第三話
―――
次の日の朝、ダルい体を無理矢理起こして会社に行く準備を整えた恭介は、階段から降りた足をそのまま玄関へと向かわせた。
「おはよう。朝ご飯は?」
「いらない。」
足音を聞きつけた母が居間から顔を覗かせて聞いてくる。恭介は短く答えるとそのまま外へ飛び出した。
最初にミスをした日から何故か食欲がなくなっていた。何を食べても美味しく感じないのだ。体重も目に見えて減っていき、加えて睡眠不足なので目の下のクマが消えない。
やはり体調が悪いのではと思った時、ふと昨日の事が頭を過った。
プレゼンで失敗した時の事だ。
「……っ!」
途端、吐き気に襲われて自分の家の駐車場で蹲る。嘔吐はしなかったものの、胸やけしたみたいに気持ちが悪い。動悸が激しくなって息が苦しい。
その時初めて会社に行くのが『恐い』と思った。『行きたくない。』とか『めんどくさい』と思った事はあったが、こんな感情になったのは初めてだ。
恭介はしばらくその場所で落ち着くのを待った。もし治まらないようならこのまま休もう。そう思っていると段々と落ち着いてきた。
「はぁ~……今のは何だったんだろ……?」
顔を上げて胸に手を当てる。激しく鳴っていた鼓動は、今は嘘のように静かだった。
「やっぱり今度医者に行こう。」
一人呟いて肩を竦めると、車に乗った。
―――
恭介の不調は止まる事はなく、ミスをしては上司に叱られて自己嫌悪に陥っての繰り返しだった。
何も喉を通らないし眠れない。体重はどんどん落ちていって、病的なまでに痩せていった。
いつも焦点が合っておらずボーッとしている。話しかけても返事がない。やる気がない。眠そうにしている……
明らかに今までの恭介じゃない様子であった。
「おいっ!黒木!……黒木ってば!!」
同僚が恭介の背中から呼びかけるも一向に反応がない。痺れを切らしたその同僚は、強引に恭介の肩を掴んで振り向かせた。
「黒木っ……」
だがその同僚は恭介の顔を見た途端、思わずその肩から手を離していた。
「どうした?岡本。」
「いや、どうしたって…それはこっちのセリフ……」
岡本は離した手を不自然に動かしながら、戸惑い気味に言った。
「課長がお前を呼んでたぞ。」
「そう、わかった。サンキュー」
恭介は座っていた椅子からゆっくり立ち上がると、ふらふらと危なげな足取りで歩いていった。
「何だ、ありゃ……?」
「そうか、お前ずっと出向してていなかったんだっけ。黒木、ここ最近ずっとあんな感じ。」
恭介の隣の席の佐木が岡本に向かって言った。
「へぇ~……何があったんだ?」
「さあね。あいつ前から思い詰めるところがあるというか、完璧主義なところあったからな。何か悩んでるみたいだけど、声かけても何も言ってくれないんだよ。大丈夫とか言うけど全然大丈夫じゃないみたいな顔してさ。」
「……そっか。」
「あの顔見ただろ?録に食べてないんだもんな。すっかり痩せこけやがって……」
「…………」
頬が痩けた恭介の顔を見て思わず驚いてしまった岡本は気まずそうに頭を掻いた。そして佐木と一緒に恭介の後ろ姿を見る。
同僚二人から心配そうな眼差しで見つめられた当の恭介は、相変わらずふらつく足取りで歩いていた……
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