第六話


―――


 ふと目を覚ますと、恭介は車の中にいた。運転席の椅子にまるで隠れるように蹲っていた。


「あれ……?僕は一体……」

 何だか変な夢を見ていたような気分で起き上がる。と、助手席に置いていた鞄の中から携帯の着信音が聞こえ、恭介を我に返らせた。


「はい……」

「恭介!あぁ、良かった……無事だったんだね。もう!心配かけて!今何処?」

 携帯を耳に当てるより早く、母の声が飛び出してきた。

 母のこんな声は聞いた事がない。……いや、一度だけあったっけ。

 あれは……そうだ。剛がバイクで事故った時だった。


 なんて思いながら、いまだにパニクっているらしい母に向かって言った。


「今何時?」

「え?」

「だから今何時かって。」

「あぁ、えっと…三時半だけど。」

「えっ!!」

 恭介は大きな声を上げて自分の腕時計を確かめた。


「あ……」

 しかしそれは止まっており、やり場のない視線を車内に送った。

「じゃあ、会社は……?」

「会社の人が電話くれたのよ。あんたが出社してこないから心配して。だからお母さん、何度もあんたの携帯に電話したのに全然出ないから、いよいよ心配になって……お父さんにも連絡して来てもらったし、警察にも……」

「警察呼んだの?」


『警察』の二文字に、大事になったと焦ってしまった。補導経験のない恭介は警察と聞くとどうもびくついてしまう。

 まぁ、誰だって警察沙汰は嫌だろうけど。


「近所の交番のお巡りさんに相談しただけ。お父さんがあまり大事にするなって……」

 そこで母の声がふと途切れ、その後ガサガサと耳障りなノイズが聞こえた。


「恭介、大丈夫か。」

 父の声だった。普段の物静かな声に焦りと心配と安堵の色が混ざっていて、思わず涙腺が緩むのを慌てて押し殺した。


「うん。大丈夫。」

「どうしたんだ。今何処にいる?」

「えっと……実は今朝、会社に向かってる時に急に吐き気がして、ちょっと車の中で休憩してたらそのまま寝ちゃってたみたい。」

「そうか。吐き気がしたって、体調悪いのか?」

「体調悪いというか、最近食欲なくてさ。たぶん疲れてるんだよ。」

「一人で帰ってこれるか?それとも俺が迎えに行こうか?」

 優しい父の声に一瞬頼りたくなったが、グッと堪えてこう言った。


「大丈夫、一人で帰れるよ。母さんにもそう言っといて。」

「わかった。帰ったら話をしよう。後、会社に電話しろよ。随分心配してくれてたみたいだからな。」

「わかってるよ。」

 ぶっきらぼうに言うと、温かくなった心で通話を切った。



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