第8話霞の部屋

「順番に行こっか。まずは霞の部屋ね」


雫は3、4歩き、隣の部屋の扉の前に立つ。


「隣りなんですね。なんとなく想像はついてましたけど」


部屋の扉は霞の格好に似つかわしい派手な見た目。白いゼブラ柄の扉でドアノックには金物のチェーンがじゃらじゃらとつけられている。


「うん。見たまんまね」


「彼は末弟ですよね。いくつなんですか?」


「驚くかもしれないけどまだあれで中学生なんだよ。今年で14才ね」


「中学生……」


「高校生になったらどんな風になるのか楽しみだよ……って私はそれを見ることはできないけど」


雫はおどけながら霞の部屋に入っていった。


「相変わらず落ち着かないな、この部屋」


部屋は霞の見た目どおり奇抜さが押し出された部屋だった。壁は毒々しい赤色で床は白と黒のチェック柄のフロアタイル。周辺には独特な形をした黒いインテリアが点在している。部屋の真ん中には骸骨が描かれた丸くて白い座卓テーブルがあり、その上に骸骨の大き目のオブフェが置かれていた。

霞の部屋はロックテイストの部屋のようだった。レコードかロックギターがあってもおかしくない。

しかし、ここに楽器関連のものは何一つなかった。

楽器ではなく、別のものが部屋のあちこちにある。


「これらって本物ですか?」


玖月は部屋中にある異様なものを見回しながら問いかける。玖月は霞の部屋で『それら』を目にしたとき、一瞬言葉を失った。呆然としてしまうほど、『それら』で部屋がいっぱいだったからだ。


「そうだよ。私らの正体を知らなかったら普通に玩具だって思うよね。しかも、あの子まだ中学生だから余計に」


霞の部屋にある『それら』とは武器だった。壁には横向きでチェーンソーや斧、大鉈、ハンドラックスが一面に飾られている。そして、天上からは顔ほどの大きさのチャクラムがでたらめに吊るされていた。刃こぼれが見られる武器もあったがほとんど錆びついてはおらず、よく手入れをされているものばかりだ。つまり、しょっちゅう武器を出し入れしているということだ。

霞の部屋はすべての部位を統合して見るととても人が住むのに適していない落ち着かなさと殺伐としたものがあった。


「ほんと、よくここで寝られるなぁ」


雫は霞のベッドに目をやった。霞のベッドは赤と黒が統一され、金物系のヘッドホードの先端に翼の生えた悪魔のオブフェがあった。


「ベッドの上のものははずしたほうがいいって言ったのに増えてるし」


雫は呆れながら息を吐く。視線の先にあるのはワイヤーでゆらゆらと吊るされているチャクラムだった。もちろん、ベッドの上にもある。もし、誤ってワイヤーが切れたらひとたまりもないだろう。


「ねぇ、玖月くん。霞について何か聞きたいこととかある?」


雫はぐるりと周囲を見回しながら声だけを玖月に向けた。


「雫さんはあの霞という弟と仲が悪かったんですか?」


玖月も雫のほうに向き合わず、武器やインテリアに目を向けていた。


「泣きながらかなり物騒な発言をしていた気がするのですが……」


玖月はさきほどの光景を思い出す。泣き声よりも発せられたセリフのほうが印象的で衝撃的だった。


“死ぬんだったら僕が殺したかったよ!!”


“血が体中吹き出したお姉ちゃん、綺麗だったろうなぁ”


「まぁ、端から見たらそう思われてもしかたないよね、あんなこと言われちゃ」


雫は玖月の問いに肯定することはなかった。霞のあの反応は予想の範囲内だったらしい。


「仲は別に悪くなかったよ。というか、死んだのが私じゃなくても同じ反応をすると思う。あの子、ヘマトフィリアなんだ」


雫は部屋を見回すのをやめ、視線を玖月のほうに向ける。


「ヘマトフィリア?」


聞きなれない用語に思わず玖月も雫のほうに視線を移した。


「血液や流血などに性的興奮を覚えることを言うらしい。あの子、時々仕事で私らや自分が怪我したとき、ものすごく嬉しそうにするときがあるんだ。主に他人の身体から血が吹き出ているのを見るのが好きで」


「………」


「血を見るのが好きだから拷問狂でもあるんだ。尋問は仕事上、私も口を割らせるためにやむなしにやることがあるんだけど霞にやらせると情報を引き出す前に死んじゃうことが多いから最近はあまりあの子にはやらせないようにしてる」


雫の家族は暗殺の仕事をだいたいは順調にこなせることができる。しかし、イレギュラーな事態だってもちろんある。その帳尻を合わせる方法の一つは標的の仲間や手下を捕え、口を割らせることだ。

そのためにこの家には尋問部屋がある。標的もプロだから並大抵の口頭だけでは口は割らせることができない。自白剤を用いることもあるが心身共に鍛えられた人間には効かず、むしろ事実とは違う情報を述べられることもある。そのため、直接肉体的に苦痛を与え、情報を吐かせることも少なくない。

