第31話虚言と誘導
「いってきます」
「いってらっしゃい」
朝食を済ませた藍は玄関で靴を履きながら和彦に声をかけた後、家を出た。ドラム型の青いスポーツバックを肩にかけながら。
暑い日差しで目がくらみそうになりながら、藍は神社の石段を下る。
「それで、私はどうすればいいんだ」
すべての石段を下りた藍は二人に話しかけた。
「実は藍にまだ、話してないことがあるの」
雫は神妙な面持ちで藍に近づく。
「私を殺した犯人が身内の中にいるかもしれないってこと」
「え!?」
藍は驚きのあまり声を上げ、思わず立ち止まる。
「身内って家族の中に殺した人間がいるのか?副会長もその中に入っているのか?」
藍はちらほら歩道を歩く通行人がいるにもかかわらず、霊である雫をまっすぐに見つめ前のめりになる。
「落ち着いて、かもしれないって話。実は昨日の夜、玖月くんと一緒に家に行ってみたんだ。そこで私、家族の中の誰かが犯人かもしれないって思ったんだ」
「それって何?」
「それは遺体が家にあったからだよ。普通だったら家族の遺体を目にしたら警察を呼ぶものだよね。でも、私が行ったとき誰も警察を呼ぼうとも呼ぶ素振りもしていなかった。それに死体を動かし、しかも家に運ぶなんて変でしょ?」
「たしかに。不審死だとしたら尚更警察に頼るはず。それに遺体を動かすなんて普通しない」
藍は雫から視線を外し、思案に耽るように呟く。
「誰が遺体を運んだかはわからないけど、私から見て皆ちょっと変だったんだ。互いを様子見てるっていうか、もしかして皆、家の中に犯人がいるかもしれないから警察を呼ぶに呼べないって考えているのかもしれない」
「それじゃあ、やっぱり―」
「待って、話は最後まで聞いて」
雫は藍の顔に掌を突き出す。
「私は可能性があるとは言っただけで断定はしていない。警察を呼ばなかった理由はもう一つあるかもしれないって私、考えたんだ」
「その理由って?」
「前に話したことがあるよね。私の父親の前職のこと」
「そういえば前に話してくれたな。雫の父さんは若いころ探偵をしていたって」
「………探偵?」
玖月は訝しむような視線を雫に送る。
「うん、探偵時代色んな危ない橋を渡ってきているから、いまだに引退した父さんのことを恨んでいる人間は多いらしくて。本当に色んな事件に関わったらしいよ、政治家の不祥事とか警察の汚職とかの世間にs晒されたら一大スキャンダルになる情報もいっぱい持ってるらしくて。だから、今回の私の死には父さんのその探偵だったころに何か関係しているのかもって思ったんだ。もしかして、皆が警察を呼ばなかったのは警察の上層部からの圧力でもみ消されるか何かされて、逆に事件への解明が逆に難しくなると思ったからなのかもしれない」
「でも、それならどうして雫が狙われたんだ?それにお父さんが探偵をやっていたのはずいぶん前なんだよな。どうして今頃?」
「それは、まだわからない。まだ、一日だけじゃやっぱりまだ何もわからないよ」
雫は顔を背けながら呟いた。
「だから私、藍には犯人捜しをしてほしいってよりも私の家に行って私の家族が事件に関与してないっていう事実集めをしてほしいんだ。皆がちょっと今日余所余所しかったのも何か理由があるのかもしれない。それに私、藍に危ない橋を渡ってほしいわけじゃないし」
「雫………」
藍は心配そうに背けている雫の顔を覗く。
「私にできることがあったらなんでも言ってほしい。なんなら、今から雫の家に―」
「いや、さすがに朝から行くのはダメだよ」
雫の言葉に躍起になった藍を静かに止めた。
「部活が終わってからでいいよ。たしか土曜はミーティング重視だからそれほど遅くならないんだよね?」
「いいのか?」
「朝からいきなり訪ねるほうが変に思われるよ。終わったら家の近くの公園に来て。私たちそこにいるから」
「………でも」
「ほらほら、早く行きなって。部活に送れるよ」
雫は両手で躊躇する藍の背中を押す仕草をする。
「できるだけ早く行くから」
藍は後ろ髪を引かれるように何回も振り返りながら学校に向かった。
◇◇◇
「探偵って初耳なんですけど」
藍が見えなくなった途端、やりとりをずっと眺めていた玖月が話しかけ始めた。
「ああでも言わないと、警察に届けなかった理由とか説明できないでしょ。それに家族の中の犯人捜しって言うより、犯人じゃない証拠探しって言ったほうが最もらしいと思って」
家族の中に犯人いると断定させて協力させるよりも、犯人ではない証拠集めと言ったほうが必要以上に五月雨家に深入りさせないで済み、どうすれば良いか誘導しやすい。下手に五月雨家の内情を教えてしまっては警察に通報されかねない。そうなったら、藍の身の危険に及ぼすことになる。
「それにしてもいいんですか?何も言わなかった僕が言うのもどうかと思いますが、殺し屋である五月雨家に一般人に探りを入れさそうとするなんて。殺し屋の家であることを伏せさせながらなんて無理があると思いますけど」
雫が死んで昨日今日だ。藍が雫を訪ねても家には入らせてもらえないだろう。
「難しいだろうね。でも、調べるなら早いほうがいい。たぶん、来週あたりに闇医者に私の死体の処理をさせちゃうだろうから」
指先を顎に当てて、少し考え込む動作をする。
「たぶんなんとかなるよ、私がついているし。って言っても私は隣で耳打ちするだけだけど。でも、もし藍に何かあったら―――」
玖月は言葉を区切らせた雫を横目で見る。
「地獄で何万回も土下座して謝るよ。あの子は私と違って天国に逝けるだろうし」
普段と変わらない口調と声音で話す。違和感がないほどいつも通りに。
「………」
「軽蔑した?」
「いえ、別に」
玖月はふいっと視線を前に向ける。その方向は藍が向かっていった道だった。
「雫さん」
「何?」
「もしかして、送り人の能力を使わざるえないことになるかもしれない」
「送り人の能力?そんなのあるの?」
雫は興味深そうに玖月の顔を窺う。
「………はぁ、こんなに簡単に話す内容じゃないんですが」
玖月は軽く肩を竦めながら、ゆっくりと口を開く。
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