第34話ノープラン

真上の天高く照りつける太陽が動き、少しずつ影が濃くなる時間帯。

茹だるような暑さはいまだ健在で外を歩行する人間は皆、眉を顰めながら汗を拭っている。


公園には誰も寄り付くことはなかった。時折、通り道として通過する人間はちらほら目にするがずっと留まろうとする人間はいない。


「お~い、お待たせ」


誰かが入り口付近から声を張りながら駆けてくる。木陰の少なく、しかも誰もいない公園の中心に駆けてくる人間なんて一人しかいない。


藍だった。藍はスポーツバックを肩に下げながら、公園の中心地に向かって小走りになりながら手を振っている。藍の様子からできるだけ部活を急いで切り上げてきたらしい。


「そういえば、携帯とかで連絡できないんだったね………ってあれ、雫は?」


公園で待っていたのは玖月だけだった。藍は公園の周囲をきょろきょろと見渡す。


「暇だと言っていたので」


近づいてきた藍に玖月は目線で雫がいる方向を示す。その方向は公園の傍の一軒家だった。玖月は示した一軒家に歩み、壁を通り抜けた。

しばらくして、玖月が不満げな雫の腕を掴んで出てきた。


「あと30分くらいで犯人分かるのに~」


「暇だ暇だって言っていたのは誰ですか?」


「だから、推理ドラマ見てたんだけど」


「藍さんが来たら教えてと言ったのはあなたですよ」


「言ったけど、もうちょっと融通利いてもいいと思うんだけどなぁ」


暇を持て余した雫は辺りを散策し始めた。

その時、ちょうどさきほどの一軒家で午後のサスペンスドラマを視聴している主婦がいたため、それに便乗していた。ドラマに見入っているときタイミングが良いのか悪いのか、部活帰りの藍が公園にやってきた。


「暇だと時間が長く感じるのに、何かに夢中になってると短くなるのってなんでかなぁ」


「さぁ」


項垂れる雫を玖月は藍の前まで連れてくる。


「もうちょっと遅く来てもよかったのに」


「………えっと、なんかごめんな」


藍は雫の緊急時であり状況が切羽詰まっていると思い、早めに部活を切り上げてきた。てっきり待ちくたびれていると思っていたので、普段通りの雫ののんびりとした空気に拍子抜けせずにはいられなかった。


雫は二人に背中を向けながら大きく背伸びをする。


「さてと、行くとしますか。私の家に」



◇◇◇



藍は電柱から雫の家を窺うように身を乗り出す。


「一応、雫の家の傍まで来たけどどうすればいいんだ?」


家の外観が昨晩目にした時より白のコンクリート壁がはっきりしていてわかりやすい。それに暗がりでおぼろげだった庭木も今は明確になっている。遠目から見て柵からはみ出た青々と葉をつけた高木がよく手入れをされているとわかる。


「考えてみればほぼノープランだ」


傍にいる雫は自分の家を眺めながら、幽霊の自分では絶対に調べられないことを考えてみる。


「私の身体とか今一度、調べられればいいんだけど。他にも調べられるところがあったら色々調べたいし」


雫の死は首を刺されての出血死。昨晩視認した結果、それは紛れもない事実と得心した。

しかし、それはあくまで視認だけ。実際に手で触れて調べたほうが多くの情報を得られることもある。


それにもう一つ、確認もしたい。制服のポケットに持ち歩いていた万能ナイフが使われたかどうかを。

これは視認だけでは確かめようがない。


「訪ねたとしても家には上げてもらえないでしょう」


玖月は腕組をしながら、雫の家を見上げる。


「そりゃそうだ。なにせ、私の死体があるんだから」


「じゃあ、どうするんだ?」


「できれば、今日中に調べたいんだよね。いつまでも死体を家に放置するわけにもいかないだろうからさ。たぶん、明日か明後日には私の身体………なんとかされちゃうだろうから」


雫は殺し屋だが、普段は学校に通っている。

しかし、雫は突然死してしまった。いずれ、雫の死は周囲に知られることになるだろう。


「そういえば、雫が死んだことについて周囲になんて言うんだ?」


藍は雫をちらりと見る。低身長のため、藍は雫を上方に見上げる形になる。


「たぶん、風呂場で滑って頭を打ったとか言うと思う。まさか、道端でいきなり誰かの襲われたなんて言えないし」


「なるほどな。それでどうする?ダメ元で一応、行ってみるか?」


藍は顔を雫に向けながら提案してみた。


「絶対無理だと思うけど」


「やってみなきゃわからないだろ?雫の部屋に入れさせてもらえなくても、中に少し入れれば何かわかることもあるかもしれないし」


藍は真剣な面持ちで雫を見つめる。それは無茶で無謀なことだった。


「………中にか」


雫からしてみれば、それは命がけで行うということだった。しかし、その理由を話すわけにもいかないので雫は言い渋るしかできなかった。


「そもそも今、何人家の中にいるんでしょうか?」


玖月は今のところ、一人も出入りしていない家を眺めながら疑問を口にする。


「少なくても、3人はいると思う」


「3人?」


「姉さんと八雲さんと穂積さんがいると思う」


砂霧は毒の研究で部屋に籠もり、八雲は相も変わらずベッドでまどろみ、穂積はおそらく昨晩の霞の後始末をしているのだろう。


「兄さんはたぶん、いないんじゃないかな。父さんがいない時の緊急時の対応って、基本兄さんだから」


雫の遺体や死亡届は知り合いの裏家業に片足を突っ込んでいる闇医者か役所の人間に処理させるに違いない。その役所の人間はおそらく零時だろう。零時は裏処理を完璧に仕上げるだろうが今回のような緊急時は時間要すことがある。今はその準備で家を開けているはずだ。


「霞は………どうかな。昨日あんなにはしゃいでたから疲れて寝てるのかも」


「はしゃぐ?」


考え込みながら呟く雫に藍は言っている意味が分からず聞き返す。


「ああ、ごめん何でもない。吹雪くんは………わかんないな」


「副会長か?」


「うん」


雫は家の中を覗こうと思い、つま先立ちになる。

まず、敷地内には誰もいないと確認できた。今度は外観からの2、3階辺りに目を向ける。

ベランダの窓が一つ開いていた。そこは雫の部屋だった。


「とにかくこうやってじっと見ているだけじゃ埒が明かないから、行ってみる」


「え」


藍は意を決し戸惑う雫を振り返すこともなく、一人でずんずんと門も前に歩いて行った。

二人はそんな藍はしかたなしといった表情で付いていった。

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