ただのチンピラなら大抵、指一本折られただけで情報を吐くことが多い。時折、やっと搾り出すことができた情報が偽者の場合がある。しかし、雫たちのように幼少時から徹底とした尋問の英才教育を受けた人間には情報が嘘が真実がは大抵は見抜けることが多い。

死ぬ寸前まで痛めつけても吐かない人間もいるがそれはそれでしかたがないことだ。尋問での相手の癖、態度、仕草など言葉で語られなかったものからでも情報を得られることができる。


雫はそれを仕事と割り切り、与えられた仕事をこなしていた。しかし、雫の弟である霞は尋問するとき己の欲望を優先してしまうことが多々あった。情報を引き出すことを目的に拷問するのではなく、相手の血が吹き出るのを見たいがために拷問する。そのため、当人が痛みに耐えかねて情報を吐こうとしていても痛めつけることに夢中で手を止めようとはせず、結局ろくな情報を得られないままそのまま事切れることがかなりの頻度である。

父親から何度注意を受けても性癖なためなかなか改善はできなかった。尋問を霞にやらせると同じ結果になってしまうので最近は家族皆、霞になるべくやらせないようにしていた。


「殺しの仕事だって時間がかかることもあるのに無駄にんだよね、あの子。腕は悪くないのにわざと時間かけることがあるから、本当やっかいな性癖だよ」


「………」


「玖月くん、さっきから何もしゃべってないけどもしかして引いている?」


「ええ、割と」


「表情筋ほとんど変わんないからわかんないよ」


玖月は一呼吸置いた後、再び雫と視線を合わせた。


「仲は悪くないと雫さんは言いましたが、そんなやっかいな性癖の持ち主なら何をしでかすのかわからないのでは?」


はっきりと口には出さなかったが、要は雫を殺したのは霞なのではないかと告げている。


「う~ん、それはどうかな。私ね、あの子が一番ないかなって思ってるんだ」


「……そうなんですか」


意外な答えだった


「問題児ではあるけど私ら家族にとっては無害なんだよ。少なくとも、血を見るためだけに姉を殺すようなことはしないと思う。裏表のない純粋な子だから私にとっては性癖に目をつぶれば普通の弟なんだ。企みとか陰謀なんて言葉とは一番縁遠いと思う」


「それが根拠ですか?」


「感情論抜きでの根拠はもう一つある。霞がよく使う武器は部屋見ればわかると思うけど斧とかナイフとかで直接、相手の身体を殺傷できる武器を愛用してる。血しぶきをたくさん飛び散らせる霞ぴったりの武器ね。だからもし、霞が犯人なら私の身体もっとめちゃくちゃになってると思う。手足が切り落とされたり、臓物が飛び出たり。自分の欲望に素直な子だから。私も霞もなかなか身体から落とせないほどお互い血まみれになってるはずだよ」


「とんでもないことを淡々と言いますね。なるほど、それが根拠ですか」


玖月は雫の部屋に横たわっていた雫の生身の身体のことを思い出した。扉の入り口辺りでしか目にしなかったが、雫の身体は原型がとどまった綺麗なものだった。酷い裂傷は服からはみ出ている皮膚には見受けられなかった。おそらく出血も多くなかっただろう。もし、ヘマトフィリアの霞が犯人なら体中酷い裂傷が所々に点在し、現場や身体に大量の返り血が飛び散っただろう。しかし、雫が死んだ現場にはそんな痕跡はなかった。いくらプロでも短時間で多量に飛び散った血液を消すのは困難のはずだろう。それに返り血を大量に浴びて返ってきたのなら家族が不審にだって思っただろう。


「それにあの子、そんなに頭良くないし」


「まだ僕はあなたのことがよくわかりません。だから、そんなあなたからの口から直接弟のことを話されてもまだなんとも言えないんです」


霞が犯人ではない理屈も根拠も理解はできる。しかし、まだ納得はできていなかった。玖月は遠まわしに霞を完全に容疑者から外すのは妥当ではないと告げていた。

雫の死因は特殊で得体の知れなさがある。いまだにはっきりと現象の正体がわからずにいるのに、安易に答えを出すのは得策とは言えない。思い込みや先入観は捨てるべきだろう。


「たしかにまだまだわからないことだらけだからね」


雫も玖月の考えに少なからず同意した。家族に対しての目線と第三者からの目線はどうしても違ってしまうものだ。ありえないことがありえてしまうかもしれない。可能性は低いが、頭の片隅に霞を容疑者の一人として考えておくべきだろう。


「とりあえずもう一回部屋を見回ろう。見回ってから次の部屋に移ろう」


「そうですね」


二人は背中合わせで霞の部屋を探った。とは言っても実体はないため、ものに触ることはできない。だから、目でじっと不審なものはないか確認することしかできない。今のところ、霞の部屋には中学生らしからぬ奇抜な服やアクセサリー、インテリアや大量の武器はあるが、不審なものは見当たらない。


「触れたらいいんだけどねぇ」


雫は小さく呟いた。ぼやいてもどうにもならないが、やっぱり何も触れないこの現状では不便としかいいようがない。何回も見回したが、やはり不審なものはなにもなかった。


二人は次の部屋を調べるため霞の部屋を出た。


次の部屋は砂霧の部屋だ。

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