそも出口があるのかもわからない場所へ続く扉が、音もなくゆっくりと。
その中へ恭介は歩いていった……
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